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ジーテイアス城:中期

 時が少々前後する。


 レリス市で募集した兵士たちを連れて、イルドが戻ってきた。

 続々と城門を潜る彼らを主塔から眺めていると、妙に挙動不審なのが気になった。


「レイハ? 何で彼らはあんなにきょろきょろしてるんだ? 敵地にきたみたいなんだが」


 窓から中庭を見ながら声にだすと、さっきまで何の気配もなかった背後でコツリと小さな靴音がした。

 レイハが隠形の魔術を解いたことを私に教える合図だということには、最近気付いた。


「恐らく、城に辿り着くまでに工事を……巨人たちを見かけたからではないでしょうか?」

「あ、そうか」


 片膝をついて畏まったレイハの真面目な声に私はぽんと手を打った。

 確かに今も、城壁の向こうからは大木が巨大な斧でぶった切られる爆撃みたいな音が響いてきている。レリス市の平均的な住居に匹敵する森の巨人フォレストジャイアントが27体、ドワーフの指示のもと土木工事に励んでいるのを見れば確かに驚くだろう。

 もともと私の噂は聞いているだろうが、実際にその目で見てくれた方が後の話がしやすいし丁度良かったとも言えるな。




 イルドが呼びにきてくれたので、主塔を降りて彼らと対面することにした。


「「マルギルス! 大魔法使いマルギルス!」」


 私が姿をあらわした瞬間、中庭に整列した30名の兵士たちが一斉に私の名を連呼する。

 他にもイルドが追加で集めた使用人などもいたので、その迫力はなかなかのものだ。

 前にレリス市で衛兵や群集を相手にしていなかったらびびって声が出なかったかもしれない。



「私がジーテイアス城主ジオ・マルギルスだ」


 ぶるり。

 私の胴に震えが走った。

 まだ名前も知らない30人の若者たち。彼らは『兵士』だ。暗鬼との戦いの前面には自分で立つつもりだが、それでも当然命がけの戦いに借り出さざるを得ない場面が必ずあるだろう。

 古株メンバーの命は重くて彼らのそれは軽い、などということはあり得ない。

 その重い命と生活と未来をいま、背負ったのだ。


 セダムもクローラもこの場にはいない。

 私はウィザードリィスタッフの石突で強く地を打ち、身体を支えた。横には一歩下がってイルドが立ち、少し離れてレイハが跪く。兵士達の向こうでモーラが拳を握り締めているのが見えた。



 私は列の先頭に立つ若者に近づいた。まだ20歳前後だろう。若々しい顔を興奮で赤くし、瞳を輝かせてこちらを見詰めてくる。


「君の名は?」

「レンドであります! マルギルス様!」

「レンドか。よろしく頼む」


 私が片手を差し出すと彼は驚いたように目を見開き、ズボンの裾で手を拭いてから力強くその手を掴んだ。

 彼ら全員と深い付き合いができるわけではないが、せめて名前と顔くらいは覚えよう。


「君は?」

「はっ! ダーズです! マルギルス様! 光栄です!」

「君は?」


 ……。


 使用人たちも含め全員と握手した私は再度、主塔の前の石段に上って彼らを見渡した。



「人々は暗鬼に脅かされ続ける、というこの世界セディアことわりを覆すために我々は集った! 諸君の力を貸してくれ!」


「「マルギルス! マルギルス!」」


 歓呼は長く続き城に響き渡った。





「みんなずいぶん、好意的というか……熱狂的だったな」

「それはそうでしょう」


 閲兵の後、任務を無事果たしてくれたイルドの報告を自室で聞くことにした。

 レリス市の評議会を通じて兵士を募集したところ、なんと300人近い応募があったという。

 希望者全員をイルドが面接し厳選したのが今の30人だそうだ。


「経験や体力もそうですが、何よりもマルギルス様の目的に共感できるかどうかを重視しました」


 その結果、兵士のほとんどが暗鬼に家族を殺された経験がある者が占めることになったという。もちろん、ただ暗鬼へ復讐したいだけという者は兵士として使い物にならないので雇っていない。


「ですので、半分は戦闘経験のないものになってしまい……申し訳ありません」

「いや構わない。むしろその方がずっといい。さすがだな」


 そう言いつつも、彼らの熱烈な忠誠心に対して何となく心苦しい気持ちがあるのも確かだ。舐められるのよりはずっと良いのだろうが、盲信されすぎるのも良くないのでは? ……というのは日本人的な感覚に過ぎないのだろうか。

 なお、使用人として雇用したご婦人たちも暗鬼によって夫や家族を失った寡婦を中心に選んだという。



「兵士と、他に私の独断で雇い入れた者たちや、購入した品の一覧がこちらです」


 彼が差し出したメモにはこのように記してあった。



雇用した人員

・兵士  30名 (全員20代~30代の男性)

・使用人 5名 (中年女性)

・厩舎頭 1名 (壮年男性)

・厩舎助手1名 (青年)


購入した物品

・兵士用武具40組(予備含む)

・武具整備用道具、資材

・兵士用制服、衣類、寝具等40組

・家畜多数(乳牛、豚、鶏)

・乗用馬5頭

・旅客用馬車1台



「モーラたちがそろそろ限界だったから、使用人の増員は必須だったな。厩舎頭というのは……?」


「家畜と乗用馬、家畜全般の管理をするものです。豚や鶏はともかく馬の世話は専門家でないと無理ですので」

「完壁だな」

「いえ、欲を言えば治療師と会計士を確保したかったですね。時間が足りずに探せませんでしたが」

「確かにそうだな。……そういえば、武具を整備する道具は買っているが、鍛冶師も雇った方が良かったんじゃないか?」

「鍛冶師は必要ですが、せっかくこの後戦斧郷へ赴かれるのですから、ドワーフの鍛冶師を雇った方がよろしいかと思いまして」


 おお、なるほど。建築家があれだけの技術力を持っているのだから、ドワーフの鍛冶師にも相当期待できそうだな。ミスリルソードとか造れるだろうか。


 40組以上の武具やら馬やらで追加の出費も相当だが、金貨350万枚の大工事を発注した身からすれば何てことはない。

 それより現時点で居住棟の収容人数の限界に達してしまったことが気になるな。

 イルドにノクス君と同室になってもらったりしているが、これ以上人を増やす時には増築をしないとだ。




 兵士や使用人は揃った。ジーテイアス城の設備や人材は概ね整ったといって良い。

 そこで、城としての機能を果たすための会議を開くことにした。イルドの助言を受けてのことだが。


「我々の最低限の義務は、城周辺の治安維持です。よって、法の街道と領内の三つの村を定期的に巡回する必要があります」


 イルドがはきはきと要点を説明する。


「兵士が30人……村で徴兵したやつらも含めれば33人。人数的にはなんとかなるか」

「俺は城で連中を鍛えるのに集中したいねぇ」

「兵士の巡回とダークエルフによる警備は平行して行ったほうが良いのでは?」


 皆も建設的に議論を交わし、私が何か言うまでもなく当面の体制は固まった。


 まず、ジルクが隊長となって兵士達を訓練、統率する。テッドが副長として、行軍訓練を兼ねた領内巡回を小隊単位で行う。

 セダムは淵の村で徴兵した若者にレンジャーとしての訓練を施しながら基本は城に待機。フィジカ、トーラッドとともに巡回時に何かあったときの予備兵力となる。

 ダークエルフたちは城の内外の警備と、交代でメイド仕事の手伝いを継続する。

 トーラッドは待機中はログたちに読み書きを教える。トーラッド先生の授業については、兵士や使用人も希望すれば仕事に支障のない範囲で受けられることにした。


 イルドには当然、家令として引き続き城の裏方全体の管理をやってもらう。ノクス青年がレリス市の活動でもなかなか役に立ったと嬉しそうだった。


「ただ、城主様。30人くらいなら何とかなりやすが、それ以上の規模となると俺じゃあ指揮できませんよ」

「うむ……」


 ジルクが肩を竦めながらいった。

 城の規模をさらに拡大するということは、兵士も増員するということだしな。クローラが以前言ったように参謀的な役割の人材も欲しいし、さらに幹部級の仲間を探す必要がある。



「……ところで、わたくしにだけ何の役割も割り振られていないようですが……?」


 そう、クローラもレリス市で大叔母への手紙を出す任務を終え、帰還していた。

 どことなく剣呑な目つきでイルドを睨む。


「クローラさんにはマルギルス様の魔術顧問兼相談役として、フリーな立場でいて頂きたいと」

「奥方様に雑務を押し付けるなどありえません」


 イルドがしれっと説明する言葉にレイハの明後日の発言が重なると、クローラはそっぽを向いた。


「まぁ、世間知らずの城主様にはわたくしのような助言者が必要なのは理解できますわ」

「ええ、そういうわけでさっそくクローラさんにはマルギルス様に同行をお願いします」

「は? どちらへ?」

「戦斧郷です」


 ドワーフとの交易路開通について彼らと交渉しなければならない。

 基本的な合意はすでにイルドが取り付けてくれているが、最後はトップ同士で話し合う必要がある。

 それにもちろん、暗鬼と戦うためにドワーフとも同盟を結んでおきたい。彼らの技術力は散々見せ付けられているし、戦士としても強力なのはこの世界セディアでも同じだというしな。

 もう一つ。まだ私の頭の中にだけある計画……ジーテイアス城から東の都市フィルサンドへの直通ルートの開通……の可能性について調べるためにも、一度は直接訪問しなければならないだろう。



 ジーテイアス城という私の足場はひとまず固まった。

 ここから、暗鬼と戦うための同盟を広げるという大仕事がはじまるのだ。

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