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冬の女神

 ドワーフたちによる街道建設工事が始まって数日後。


 ヴァルボの要請で、毎朝9回の【怪物創造クリエイトモンスター】と9回の【永続化インフィニティ】、同じく9回ずつの【石の壁(ウォールオブストーン)】と【鉄の壁(ウォールオブアイアン)】を使う毎日だ。

 つまり、27体の森巨人たちが、ドワーフの指示のもと猛然と森林を伐採し山を掘り崩している。その轟音たるや現代日本の建築現場とそん色ないほどだ。


 巨人たちの土木作業能力を盛り込んだ当初の計画は、さらに前倒しで進行しそうで大変結構である。



 ただ……この世界セディアにきてから、人工的な『音』が圧倒的に少ない状況に慣れてしまっているだけに……まぁつまり、うるさい。




「……今まで放置するような形になってすまなかったな」

「あ……いえ……」


 そんな中私は、元魔術兵候補の少年と少女を集めた。

 主塔の広間なので外の喧騒はさほど気にならない。

 モーラから、彼らが焦れているという話を聞いてはいたのだがつい後回しにしてしまっていたのでまずは謝罪しておく


「他の仲間のことはちゃんとしてもらってますし……俺達は後回しでもしょうがないっす」

「あたしたちは平気です」


 大人しいテルはともかく、ログやダヤが案外柔らかい態度だったので少し安心した。もしかしたら、モーラあたりが何かフォローしていてくれたのかも知れないな。

 というか、考えてみると彼らは城の中で最も若い……というより幼いのだからもっと気にかけておくべきだった。


「これから、君達にゴーレム作製の技術を伝えていくわけだがもちろん一度に全てというわけにはいかない。城の手伝いをしてもらいながらになるが……良いかね?」

「養成所にいたころに比べれば全然楽だし、平気っす……ですよ」

「よろしい。それでは、まず君達にこれを渡そう。すまないが一冊しかないので、まわし読みしてくれ」


 私はログに一冊の書物を渡した。

 『錬金術の道具箱アルケミーツールセット』に付属する『錬金術入門書』である。

 内容は例によって、私とゲームマスターが昔、『D&B』のルールブックの記述を元にでっちあげたナンチャッテ錬金術について書かれている。

 中身はともかく、使われている言語がこの世界セディアのものに『翻訳』されているのはやはり『見守る者』による御都合的なフォローなのだろう。


 まったく、『見守る者』め。御都合なら御都合らしく余計な鬱要素を入れてくるなよ。



「あ、あの……」


 などと物思いに耽っていると、テルが遠慮がちに声をかけてきた。ログとダヤはどういうわけか俯いている。


「どうしたね?」

「よめねーんす」

「んん?」


 困り顔のテルの代わりにログがぶっきらぼうに言った。


「あたしとログは字が読めないから……」


 ダヤは落ち込んだ顔でいった。そういえばこの世界セディアの識字率は気にしたことがなかったな。モーラは読み書きどころか加減乗除たしひきかけるわるの算数まで理解できていたから油断していた。


「いや、しかし……養成所では習わなかったのか?」

「いえ……」


 仮にも魔術兵なんて頭良さそうな人材を養成するんだから、読み書きくらい教えておけよヘリドール……。いや、逆にそういった基礎教養を捨ててでも、魔力の強化を優先していたということか。


「……あの……俺達、もしかしてこれでお払い箱っすか……?」


 魔術師ギルドの杜撰な教育方針に義憤を覚えていると、ログがおどおどと聞いてくる。いかん、彼らを不安にさせてしまったか。


「馬鹿な、そんなことはない」

「でも……あたしとログは勉強できないし……」


 ログとダヤはうなだれている。テルも不安そうだ。


「それならまずは文字を覚えてもらおうか。そうだな……」


 私はこの世界の言語は理解できているが、まず常識的な知識が欠けているから教えるには向かない。第一そこまでの時間はとれない。セダムやイルドも教師役はできそうだが、やはり今の仕事に専念してもらわないとだしな。もちろん、モーラにはこれ以上負担をかけられない。

 一瞬、クローラの顔が浮かんだが、ここは無難にトーラッドに頼むとしよう。


「そのぉ……」

「なんだね? トーラッドはきっと親切に教えてくれるから安心したまえ」

「そ、そうじゃなくって。何で、俺らなんかにこんなに良くしてくれるんすか……?」


 ログが小さな声で聞いてきた。黒い瞳にあるのは不安、というよりも不審だ。

 彼らは今までずっと大人の都合に振り回されてきたので、それも当然だろう。

 暗鬼と戦いたいという強い意思を評価したとか、魔術師ギルドとの取引との結果とか、私なりの理由はあるしそれを伝えても悪くはないのだろうが。


「私を誰だと思っているんだね? 大魔法使いは困っている子供を見捨てたりはしない」





「なるほど、分かりました。この子たちのことは私も気になっていたんです」


 独断で決めてしまった新しい仕事についてトーラッドに相談にいくと、彼は快く頷いてくれた。


「彼らを敬虔なアシュギネアの信徒に仕立て上げて見せましょう」

「おい」

「ははは、冗談ですよぉ」


 考えてみればこの世界セディアは神官の力の源である『神々』は実在しているということになっている。

 日本にいた時のノリで突っ込んでしまったが、宗教イコール胡散臭いと考える癖は直さないといかんな。


「そういえば、アシュギネアは冬の女神なんだったな?」

「ええ、それが何か?」

「『冬』という要素と、暗鬼から守ってくれる守護神っていうのがちょっとそぐわないというか。何か謂れでもあるのかね?」


 日本人特有の宗教感覚もあり、正直これまでこの世界セディアの神話などには触れないようにしていた。

 しかし今は、『焦点』についてどんな情報でも欲しい。アシュギネアという神が暗鬼に関係あるなら、何かヒントくらいは得られるかも知れない。それにもしかすると、『見守る者』についても何か分かるかもだ。


「そうですね、守護神としてのアシュギネアは実はあまり暗鬼とは関係ないんですよ」


 いや、ないのかよ。


「それよりも関係が深いのは……マルギルス殿は『竜人』をご存知ですか?」

「いや、知らん。そんなものが居るのか、セディアには」


 なんだか唐突に凄いキーワード出てきてないか?

 聞きたいような、聞きたくないような……。

 しかし親切なトーラッドは懇切丁寧に説明してくれる。


「セディアより南の大陸に彼らの帝国があるらしいんですよ。人間と同等かそれ以上の知性を持った種族ですからね。その『竜人帝国』は、200年くらい前にセディアの南の端に到達して植民を始めたんです。当時そこは南の軍神国ラン・バルトの領土でして」


 なんだその開戦フラグは。


「最初は竜人帝国から貢物をしたり交渉して、南の軍神国ラン・バルトから少しずつ土地を譲ってもらっていたようなんですが……50年ほど前に帝国の方から侵略を始めました」


 ほら。

 そんな連中は暗鬼だけで十分、お腹一杯なんだよ。ていうか私は何でいままでこの話を知らなかったんだ?

 (このさらに後から聞いた話だが、南の竜人に対して北には巨人の国というのもあるそうだ……)


「最初、南の軍神国ラン・バルトは負け続けて大分領土を奪われたそうなんですが、帝国の進軍はすぐに停滞しました」

「ほう?」

「竜人は寒さに弱い種族だったんです。北上してきた彼らは『冬』に耐えられなかったんですね。夏の間どんなに戦っても、冬がくれば動けなくなり押し返される……それを何年も繰り返して、ついにあちらから停戦を申し込んだんです」

「なるほど。それで『冬』が人間の守護者ということか」


 そういえば、南にはかなり規模の大きな山脈があって季候の境になっていると誰かに聞いたことがあるな。


「ええ、雪が降るようになると暗鬼もあまり活発には動かないといいますしね。アシュギネアは南の軍神国ラン・バルトでは主神である軍神ランガーの妻として盛んに信仰されているわけです」

「ふうむ」


 自慢そうなトーラッドの顔を見ながら私が考えたことは一つだ。


「なあ、トーラッド」

「はい?」

「その停戦とやらは今も続いているんだよな? 何かの拍子に竜人帝国とやらが大侵攻してくるとかそういうことはないよな?」

「ははは。もう50年近く停戦してるんですから。冬の女神アシュギネアにかけて、あり得ませんよ」


 本当だろうな?

 頼むぞ、冬の女神様……。


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