魔法使いとドワーフによる都市計画
翌日から、建築の家のドワーフたちは凄まじい勢いで働きはじめた。
といってもいきなり街道を建設するわけではない。
ジーテイアス城から戦斧郷までの正確な地形を把握するための測量をする者。必要になる資材や道具を計算し、現場まで運ぶ計画を立てる者。そしてもちろん、詳細な設計図を作成する者。
土木工事や冶金技術において人間より遥かに進んだドワーフたちは、溢れる激情とともに地味な基礎工程を延々と続けられる根気も持ち合わせていた。
準備する道具のリストを見せてもらったが、滑車と歯車を利用した人力クレーンやエレベーターまで含まれていた。
ドワーフ凄ぇな。
基礎的な準備を進めている間にも、森の巨人たちは有効活用されていた。
資材の保管や運搬に必要な空き地を確保するため、とりあえず周辺の森を伐採しまくっているのだ。
大人が数人でようやく抱きかかえられるような成木も、身長8mの巨人が斧を振るえば3分と持たず切り倒される。それを別の巨人が1人で肩に担いで運び、枝を落としてあっさりと丸太に変える。残った根も3m以上あるツルハシが容赦なく抉りとり、ぽっかり空いた穴も同サイズのトンボが均して平地にしてしまう。
丸太や枝はもちろん、城の燃料や作業員用の仮説住宅のためにありがたくストックされる。
現代日本なら環境破壊も甚だしいと怒られそうな光景だ。
ちなみに、当初は一般的な無舗装の街道を設置する予定だったが、森の巨人による凄まじい作業効率とドワーフたちのやる気の激増により、石畳で舗装して排水溝も完備した(馬車で)二車線の豪華な計画に変更されている。私がそうしろと言ったわけではなく、彼らが自主的に変更してくれたのだが。
「おおい、マルギルス! 魔法使い! こいつを見てくれ!」
そんな中で、ドワーフから城主である私に一つの提案が示された。
単純に交易路を敷くだけでなく、ジーテイアス城周辺を大規模に造成して町を建設しようというのである。
「これはまた、壮大だな……」
建築の家の長、ヴァルボが自信満々にひろげた図面を前に悩む。
図面には、城の周辺を削りまくって平地を造成しその上に宿泊施設や住宅、倉庫などを並べた様子が描かれている。もちろん、全体を城壁で囲み、城自体も三周りは増築されていた。ほとんど先見山自体が一つの城塞都市になっているというか。もとの敷地と比べて10倍近く広くなってるんだが……。
記入された数字を見ると、1000人の人口と500人の訪問者を収容できるとなっている。城に収容できる兵は500人だ。
「うははっ! あれだけの援軍があってこの程度の工事もできないんじゃぁ、俺が祖先にどやされるってもんだ!」
「良いんだが……これ、どれくらいの期間と費用がかかるのかね?」
「期間は大幅に短縮できるぞぉー……丁度いま、建築の家全体に大きな仕事が入ってないしな。ずばり3年だ! ただ費用はあまり変わらんな。石や鉄は結局同じ量が必要になるので……まぁ、これくらいか」
彼はそういって、太く強靭な手を一杯に広げてみせた。
「金貨50万枚か?」
「いや、500万枚だ」
えーと……。あまり意味がないが都市部の金銭価値で換算すると、日本円で500億円か……。まぁ日本じゃ500億円で町はできないだろうが。
さすがにそいつは、背負い袋を逆さに振っても出てこない。
私は自然と、金貨500万枚工面できないか腕組みして考えはじめていた。
別に大きな城に住みたいというわけではないが、領地を発展させたいという気持ちはすでに私の中に根付いていたようだ。
「このあたりに丁度良い石切り場なんぞ発見できればいいんだがなぁ」
「……石?」
ドワーフの一言にまた閃いてしまった。
まともに城を建設してきた城主からは、反則だと罵られそうだが。
「この呪文により眼前に厚さ60㎝幅15m高さ5mの頑強なる石の壁を作り出す。【石の壁】」
「うおっ!?」
例によって城門の外の空き地に出た私が唱えた呪文で継ぎ目のない石製の壁が出現した。
ヴァルボは一瞬仰け反ったが、すぐさま石壁にかけより触ったり叩いたりしはじめる。
「おおっ、こいつは良い! ちょいと硬過ぎだがくせが全くない! 面白味もないが、加工する時間も短縮できるし耐久性も問題ない! おい、あんたこの石壁をいくらでも生み出せるのか!?」
「無制限ではないな」
「ま、まぁそりゃそうか……。量が少ないと全体にはあまり影響はないが……」
「ほんの一日に9回だ。それに同じ要領で鉄の壁も一日に9回出せるぞ」
「鉄も!?」
【石の壁】と【鉄の壁】は5レベルと6レベルだからそれぞれ最大数準備すれば一日に9回ずつ使用できる。
特に戦いなどもない平穏な日なら問題なく石材と鉄を生産し続けられるわけだな。完成するまで3年間毎日とかだと軽く気が遠くなるけれども。
「とりあえず、都市部の建物については木造で良い。それと、城の主塔も新しく建てる必要はないし……」
「まぁ住居については住民が増える度に建ててもいいわけだしな……」
などと、可能な限りのコストダウンをヴァルボと検討した結果。
「工期1年。費用は金貨350万枚、か」
私の財産からすると多少足が出るが、マジックアイテムの一つ二つ売却すればどうにかなるだろう。
私が毎日休みなく資材を生み出すことに専念することが前提の計算ではない。これから、あちこちに出張しても十分間に合うよう余裕を持たせた計画だ。
優先順位としては街道建設が先だが、それでも数ヶ月後には工事を開始できるだろう。
もちろん、こんな重要なことを独断で決める度胸はない。
イルドとクローラがそれぞれ仕事を終えて帰還するのを待って皆と相談したところ、全員が賛成してくれた。イルドいわく「あれだけの街道が設置できれば戦斧郷からの流通は全てこの城に掌握できます。相当な収益があがるはずです」とのことだ。
城が大きくなるということは、それだけ守るべきものも増えるということだが……そこは私が踏ん張れば良い事、だな。
「うっはっはっ。腕が鳴るぜ……!」
「ああ、すまん、別件でちょっと頼みがあるんだが」
晴れて、昨今ではドワーフたちも経験していない大工事を行うことが決まって、ヴァルボは上機嫌を通り越して何か不気味なハイテンションだった。
そのヴァルボに以前からの懸案事項を相談してみる。
つまり、浴場の設置と、モーラたちの労働量を減らすことのできる工夫についてだ。
「ほう、あんたは人間のくせに風呂の良さが分かるのか?」
この世界の人間にも一応入浴の習慣はあるが、現代日本ほど重要視はされていない。ほとんどの人々は、水浴びをしたり湯で身体を拭いたりといった程度で湯船につかることはあまりない。
レリス市では二軒ほど公衆浴場を見かけたが、病人や老人のための治療施設といったニュアンスが強いようだった。
一方、ドワーフは地下での作業が大部分なため日々の汚れが酷いことと、温泉に触れる機会が多いために入浴が大事な習慣として定着しているのだという。
「もちろんだ。風呂は大事だ」
私は都市建築を決めたときよりも熱を込めてヴァルボと握手した。
「そういうことなら、浴場の一つや二つ、サービスで建ててやるよ。幸い木材も石材もたっぷりあるしな。熱源は石炭でいいな?」
「ああ、是非頼む」
驚くことに彼らはすでに石炭を使った初期的なボイラーを実用化しているようだった。それに、地面から沸く『重火水』も灯りや燃料に使っているらしい。
……こいつらそのうち蒸気機関や鉄砲も発明しそうな勢いだな。
「それから、そうだな……水汲みや洗濯が重労働なんだが、何とかならないか?」
城に井戸はあるが、重いつるべ式でモーラがずいぶん苦労しているのを見た覚えがある。
「そんならポンプを据え付けてやるよ。さすがにこいつは料金をもらうが。あとは……山の上の方に水源が見つかれば水車や水道が造れるんだがな。ああ、ちょいと値は張るが風車ってのもあるぞ?」
金でみんなの仕事が楽になるなら安いものだ。
それにしても……ドワーフ凄ぇな。
久しぶりに主人公がチートっぽいことをしていますね。地味ですが。
ストックした方が将来的には楽になると思うのですが、勢いで更新します。
連休中勢いを維持したいと思います(連続更新できるかは分かりませんが)。