城の客人たち
クローラはさっそく北方の王国の大叔母にあてた手紙を出すために、レリス市に向かってくれた。
彼女の協力は有難い話ではあるが、これでレリス市までの往復約8日+数日はクローラという人材を欠くことになるわけだ。
レリス市で冒険者を雇い手紙を出す予定だが、返事がくるまでにはさらに数ヶ月かかるだろう。
「クローラがいないと色々とこま……らないか?」
私やイルドが不在の時に城の責任者を任せられる重要な人材ではあるが、かといって彼女は普段何か城の仕事をしているわけではない。
そもそも、彼女は魔術師ギルドの研修生として、元魔術兵たちと共に私からゴーレム作製技術を学ぶのが主な役割だからな……。
現実的な城の運営という観点から見れば、クローラよりもモーラの方が重要度は遥かに高い。
ジーテイアス城内の清掃、食事、洗濯、日用品の管理。どれ一つ欠けても生活ができなくなる重要な業務を全て仕切っているのだから。
14歳の少女に任せるには質量ともに過大かとも思ったが、彼女はいつも明るく楽しげにモップや包丁を振るい、帳簿をつけ、使用人たちに指示を出す。実際、私たちはこれまで快適に過ごさせてもらっている。
この子とイルドがいたら、うちの会社の庶務は全員失業だな……などと思いながら私は城の中庭に出た。
主塔と居住棟の間にロープが何本も張られ、そこに洗ったばかりのシーツやテーブルクロスがかけられている。つい先ほどまで主塔の私室にいて、下からモーラたちの声がしていたので降りてきたのだが作業はもう終わっていたようだ。
見回すと、居住棟の壁際に置かれたベンチにモーラが座っていた。
「寝てるな」
少女は壁にもたれて可愛い寝息を立てていた。
オーバーワークなのは確かなのだ。起こす気にもなれず、なるべく静かに隣に腰を下ろす。
彼女は一応メイド長という肩書きだが、メイドのダークエルフ四姉妹には城内外の警備という別の仕事もある。実質的には、サムとアンナの使用人夫婦と大工のゼク青年だけが城内の用務をこなすスタッフということだ。
この後、イルドが募集した兵士を連れて戻ってくるはずだし、そうなれば流石にパンクだろう。イルドが戻ったらすぐに、使用人やメイドの増員の相談をしなくてはいけないな。
……と、そんな状況なのだが。彼女には別の仕事も頼まなければならない。
ベンチに座って中庭を見渡すと、戦族の戦士たちがキャンプの設営に励んでいる姿が見えた。
城壁の長さのわりに、内部の建物が少ないジーテイアス城は中庭にだいぶスペースがある。そのスペースの二割ほどを自分達のテリトリーと定めたようだ。
あの、角や刃で飾られた異形の鎧は流石に外しておりみな奇妙な刺青をしているのがわかった。
「申し訳ないんだけどな……」
作業する男達の中でも一際目立つ巨体ーー戦士長レードの姿を目で追いながら呟く。
「んっ……。えっと、何かお仕事ですか?」
それはモーラの耳に届いてしまったらしい。彼女は小さく伸びをしてから姿勢を正した。
「ああ。すまないのだが、彼ら、あの戦族の連中にも私達と同じ食事を出してやってほしいんだ。その他、水や着替えや日用品の補給などもだ」
「はい、分かりました! さっそく今夜のお夕食から、あの人たちの分も作りますね」
彼らは私の監視を名目に駐留している。戦将カンベリスの言葉があるとはいえ、私への敵意や不信はそう簡単に晴れないだろう。逆に、クローラたちからの印象も最悪だ。
だが、そんなことは言っていられない。これから暗鬼と戦うために彼らとの協力関係は絶対に必要だ。
そんな説明をしなくては納得してくれないだろうと思っていた私は、躊躇もなく頷いてくれたモーラが眩しくて思わず視線を逸らしてしまう。
「大変だと思うが、もう少し頑張ってくれ。新しい使用人やメイドも直ぐに雇うから」
「これくらい全然大変じゃないですよ。ジオさんはもっといろいろ、世界のこととか暗鬼のこととか、頑張ってるんですし」
「そうか……。ありがとう」
彼女は彼女で、私のために全力を尽くしてくれているのだ。今は甘えるしかないが、いずれ絶対に幸せにしてやらないとな。
……イルドには悪いが、もし娘というものがいたらこんな感じなのだろうか。
「我が城に滞在する間、君達に生活の不自由はさせない」
「そんなことで懐柔はされん。が……礼は言っておく」
上半身裸のレードを遥かに見上げながら私は宣言した。
どうでもいいが、鼻筋は通っているし目元はきりっとしているし、思っていたよりも美形だな。どうでもいいが。
レードはまだ強く警戒しているようだったし、他の戦族たちも私の申し出を聞いて顔を見合わせていた。我々の間に深い溝があるのは承知の上である。
「我が城の飯は美味いぞ? 期待していてくれ」
文字通り丸太みたいな太さのレードの腕を軽く叩いて私は戦族のキャンプを離れた。
次はドワーフたちと交渉だ。
「戦族に目をつけられるとは、あんたも災難だったなぁ!」
城の広間で会談することにした建築の家の家長、ヴァルボは同情するように言った。
実際に暗鬼判定されたならともかく、疑いの段階では気にしないといった態度だ。
「諸君らにも迷惑をかけてすまない。せめて、今回の報酬には色をつけさせてもらう」
「まぁー気にするな! といいたいところだが、金なら遠慮なくもらうぜ!」
彼らの機嫌は良い様だ。
「そういえば、イルドから聞いたが、あんたとんでもない工事を考えているそうだな?」
「この城から戦斧郷まで交易路を開通させたい。協力してもらえるということだったが?」
「もちろんだ! 久しぶりに、やりがいのある仕事だからな、腕が鳴るぜ! ……ただし」
「ただし?」
ヴァルボは髭だらけの顔を上げ、私を試すように見た。レードのときとは真逆で私が見下ろす側だが、視線を合わせようとしゃがんだりするのはドワーフに対する侮辱だと聞いたので、そのまま話を促す。
「当たり前だが費用も時間もアホみたいにかかるぞ? イルドにも言ったが……何か考えはあるのか?」
「そのことなら任せてほしい。今からお見せしよう」
「素人考えで恐縮だが、今回の工事で最も時間と人手が必要なのは、森の木々の伐採じゃないかね?」
「ああ、そうだな。それにこの山に路を敷くとなれば土地の造成や資材の運搬もかなり大変だ」
私とドワーフたちはジーテイアス城の城門の外に出た。
ヴァルボの返事を聞いた私は頷いて、呪文の詠唱を始める。
「……こいつがなぁ……」
『内界』に仮想の自分を出現させた私は、まじまじと目の前の黒い扉……魔導門を見詰めた。
これまでは、私ことジオ・マルギルスの力の根源としてこの上なく頼もしかったその姿が、今は不吉に見えた。
「いや……。どうなるかは私次第なのかも知れない。これは暗鬼を呼ぶ焦点なんかではなく、私の魔導門だ」
ぺたぺた、と象徴的な彫刻で飾られた魔導門の表面を触りながら自分に言い聞かせるように呟く。
それでもいつもよりおっかなびっくり螺旋階段を降りていき、7階層の呪文書庫にたどり着いた。書物の形に封じられた混沌の力を解放すると同時に、現実世界の私は呪文を唱え終える。
「この呪文により森の巨人3体を創造し1時間の間使役する。【怪物創造】」
「ん? んん?」
目の前の空間が歪み、巨大な人の影が滲み出してくる。その影が実体化していくにつれ、最初は細められていたドワーフたちの目が、眼球が零れんばかりに広げられていった。
「うぉ……うおおおおお……!」
「きょ、きょきょ……」
「魔術か? これは幻術じゃないのかっ!?」
「飲みすぎたかのぉ……」
「なんじゃぁこりゃぁぁ!?」
ヴァルボが、愕然とするドワーフたちを代表するようにローブの裾を掴んで引っ張った。
目の前には、革の鎧を身につけた身長8m以上の男達……『森の巨人』が3体佇んでいる。
「森の巨人だ。私がいま呪文で創造した存在で、私の命令なら何でも聞くし君達の指示で動くようにもできる」
「な、なんちゅー……こ、こいつらを使って工事をして良いってことか!?」
「うむ。必要なら、いますぐだと後6体。明日以降でいいなら27体用意できる。もっとも、他の呪文も準備しておきたいのでせいぜい9体くらいまでにしてもらえると助かる」
7レベル呪文、【怪物創造】は文字通りモンスターを創造し使役する呪文だ。
ただし、創造できるモンスターはアンデッドや魔物ではなく、特殊能力も持たない種族に限る。
呪文一回で創造できるモンスターの数とレベルは、術者のレベルの合計までのレベルになる。私は36レベルだから、1レベルモンスターを36体、12レベルモンスターを3体、10レベルモンスター1体に13レベルモンスター2体というように好きな組み合わせを選ぶこともできるのだ。
森の巨人は12レベルなので実に丁度良い。
「……この呪文により【怪物創造】の効果時間を延長する。【永続化】」
そして、8レベル呪文【永続化】を続けて使う。
【怪物創造】は非常に便利な呪文だが、効果時間は1時間しかない。だが、【永続化】は指定した呪文の効果を引き伸ばすことができる。
低レベルの呪文なら文字通り永続化し、高レベルの呪文の場合は効果時間の『桁を一つ上げる』。
つまり、持続時間の単位が『秒』の呪文なら『分』に。『時間』の呪文なら『日』にという具合だ。
これで、いま創造した3体の森の巨人は、まる1日存在し使役できることになる。
3体の森の巨人は、自分の使命はすでに分かっているという顔で通常の武器ではない装備を肩に担いだ。
ジーテイアス城の城壁も破壊できそうな装備も、呪文を唱える段階で術者がある程度選ぶことができるのだからこの呪文は本当に便利だ。
「一応、森林の伐採と地ならしのために斧とツルハシとトンボを装備させておいたが。他に必要なものがあれば言ってくれれば明日からは変えられる。……どうした?」
「おわわ……う、お、おおっうはっ!」
ヴァルボは、3体の巨人が私達の前にうやうやしく跪くのを見て唸っていたが、徐々にその驚愕の声は哄笑に変わっていった。
「うははは! がはは! 邪道だな! 巨人の力を借りて工事なんぞ、邪道中の邪道だ! だがなっ!」
野心にギラつく大きな目が私を下から射抜く。
「こんだけのドでかい道具を持たされて、ただの工事をするなんざ建築の家のご先祖が許さんし俺も許さん!」
ヴァルボはまだ腰の引けているドワーフたちを叱咤するように拳を突き上げた。
「やるぞ! 最高の工事を最速で! 最上で! 最安で! ぴっかぴかの街道を戦斧郷からこの城まで、そして法の街道までぶっ繋げるぞ! ダウロン!」
「おおお!」
「棟梁! 俺もやるぞ!」
「ダウロン! ダウロン!」
こうなればいいな、とは思っていたがばっちり彼らの建築家魂に火がついたようだ。
この調子ならついでに城の拡張や風呂の設置もやってくれそうだな。
日本式の快適な湯船を思い出した私はにやつきながら、ドワーフたちの叫びに驚いて城壁や見張り台に出てきた仲間達、戦族たちに手を振った。