北への便り
戦将カンベリスに率いられた戦士たちが、軍旗を翻して城から離れて行った。
それを見送った私は、監視役として残ることになった戦士長レードと戦士10人を連れて城に戻る。
何が何やら分からない、という顔をした皆をひとまずなだめ、ドワーフ達には謝り倒した。
戦族たちは自前でキャンプを設営するということで中庭の一部を貸すことにする。
一応、なんとかごたごたが落ち着いたところで、私は仲間を自室に集めた。
「心配かけてすまなかった。これから話すことを良く聞いてほしい」
クローラ、セダム、レイハの顔を順番に見回す。残念ながらイルドが戻るのはまだ先だ。
3人とも気遣うような表情を見せてくれている。しかし、彼らには戦族との話の中身を伝えねばならないだろう。
それに加えて、戦族には言わなかった魔道門と焦点との関連についてもだ。
「……それで、戦将は長老会と巫女の判断を仰ぐため、彼らの『宿』に帰還したわけだ」
本拠地のことを宿と呼ぶとは、戦族のセンスは良くわからない。とりあえず、城との往復だけでも1、2ヶ月はかかるとカンベリスが言っていた(『宿』の場所は教えてもらえなかった)ので時間的な猶予は少しある。
「焦点に、預言か。厄介な話だな」
「まったく、不愉快極まる方々ですわね」
私自身が暗鬼を呼び込む焦点かも知れない、という話も当然したがセダムとクローラの第一声はこれだった。相変わらず積極的には発言しないレイハに視線を向けると、彼女は平然と言った。
「ご命令さえ頂ければ、何時でも彼らを排除いたします」
ありがとう。でもそうじゃない。
「魔道門と暗鬼の巣の関係について、黙っていてすまなかった。戦族のいうとおりなら、私は大繁殖を呼ぶ存在なのかも知れない……だから……」
『去りたいものは去っても良い』。そう言うべきだと主張する理性を頭のなかで締め上げて黙らせる。理性は、私が去れといっても彼らがそうはしないことを見越した上で、彼らの好意を利用しようという最低の卑怯者なのだ。
それによって彼らが傷ついても『彼らが自分で選んだことだから』という言い訳を用意したい臆病者でもある。
暗鬼の問題は、この世界の問題ではなく、私自身のものとなった。
これからは、私が彼らを助けるだけでなく、私も彼らに助けてもらうのだ。
であれば、そのために起こる全てのことには、私が責任を負わなければならない。
結局、私はやるしかないのだ、『大魔法使い』を。
「だから、問題を解決するために諸君の力を借りる。今後ともよろしく頼む」
「分かってるさ」
「当然ですわ」
「従属する者は流れの主の御心のままに」
セダムは軽く片目を瞑って見せた。クローラも偉そうに胸を反らして断言する。レイハは片手を胸にあて深く一礼してくれた。
まったく何でもない事のように言ってくれるから、私はこいつらが大好きなのだ。
……。
いかんな、また少しうるっとしてしまった。人間、歳を取ると涙腺がもろくなって困る。
「しかしとにかくだ。聞けば聞くほどその話は胡散臭いぞ」
改めて、この問題について検討をすることにした場でセダムが真っ先に言った。
「そうか? 一応、筋は通っていると思うが……」
カンベリス相手にいろいろ疑問をぶつけて何も矛盾を見つけられなかった私としては、首を傾げるしかない。
「あんたはずいぶん信心深いんだな。預言なんて本当にあたると思うのか? あいつらはダークエルフも尾行できる兵を持ってるんだ。その情報収集力を使えば暗鬼の巣や暗鬼崇拝者くらい自力で探せるだろ」
「それを、預言というか調査結果というかだけの違いですね」
「あんたの名前が出てきて驚いてるようだが、この2ヶ月であんたはリュウス同盟中に知られてるんだぜ? あいつらが知っていても何の不思議もない」
「セダム殿の仰るとおりです」
セダムの突っ込みに諜報達人であるレイハも同意する。……まぁ、確かにそうなんだが。
「二度目の大繁殖を預言していたというのも怪しいですわ。事前に分かっていたのなら、どうして大繁殖を防げませんでしたの?」
「……むう……」
クローラの指摘も、言われてみればもっともだ。どうしてカンベリスと話している時に気付かなかったのだろう。
二度目の『大繁殖』の時の焦点は逃げ回って捕まらなかったとか強すぎたとか、理由はいろいろ考えられるが。
「まぁ、戦族が暗鬼の専門家なのは確かだからな。相手の土俵に乗っちまったらそんなものかも知れん」
「その見鬼とかいうアイテムのことまで疑い始めたらきりがありませんけれども……少なくとも、彼らの話を全て鵜呑みにする必要はいまのところありませんわね」
なるほど。やはり、戦族の真意というか内幕を知りたいところだな。それに暗鬼についても、新しい『焦点』というキーワードを調べないと。
私がそういうとセダムとクローラは微妙な顔をした。
「戦族について調べるか、かなり難しいな……」
「彼らは余人と交わりませんからね」
確かに今まで私が何度か暗鬼について調べた時も、戦族については名前くらいしか出てこなかった。レードという、戦族オブ戦族みたいな男がそばにいるわけだが、彼がそうそう情報をくれるとはまったく思えない。
と、そこで一つ思い出したことがあった。
「じゃあ、『勇者』についてはどうだ?」
戦族は勇者の仲間の子孫で、焦点のことを教えたのも勇者だったとカンベリスは言っていた。しかし勇者も、戦族ほどではないがあまり頻繁に聞く言葉ではない。難しいのかも知れないが……と思っていると。
「勇者の子孫ってのは確か北方の王国で爵位か何か持ってるんじゃなかったか?」
「……ですわね」
セダムがいつもように博学を披露する。
いるのかよ勇者。
私が目を丸くしていると視界にクローラが入った。何故か視線を盛大に泳がせている。
「どうした? あんたは北方の王国に親戚がいるんだろ? 何か知ってるのか?」
「……それは……まぁ……」
珍しい表情を見せたクローラをセダムが追求すると、彼女は渋々言った。
「……再従兄ですわ」
「は?」
「私の大叔母の孫。つまり再従兄が今代の勇者、アイゼル・ユズキ・カミール……ですわね」
クローラが北方の王国の貴族にもツテがあるというような話を聞いたことはあるが、まさかピンポイントで勇者と繋がりがあるとは。
彼女は幼い頃に一度だけ、『勇者アイゼル』と会ったことがあるという。彼女自身の記憶は曖昧らしいが、彼は今でも北方の王国のどこかにいるはずだという。爵位を持つ貴族の居場所が不明というのは問題だが、『勇者』の直系の子孫として各地で人助けや暗鬼討伐などをしているのだとか。
そういうゲーム風の『勇者』は、この世界にはいないと思い込んでいたよ……。
結局、勇者の居場所も不明ということとで、クローラに大叔母にあてて協力要請の手紙を出してもらうことにした。大叔母は領地で学者や魔術師を養成するなど北方の王国でも著名な知識人だというので、純粋に我々への助言がもらえるかも知れないという期待もあった。
もちろん勇者の居場所が判明したなら、自ら北方の王国へ赴くつもりだ。
また、例によって冒険者ギルドと魔術師ギルドに焦点や戦族についての情報収集を依頼することも決めた。
話し合いはその後、ドワーフたちに依頼する戦斧郷への交易路建設のことや元魔術兵候補たちの教育のことまで及んだ。
焦点のことは頭が痛いが、今は足元を一つ一つ固めていこう。
俺達の建国はこれからだ!
というわけで、次回からまた少し建国ターンとなります。