焦点
「……あの方々からは強い魔力を感じますわね」
城壁内部の覗き窓から戦族たちを睨んでいたクローラが、腹立たしげに言った。
魔力か。魔術師ぽいのは1人しか見えないが。
魔術兵が魔術師ギルドの新事業だったくらいだから、この世界には魔術も武器も使える魔法戦士的な存在はほとんど見られないはずだ。
「俺も戦族の戦いは遠目に見たことがあるだけだが、魔術のようなものは使ってなかったな」
セダムの記憶では、魔術ではなく人間離れした身体能力と特殊な装備が彼らの特徴なのだという。
「……確かに、恐るべき戦士たちなのは確かだな」
私は私で、【達人の目】をかけて彼らを観察した結果、セダムと同じ意見になった。
呪文によって得られた彼らのデータは、戦士長レードという巨漢の戦士の【人間/男性/28歳/戦士レベル21】を筆頭に、一番派手な戦士の【人間/男性/48歳/戦士レベル14】、1人だけローブを着た男が【人間/男性/40歳/僧侶レベル10】と、これまでみた冒険者や騎士と比べて段違いの能力を示していたからだ。
レードという戦士はどう見ても規格外だが、他の戦士たちも大体レベル8~10はある。
レリス市の冒険者ギルドの最高レベルがセダムのレベル9で、カルバネラ騎士団ではリオリアのレベル10だったことも合わせて考えれば、なるほど暗鬼とも十分戦える戦力だ。
ただし、私の視覚に映る『人間』や『戦士』といった表示が妙に歪んで見えるのが気になる。レンジャーであるセダムを『盗賊』と『D&B』風に翻訳して表示するときもこんな感じで歪んでいた。戦士という職業はともかく、種族の表示がおかしくなるというのはどういうことだろう。
「それにしても、あの連中が城になだれ込んでいた可能性もあったわけか……」
城門はそう簡単には破れないはずだが、あれだけの集団がそれも考えずに押しかけてくるはずもない。何らかの手段は用意していると考えるべきだ。モーラやクローラ、少年たち……彼らがどれほど危険な状態だったか実感するにつれ、ますます怒りが強くなってきた。
「……恐れながら主様。怒りは判断を鈍らせます。どうかお心をお鎮めくださいますよう」
背後に控えていたレイハの囁くような忠告が聞こえた。
私の意見に反対することなどほとんどない彼女の、いかにも申し訳なさそうな表情を見て、私は大きく息を吐いた。
「ふう……」
そうだ。会社のメンタルヘルス研修でも言われたな。『怒りは全てのトラブルの原因』だと。
人の上に立つ者として、負の感情はコントロールしなければならない。
「……そうだな、レイハ。少し頭が冷えた。感謝する」
「勿体無いお言葉でございます。もしまだお怒りが残るようでしたら、どうぞ私に向けて発散なされますよう」
「…………それは止めておこう」
【防 護】、【魔力の盾】、【敵意看破】、【見えざる悪魔】、【完全耐性付与】、【精神防壁】、【緊急発動】、【無 敵】。そして【幻像投射】。
今日、『準備』している中で防御に使えそうな呪文は片っ端から唱えまくった。【肉体強化】を準備していなかったのが悔やまれる。
最近のしっかりしたシステムのTRPGでは呪文の重ねかけはできないことが多いが、古典である『D&B』にはそんな小難しいルールはない。
「うえ……」
「ちょっと。しっかりなさって」
実質時間は2分に満たないが、『内界』の私が魔導門から呪文書庫までの螺旋階段を9往復もした疲労感がある。思わずよろけた私の腕を、クローラが掴んで支えてくれた。
「すまないな。君には頼りっぱなしだ」
「……それは……」
「では行って来る。後は頼む」
クローラとセダム、レイハに声をかけ、城の通用門から外に出た。
最初はみな同行すると主張したが、私1人の方がいざというときに逃げやすいと説得しての単独行である。
「私がジーテイアス城主、魔法使いジオ・マルギルスである。礼儀を知らぬ戦族の者たちよ。話がしたければ代表者がここまできたまえ!」
30メートルほどの距離があっても、異形の鎧に身を包んだ歴戦の戦士の集団が相手だ。
暗鬼の軍団を相手にするのとはまた別の威圧感に身体が震えそうになる。震えを抑えようと、ウィザードリィスタッフの石突で思い切り地を突く。
「私が話そう……魔法使いよ」
てっきり巨漢の戦士がくると思ったが、一番派手な格好の戦士が責任者だったようだ。
彼は堂々とした足取りで私の目前までくると、兜と面覆いを外した。
「『戦将』カンベリスだ」
派手な戦士は黒髪を短く刈り込み、鋭い目をした壮年男性だった。【敵意看破】をかけた目にはしっかりと私への悪意が輝いて見える。
「では、話を聞こうか」
私は真っ直ぐに彼の黒い瞳を見据えながら聞いた。ローブの裾の中でこっそり握った『ESPメダル』を発動させるが……驚いたことに彼はアイテムの効果に抵抗してきた。
それでも表情が変わらないところを見ると、アイテムを使われたことには気付いていないようだ。何か、魔法への抵抗力を向上させるアイテムを所持しているのだろうか?
とにかく、ますます油断ならない。
「……おま……貴殿には、暗鬼もしくは暗鬼崇拝者であるという疑いがある。それは城代にも伝えたが。身の潔白を証明したいなら、我々の『審問』を受けてもらいたい」
「戦族が暗鬼と戦うために身を捧げた一族であるということは知っている。だが、それだけの説明で納得できるはずがあるまい? そもそも、私が暗鬼だと思った理由は何なのか?」
暗鬼や暗鬼崇拝者を判別する技術が本物であれば、是非とも教えてもらいたいものだ。しかし、私が暗鬼だと判断するというのは、そもそも出鱈目の技術だということなのだろうか?
「では説明しよう。そもそも、我々戦族は500年前に『勇者』の仲間であった『闇の戦士』の子孫である……」
思ったよりもあっさりと、しかもどこか自慢するような調子で彼は説明を始めた。
いろいろ装飾や回り道が多い話だったが、それをまとめるとこうなる。
・戦族は『勇者』や『闇の戦士』から、暗鬼と戦うための知識や技術を学んだ。
・『勇者』に教えられた知識として、『大繁殖は焦点から発生する』というものがある。
・『焦点』については、暗鬼の巣の奥の奥に存在する通路のようなものだと考えられていた。
・ところが、つい最近、戦族の巫女が守護神からの預言を受けた。預言の内容は、『焦点が先見山に出現する』『焦点は人間であり、名をマルギルスという』とのことだった。
「……なるほど」
個人名までばっちり出ているとは、なかなか懇切丁寧な預言だ。じんわりと話の意味を飲み込みはじめた脳内で、私はぼんやりとそんなくだらないことを思った。
ちなみに、先見山というのはジーテイアス城があるこの山の、戦族での呼び方である。
しかし、『焦点』か。
暗鬼の巣の奥にある通路とは、私が以前に見た魔導門に似た存在のことだろう。
……そうなると、確かに『焦点=暗鬼の巣の奥にある通路=魔導門=私』という式が成り立たつな。
私は暗鬼だったのか?
そもそも、この身体は『見守る者』が私の注文を聞いて造りだしたものだ。少なくとも真っ当な人間ではない。
それどころか、戦族の知識とやらが真実なら、私から『大繁殖』が発生することになる。
何とか抑えていた腹の中の怒りが霧散していくのを感じる。
そう、怒ってる場合じゃないぞこれは。
「こちらは話せることは話したぞ。『審問』を受けるのか、受けないのか?」
黙りこくった私に業を煮やしてカンベリスが返答を迫ってきた。
更新時間が遅くなりがちですみません。