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戦族との邂逅 (三人称)

 ジオたちが領内巡視に出発してから6日ほど経ったジーテイアス城。

 ササラがジオと合流する数時間前のことである。


 クローラ・アンデルは城内の自室で茶を楽しんでいた。ダークエルフ四姉妹の長女、アルガが恭しく給仕をしている。


「……それにしても、この短期間であの崩落を復旧するとはドワーフとは恐るべきものですわね」


 建築の家ダウロンのドワーフ20名が、【隕 石メテオ】で崩れた山道を復旧させる工事を終えたのが昨日のことだ。

 クローラは城主であるジオの名代として、ヴァルホと書類のやり取りと工事費の支払いを終えていた。

 彼らをそのまま帰すのは城の沽券に関わる、としてその夜には宴を開いた。

 大酒飲みで大喰らいのドワーフ20人をもてなすのは中々の難業だったが、モーラ以下使用人とダークエルフ達が力を合わせて乗り切った。クローラもつつがなく女主人ホステスとしての役割をこなしている。


「そうですねぇ。でも奥方様、私はあの食べっぷりの方が驚きましたけど」


 相変わらずダークエルフたちはクローラを奥方と呼んでいた。ジオは諦めているし、クローラも積極的に否定しないとはいえ、法的にも感情的にも2人が婚姻関係にないのは明らかで、それは彼女達も理解している。ただ、彼女達が平伏せざるを得ない『流れの主オルリ』に対して対等に意見を述べ、その代理として堂々と振舞うクローラへの畏怖が、そのような敬称を選ばせているのかも知れない。


「奥方様!」


 優雅な時間は、悲鳴に近い声で終わりを告げた。

 ダークエルフの末っ子、ササラが部屋に飛び込んできたのだ。


「何がありましたの?」

「見張りをしていたらっ! 下から武装した兵士が大勢こっちに向かってくるのが見えました!」

「「……!?」」


 ジオはこの地方を代表する二つの勢力、レリス市とカルバネラ騎士団双方から、ジーテイアス城及び周辺地域の領有を認められた領主である。その城に、事前の連絡もなしに部隊規模の未知の集団が接近するというのは明らかな異常事態だった。このまま城攻めが始まってもまったくおかしくない。

 クローラの顔から貴族の令嬢らしい優雅な笑みが消え、魔術師の冷徹な目が現れる。


「詳しく報告なさい」

「か、数は30人くらいですっ。見たことのない鳥の紋章の旗を持ってました。あと半時もしたらここまでやってきます!」


 四姉妹の中では一番子供っぽいササラだが、そこは謀略を生業とするハイクルウス氏族。簡潔に必要な情報を報告する。

 クローラは頭の中で、現在の人員を確認した。

 モーラ。サムとアンナ夫婦。大工のゼク。ダークエルフ四姉妹。元魔術兵候補の少年少女3人。


「……アルガは城内の全員を中庭に招集なさい。ササラはラシルと彼らを監視を……ご苦労ですけど、頼みましたわよ?」

「「はいっ、奥方様!」」





「彼らが何者か、まだ分かっていません。友好的な勢力である可能性もありますわ。ただ万が一に備えて、ドワーフの皆様とモーラたちは主塔で待機していただきます」


 中庭に集まった皆にクローラは指示を出す。


わたくしは、彼らの意図を確かめます。ギルマは護衛を」

「承知」


 ダークエルフの三女は恭しく礼をしたが、その指示に納得しないものもいた。


「わ、私も何か手伝います!」

「俺達だって、戦えます!」

「俺らも助太刀するぞ?」


 モーラ、元魔術兵候補のログ、ドワーフのヴァルホが口々に言った。しかし、クローラは首を振る。


「相手は完全武装の兵士30名。……とはいえ、攻城兵器もなしにそう簡単に侵入はできませんわ。まずは、わたくしが交渉します。その後、どうしても戦う必要が出たときは……皆の力を合わせる必要がありますわね」


「……わ、わかりました」

「俺達が道を復旧したのが災いするとはなぁ……」


 少年とドワーフが頷き、主塔の広間へ入ろうと移動を始める。

 クローラがダークエルフを引きつれ、正門の防御塔へ向かうとすると。


「……クローラさんっ」

「な、何ですの?」


 背後から縋りつくように、モーラがその手を強く掴んだ。

 モーラには女魔術師の手が小さく震えているのが分かった。それを押さえ込むかのように、両手で掴んだまま胸元に引き寄せる。


「だ、大丈夫ですよ! 何かの間違いか……。も、もし悪い人たちでも……ジオさんがきっとすぐ戻ってきてくれます!」

「……そうですわね」


 クローラは空いている方の手をモーラの頭に置いて穏やかに言った。





「奥方様! もうすぐあいつらがやってきます!」


 防御塔の見張り所で前方を見据えていたクローラに、偵察から戻ったササラが報告した。


「……何とも悪趣味な方々ですわね」

「御意」


 山中にあるジーテイアス城だが、周辺は敵が隠れて接近できないよう木々を払い、狭い平地になっている。

 その平地に、重厚な鎧に多様な武器を身につけた軍団が姿をあらわした。

 重厚な鎧。単に、分厚い板金鎧というだけではない。赤を基調とした派手な彩色の装甲には、あちこちに鋭いスパイク ブレードが植えつけられていたし、兜や面覆いにも悪魔的な装飾が施されている。

 繊細で涼しげな芸術を好むレリスの貴族としては到底容認できないセンスだ。側に控えるギルマも珍しく声を出して同意していた。


「一体、どこのご家中かしら?」


 2列縦隊で山道を登りきり平地に整列した彼らの先頭には、真紅の軍旗が翻っていた。

 大きく羽を広げ威嚇する鳥が極彩色で描かれている。伯爵家の人間として、リュウス同盟はもとより北方の王国シュレンダルの貴族や騎士団について知識を持っていたが、そのような紋章に見覚えは……。


「架空の鳥? ……あの極彩色の羽と尾は……あ!」


 クローラの脳裏に閃く光景があった。

 10年前。

 暗鬼の軍団の攻撃を受けたレリス市の城壁に、騎士団や衛兵隊のものと並んで翻っていた……。


「あれは『戦族』の紋章ですわ!」




 『戦族』。

 500年前に起きたとされる最初の暗鬼の『大繁殖』(ブリード。歴史というよりも伝説に近い話であるが、それは『勇者』と呼ばれる超人らによって防がれたとされる。

 『勇者』の実態は定かではないが、彼は『大繁殖』(ブリードの後、姿を消す。

 残された『勇者』の仲間のうち『闇の戦士』が、永遠に暗鬼と戦う使命を伝えた子孫、彼らは自ら『戦族』と名乗った。

 起源については最早真実を知ることなどできないが、彼らが現在まで暗鬼と戦い続けていることは事実であり、クローラも確かに10年前、レリス市を守るために暗鬼と戦う戦族の戦士たちを目撃している。

 もっとも、彼ら自身が暗鬼崇拝者(デモニスト)を警戒してかそうそう自分の出自を明かさないので、暗鬼との戦い以外では戦族をそれと知ることは不可能に近い。


「……というのが『戦族』ですわね」

「うーん、じゃあ仲良くできるんじゃないですか?」

「まだ分からん」


 軍旗を携えた旗手を連れ、一人の戦士が正門へ向かってくるのを見下ろしながらクローラがダークエルフ2人に説明した。

 それに対してほっとしたように言うササラにギルマが釘を刺し、クローラも頷く。



 3人が見守る中、戦士と旗手は正門から10mほどのところで立ち止まった。


「……ひゃぁ、でっかい……!」

「あれは暗鬼じゃないのか?」


 ササラの驚きは当然で、戦士は身長2m以上の巨体だった。無数の角や刃を生やした異形の鎧と兜の上からでも、その下の屈強な肉体が容易に想像できる。

 顔は悪魔に似た模様の彫られた面覆いで確認できない。


「俺はレード。戦族の戦士長だ。城主のジオ・マルギルスに面会したい」


 巨体の戦士の太く重い声が響いた。


「レード? レードって、確か『暗鬼狩り』……じゃない?」

「そのレードかどうか分からんがな……」


 顔を見合わせるダークエルフ姉妹を置いて、クローラは見張り台の縁に立った。


わたくしはジーテイアス城代、クローラ・アンデル。戦族の戦士よ、先触れもなしの来訪は無礼極まりないとお知りなさい! まずは兵を引き、改めて使者を寄こせば悪いようには致しませんわ!」


 魔術師の杖を手にしたクローラの声が届くと、レードと名乗った戦士の背後、戦族の列が少しざわめいた。


「無礼については謝罪しよう。だがこちらにも事情がある」

「一体どんな事情ですの?」

「城主のマルギルスには、暗鬼、もしくは暗鬼崇拝者(デモニスト)の疑いがある。会って確かめさせてもらおう」



 レードの言葉にクローラは端正な眉をきりりと吊り上げた。


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