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領内巡視 1

 イルドやセダムたちがドワーフとの交渉を終えて帰ってきたのはそれから三日後だった。

 予定より一日遅いが、彼らなら大丈夫だろうと特に迎えを出したりはしていない。……実はちょっと心配して【飛 行フライ】で上空から彼らの姿を探していたりしたのは内緒だ。



 イルドの報告によれば、ジーテイアス城から戦斧郷までの交易路を建設することと、山道の崩落を復旧するための人員の派遣、双方についてドワーフたちの了解を得られたとのことだった。


「山道の復旧工事をしてくれる建築家……ダロウン家の方々はすでに工事を開始しています。ユウレ村に拠点を置いて作業をするそうですので、あちらでの宿の手配なども済ましておきました」

「おう、小さいがなかなかどっしりした良い城じゃねーか! あんたが城主のマルギルスか? まあこれからよろしく頼むぜ!」


 律儀に報告してくれるイルドの横から、屈強な体格の小さい人――ドワーフがフランクに話しかけてきた。


「ああ、私が魔法使いマルギルスだ。……君は?」

「すみません。こちらは……」

「おぉ悪い悪い! 俺が建築の家ダウロンのヴァルボだ! あの程度の崩落なら五日もあれば綺麗さっぱり直してやるよ!」


 どうやらドワーフは一つの家が一つの業種を司っているらしい。

 彼らが建築や鍛冶に優れているというのはこの世界セディアでも変わらないことは、これまでにも良く聞いているので安心して良いだろう。


「諸君らドワーフとは、末永く友好的な関係を続けたいと思っている。そのうち、戦斧郷にもお邪魔するよ」

「ああ、こいこい! 暗鬼をぶっつぶしたっていう英雄ならいつでも大歓迎だ!」


 ヴァルボは豪快に笑いながら、工事現場へ戻っていった。

 これで懸念事項がとりあえず一つ減ったな。

 そのうち、彼らには城の増築も頼みたい。主に風呂とか。




 二日後、私は領内の村へ向けて出発した。

 メンバーは、私の他にイルド、レイハ、トーラッド、ジルク、テッド、フィジカだ。

 クローラとダークエルフ四姉妹には城の守りを頼んでいる。

 しかし、こうして分かれて行動することが増えると、確かに色々と不安が出てくるな。兵が必要だということの意味が良く分かった。


「領内の三つの村はそれぞれ、『淵の村』『薬の村』『奥の村』と呼ばれています」


 鬱蒼と繁った森の、かろうじて見分けられる細い道を進みながらイルドが説明してくれる。

 『淵の村』は三つの村の中では一番大きいが、それでも人口は200人以下。村人はほぼ全員木こりで、材木をユウレ村まで運んでは販売している。

 『薬の村』は文字通り周辺に薬草の群生地がいくつもあり、優秀な薬師も代々住んでいて、この村にだけは行商人も訪れる。

 最後の『奥の村』は文字通り最も森の深部に位置する村で、村人は主に狩をして生活しているそうだ。


「それぞれキャラが立ってる村だな」

「は?」

「いや、何でもない」


 フィジカが先行して、村々に私が新領主になるという知らせを届けてくれているが、どうなるだろうか?

 実質的に最近までこの森は山賊の支配下にあったわけだし、今更領主などいらん追い払えって話にならなければ良いが……。




 ジーテイアス城から一番近い『淵の村』には夕暮れ前に到着した。

 その名のとおり、大きな沼を背にするように粗末な木の柵に囲まれている。建物は全て木造で、ユウレ村と比べてもかなり貧相だ。


「……遅い」


 入り口で革鎧を着たフィジカが待っていてくれた。

 日焼けした壮年の男性も一緒だった。この村の村長だという。


「私どもは、新たな領主さまに忠誠を誓います」


 村長はあっさりと私の前に膝をついて従属を誓ってくれた。表情には安堵や希望ではなく怯えや不安が濃いようだ。


「ああ、その忠誠には十分に報いよう。 ……ちゃんと手紙は渡したのか?」


 前半は村長に。後半はフィジカに向けた台詞だ。イルドが書いてくれた手紙をちゃんと読めばここまで怯えることはないと思うんだが。


「渡した、よ」

「は、はいっ。拝読いたしましたっ。当面、税をめ、免除してくださるとかっ……村人一同、感謝しております!」

「うむ……」


 もしかして、あまりに話が上手すぎると思っているのだろうか?

 まあ仕方ない。そのうち慣れるだろう。



「まじゅ……魔法使いさま」

「領主さま」

「忠誠をお誓いします」


 村人たちは広場に集まっており、みな私を見ると平伏した。

 素直なのは良いが、村長と同じ怯えを浮かべているので良い気分はしない。


「村長への手紙にも書いたが、私はジーテイアス城と同じようにこの村も発展させたいと思っている。まずは、近いうちに城や街道に繋がる道を整備するつもりだ。みなにも協力してもらいたい」

「「ははぁーっ」」


 そのまま歓待の宴がはじまったが、村人のテンション同様あまり盛り上がらなかった。

 出される料理や酒も、ジーテイアス城でモーラたちが用意してくれたものに比べれば寂しいものだ。村そのものが貧しいのだと分かっているので、なんとか笑顔を作って食べたが。


 一応、村長に手間賃として金貨を数十枚渡しておいたが、その時にも感謝より疑念を浮かべられてしまった。



 その夜は村長の家に泊まることにした。

 村長の家といっても、三部屋しかない、小屋に毛が生えたようなものだ。7人はとても泊まれないので私だけが居間を占領し、村長一家は隣の倉庫みたいな部屋で寝ることになった。

 イルドたちは村の広場にテントを張っている。もちろん、最初は私もイルドたちと外で寝ようとしたのだが、村長が村として領主を外で寝かすわけにはいかないと懇願してきたので、致し方なくこうなったのだ。

 それにしても、これは申し訳なさ過ぎる。次の村からは村の外でキャンプしよう。

 実際、藁のベッドよりも寝心地は良いはずだ。



「……寝よう」


 家の直ぐ外には家畜が囲われている。もう一刻も早く寝て、明日になれば良いと思いながら目を閉じる。


《……しかし私が領主ならば、村人にもっと良い生活をさせてやる責任があるんじゃないか……?》


「主さま」

「っ」


 夢うつつのまま、なりたての領主としての責任について考えていると。耳元で甘く掠れた声に囁かれて覚醒した。

 暗闇の中にうっすらと、成熟した女性の身体の曲線が浮かんで焦ったが、声と状況からしてレイハだということは分かりきっていた。


「ど、どうしたレイハ?」

「襲撃者を捕えましてございます」

「しゅうげきしゃ?」


 寝惚けまなこでローブをひっかぶり、ウィザードリィスタッフの尖端に魔法の光を灯すと私は家を出た。

 村長の家の前は広場だ。そこに、三人の若者が縛り上げられて転がされ、一人の少女がへたり込んでいた。


「……ごめんなさい! ごめんなさい! 私が悪いんです!」

「「んーっ! んんーーっ!」」


 少女ーー良く見ると村長の娘だったーーが何故か涙ながらに私に平伏し、猿轡をかまされた若者たちは私を睨みつけてもがいてる。

 同じ広場でキャンプしていたイルドたちもとっくに起きて呆れた顔をしていた。



「どういうことなの」

「ど、どういうことだ!?」


 私に遅れて家を飛び出してきた村長が私と同じ台詞を叫んだ。気が合うな。


「この3人が武器を手に主様の寝所に侵入しようとしていたので、捕獲いたしました。娘は3人の後からついて来ていました」

「なんだとぉ!? キナ! お前どういうつもりだ!」

「だって、だって、お父さん! 私……嫌だったの……そうしたらケルーたちが……」


 レイハの説明に、村長が激昂して娘の胸倉を掴み怒鳴りつける。それに対する娘の言葉を聞くに……。

 つまり、村長が私の歓心を買うため、夜伽をしろと娘に命じた。それを嫌がった娘が幼馴染の若者3人に相談したところ、彼らは蛮勇を奮って私を亡き者にしようとした、か?


「こ、殺そうなんて……」

「ただ、キナのことは諦めるように脅そうと思っただけで……」

「だ、だいたいあんたはジャーグルとかいう悪い魔術師なんだろう! 上手いここといってても信じられるか!」


 猿轡を外した若者たちの口から、懐かしい名前を聞いた。

 確かに、こんな森の中の情報から隔絶された村だ。私の噂くらい聞いているだろうが、それ以前にあの城の主だったジャーグルと混同しても……まあ、無理はない。


「いかがなさいますか、マルギルス様?」

「……もしかして、私の判断が裁判代わりになるのか?」

「ここはマルギルス様の領地ですから、当然そうなりますね。ちなみに、もし領主の殺害未遂という罪状であれば、当然判決は処刑でしょう」

「主様。ご許可を頂ければ、闇の魔物も泣いて謝るほどの苦痛を与えた上で処刑いたします」


 イルドの一般論もレイハの極論も、ベクトルは違うが私を悩ませるという意味では同じだな。


「……ケルー、と。サッコに、ライだったか? 君たちは幼馴染のキナのために『悪の魔術師』だと思っていた私と渡り合おうとした……殺されるとは思わなかったかね?」

「……お、思いました……でも」

「ジャーグルや山賊には俺の仲間も村のやつも何人も殺されたっ! 仇が討てるんだったら死んだって……!」

「キ、キナは大事なと、ともだちですから……」

「わ、私が悪いんです! あ、あの、しょ、しょ、けいなら……わ、わたしを……」


 若者3人と娘は必死に訴えてくる。村長は青ざめて口をぱくぱくさせているだけだ。

 私は、杖を軽く上げて彼らを黙らせると、とりあえずレイハに言った。


「レイハ」

「ははっ」

「……私はお前の罪をレリス市の法に預けた。だから彼らも、法で裁く」

「……仰るとおりでございます」


 ……とはいってもなぁ。『私=法』とか。重すぎる。

 わめきたい気分を無理やり抑えて考えを巡らす。感情的に言えば、彼らに罰を与えるような気分にはなっていない。

 しかし、仮にも領主に暴行を加えようと(見方によっては殺害未遂だ)したものを無罪にはできない。

 そもそも、殺す気がなかったとしても、いきなり暴力で解決しようという思考回路はよろしくない。


「……」


 私が法だと言われるなら、せめて誰もが納得できる『法』を演じるべきだろう。


「君らの罪状は、私への『暴行未遂』だ。さらに、誤解を与えたままにしていたという私自身の過失も踏まえて考えるに……。君ら3人には、ジーテイアス城での強制労働を命じる。期間は3年だ。……しかも、一番厳しい兵士として働いてもらうぞ? 覚悟することだ」

「お、俺達がお城の兵士に!?」

「……や、やります。処刑じゃないなら、なんでもっ」

「あ、ありがとうございます……」


 純粋な懲罰としての徴兵だと解釈したのだろう。彼らの表情は決して明るいものではない。もちろん、処刑じゃなかったという安堵はあるだろうが。

 娘も3人に取り縋って泣き笑いの顔だったから、彼らも本望だろう。

 村長や他の村人は胸を撫で下ろしている。個人としては村長を罰したいくらいだったが、イルドにお説教させるくらいで我慢しよう。


「良いご判断だと思います。この森の中を良く知る兵士は必要ですしね」


 イルドがひそひそと囁いてきた。……そういえばそうだな。

 うちは実際に暗鬼と戦うこともありえる城だから、もしかしたら若者3人の命を縮めているのかも知れない。

 そう考えると気が重くなるが、しかし領主これはもう、私がやると決めたことだ。



「それより村はあと2つあるんだよな。……次はゆっくり眠れるといいが」

「分かりません。しかし、領民の持ち込む問題を解決するのは領主の務めです」


 うんざりした顔の私を見て、イルドは真面目くさって言った。


「それが誰にとっての解決であろうが、です」


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