道は通じる (地図あり)
「それで、資金集めについては?」
知らないうちに三つの村を治める領主になっていた、という衝撃から立ち直った私はイルドに聞いた。
彼とセダムの四つの懸案の最後だ。
「これまでの資金についてはマルギルス様の私財で賄っていた状況ですが、いつまでもそういうわけには参りません」
「まぁ、そうだな」
「領内の村や街道を使う隊商から税を徴収するとしても微々たるものですし、何らかの財源を造り出す必要があります」
背負い袋の中身を考えるとあと十年や二十年は城の全員が余裕で食べていけるくらいの資金はあるが、イルドの言いたいことは分かる。
自分たちの活動資金くらいは賄えなければ健全な組織とは言えないからな。
「幸い、私は戦斧郷のドワーフたちと親交があります。かの地と、ジーテイアス城、そしてレリス市を結ぶ交易路を整備いたしましょう」
「なるほど。この城を戦斧郷とレリス市の交易の中継点にするわけか」
確か、今はユウレ村がその役割を担っているはずだ。
書斎の壁に貼った『セディア大陸中央部』の図を思い浮かべながら頷く。
「そうなれば、最低でも月に5、6組の隊商が城を通行しますのでかなりの通行税や宿泊代を稼ぐことができます」
「君がそういうなら間違いないだろうな。その方向で動くとしようか」
「ありがとうございます。それで実は、マルギルス様にご相談があるのですが」
「ん、何だ?」
イルドが聞いてきたのは、交易路建設作業の助けになるような魔法に心当たりがないか、ということだった。
「うーむ、そんな都合の良い呪文はないなぁ……」
「そうなのですか? 無理なことを言って申し訳ありません。そうすると、やはり資金面でマルギルス様を頼ることになってしまいますね……大量の労働者や資材が必要になりますので……」
「それは構わないさ。……いや、まてよ」
労働者、でピンときたぞ。
「大丈夫だ。丁度いい呪文があった。人件費だけは心配するな。……いや、細かい作業や設計をしてくれる人材は必要だが」
「そうですか! さすがマルギルス様です。設計などについてはドワーフに依頼しますので問題ありません」
と、こんなやりとりがあったため、イルドは早速ドワーフと交渉するために戦斧郷へ向かった。もちろん、交易路のことだけでなく、崩落した山道の復旧についても協力を得るためだ。
彼なら上手くやってくれるだろうし、護衛にセダム以下の冒険者をつけたので安全面でも問題ない。
イルドがいないと村にいっても細かい調整ができない。
そこで、彼が戻ってくるまでの間に、元魔術兵候補の少年たちをカルバネラ騎士団の拠点である白剣城へ預けてくることにした。
ジーテイアス城のことはモーラがやってくれるし、警備もレイハ以下ダークエルフが揃っていれば安心だ。
手元に残してゴーレム作製技術を指導する予定のログ、ダヤ、テルの3人とカルバネラ騎士団行きを希望した7人は、中庭で抱き合い大声で泣いて別れを惜しんでいた。
道中、ずっと泣きべそをかいているのではないかと心配だったが、そこはあの最低な環境で生き抜いてきた少年たちだ。白剣城の威容が見えてくるころにはすっかり元気になっていた。
レリス市から引っ越す道中、人を介して用件を伝えてあったので少年たちの受け入れはスムーズだった。
彼らはこれから5年ほど騎士団の雑用をこなしながら訓練を受け、素質があれば騎士見習いとして迎えられるということだ。
「ご協力には深く感謝する。何か問題があればすぐに言ってくれ」
「久しぶりに若者を迎えられてこちらこそ感謝しておるよ。彼らのことはカルバネラ騎士団が責任を持って面倒をみよう」
久しぶりに会った気がする騎士団長は、好好爺然とした笑みを浮かべて緊張で固くなった少年達を見ていた。しかし、顔色が悪いな。
「それはともかく、ずいぶんと体調がお悪いようだが……」
「ふふ。貴殿は病を癒す力を持っているのでしたな」
評議長を解毒した話をすでに知っているようだ。毒と病気は違うのだが……まぁ病気も治せるが。
「残念ながらこれは老いだよ。もって1年といったところだが」
「アルノギア殿の後見になる話ならご遠慮する」
「それは残念ですな」
などと話していると。
「魔法使い殿ぉぉ!!」
「お久しぶりです!」
「お、お疲れ様です」
ギリオン、リオリアの兄妹とアルノギアがやってきた。
「魔法使い殿! おりいって頼みがある!」
「お願いします!」
「ふ、2人ともそんなに急に言っても……」
こいつら前より仲良くなってるな……。騎士団長も以前より温かみのある目で、ギリオン含め3人を見詰めている。
そんな3人の願いというのは、例によってオグルを訓練のために作り出してくれという話だった。
確かにカルバネラ騎士団には、暗鬼と戦うためにももっと力をつけてもらわねばならない。
「もちろん、構わないさ。いや、それよりも……」
私の【鬼族小隊創造】は6体のオグルを3日間存在させられる。
そこで、二週に一度程度私が白剣城を訪問し、訓練用のオグルを創造していくことを提案し、大喜びで了解された。
そんなに頻繁にジーテイアス城を離れても良いのかとかえって心配もされたが、慣れた場所で私1人なら【瞬間移動】の呪文で瞬時に行き来できると説明したら、「魔法使い殿には心配するだけ無駄みたいだな」「あたしがお迎えに上がっても良かったんですけど……」「私をてっとり早く最強にできる魔法はないですか」などと好き勝手なことを言われる始末である。
「でやぁーーっ!」
「ギャウッ!?」
ついでに訓練を見学させてもらったのだが、驚いたことにギリオンとリオリアはついに1対1で普通にオグルを倒してしまった。リオリアは以前も素手のオグルを倒していたが、今回は武器ありのオグルだ。ギリオンは素手のオグル相手だったが、確かに以前より格段に強くなっている。
さすがに2人とも疲労困憊であったが、この調子なら2体と同時に戦えるようになる日も近いかも知れない。
「第一小隊防御後退! 第二小隊は右から迂回攻撃!」
「「おおっ!」」
残念ながらアルノギアの戦闘力はほとんど変わっていなかったが、指揮能力は順調に伸びている。オグル2体対騎士10人でほとんど互角に戦えているのだから、前回と比べれば大したものだ。
「おお、お見事」
私は素直に賞賛して拍手を贈る。
もし『次』があっても彼らなら安心して背中を預けられそうだ。
ジーテイアス城に戻ってきた夜。
城の清掃や修繕はすっかり終わり、仲間たちはそれぞれの部屋で休んでいる。イルドたちが戻るのは二日後の予定だった。
私は書斎の天井に【明かり】の呪文をかけて照らし考え込んでいた。
資金をどうやって稼ぐのか?
確かに、イルドのいうとおり戦斧郷との交易路が確立できれば、それなりの儲けにはなるだろう。
しかし、それで得られる利益というのは結局のところユウレ村と同程度ということだ。今のジーテイアス城ならばそれでも何とかなるかも知れないが、この先仲間を増やし城の規模も拡大するとなれば心もとない。
冷めてしまったシル茶をすすりながらあれこれ頭を捻る。
手っ取り早いのは、私が何かマジックアイテムを作成して販売することだろう。
ヒーリングポーション、アンチドウテ(解毒)ポーションに、魔法の武器防具、例のゴーレムでも良い。
この世界のマジックアイテムはまだ見たことがない。……つまり、それくらい希少なのだ。ポーションやスクロールなど一度使用したら効果のなくなる消耗品は、魔術師ギルドなどで少数生産されているらしいが。
いわゆる魔法の剣や鎧などのマジックアイテムを作成したり所持できるのは王や大貴族、もしくは大魔術師や英雄と呼ばれるレベルの人間だけだという。
それを考えれば、私がポーションでも作成して売りに出せばかなりの利益が出るだろう。
ただし問題は、ポーション一つ作るにも三日程度の時間がかかること、魔術師ギルドの資金源を奪ってしまうことだ。
……いっそ魔術師ギルドには作れないような超高性能マジックアイテムを極少量作って大金持ち相手に商売するという手もあるな。
「いやそれはダメじゃん。私がただのマジックアイテム職人になる」
良いと思ったアイディアは、さっそく廃案になった。資金を稼ぐために私が動けなくなるというのでは本末転倒も甚だしい。
レイハは隣室に待機してもらっているので心置きなく独り言を呟きながら頭をかく(壁一枚隔てたくらいでは余裕で聞こえているということを後で知ったが……)。
ううむ。
今の私はいわば、手持ちの資金でベンチャー企業を立ち上げたは良いが利益が上がる目途がまったく立たない実業家みたいなものか?
「……腰が痛い……」
椅子に座ったまま上体をねじった私の視界に、壁に貼られた『セディア大陸中央部』の地図が入った。
ジーテイアス城の名前や、『領地』である村の位置も書き込んである。
こうしてみると、我が城は中央部のさらに中央に位置しているな……。
「戦斧郷までの交易路か……」
地図の中で、レリス市から伸びる街道を示す線は、北方の王国や西方の王国、南の軍神国までを大動脈のように繋いでいた。
そのうちの一本は、ユウレ村にまで達している。
私は頭の中で、レリス市⇔ジーテイアス城⇔戦斧郷と、これから建設する交易路を示す線を書き込んでみた。
「……この線、ここまで伸ばしたら凄くないか?」
私の頭の中の地図上で。
戦斧郷で止まっていた線が、東の山脈を越えてさらに東方へ……なにやら大きい記号で記された大都市『フィルサンド』まで伸びていった。