隗より始めよ
翌朝から本格的な引っ越し作業が始まった。
まずは、城内を隅々まで掃除し、破損箇所を修繕する。それから、運んできた家財道具や日用品、食料の類を運び込み、生活ができるようにするのだ。
イルドがテキパキと使用人や冒険者、候補生の少年たちにダークエルフにまで指示を出して作業を割り当て仕切っていく様子はほれぼれするほどだった。
以前の暗鬼討伐作戦の時、カルバネラ騎士団たちが使っていただけに大きな破損などはなく、大工のゼク君の腕も予想以上に良かったこともあって修繕作業は順調だ。
掃除部隊はモーラが陣頭指揮をとり、彼女をお嬢様と呼びつき従うダークエルフ姉妹や、候補生達を使って城内をぴかぴかに磨き上げていく。
セダムたち冒険者も時に力仕事に、時にカーテンの繕いなど細かな作業にと活躍している。
共同作業の賑やかな声が聞こえてくる中庭に背を向け、私とクローラはテーブルを挟んでうんうん唸っていた。
「とりあえず、子供達は大部屋で良いんじゃありませんの?」
「いま10人もいるしな。そのうち7人はカルバネラ騎士団へ預けるわけだし、それまでは一緒にさせてやろうか」
「サムとアンナは夫婦ですし、使用人部屋に一緒ということで……その隣がモーラとフィジカで良いですわね」
「そうだな」
テーブルの上には、セダムが描いたジーテイアス城の略図があった。そう、城内の部屋割りを検討しているのだ。
といってもクローラが意見を言い、私が頷くだけなので実際に働いているのはクローラだけかもしれない。
「こっちの従者用の部屋が丁度5人部屋ですから、ダークエルフたちがまとめて入れますわね」
「うむ……」
「いえ、奥方様。私どもに部屋など不要でございます」
「「……」」
そう、言うまでもないがレイハは私の横で跪いて待機していた。
クローラが私の妻だという誤解は解けたはずなのだが、未だに呼び方が変わっていない。
もうクローラも諦めているようなので、私もモーラをお嬢様呼びしているのと同様、ダークエルフ特有の敬称みたいなものだと思って放置している。
それよりも気になるのは彼女たちの自己評価の低さ……はっきり言えば卑屈すぎる点だ。
仲間達もこの数日ですっかりダークエルフに馴染んでいるというのに、彼女達はまるで奴隷のような態度を崩していない。
「あー……レイハ……」
「レイハナルカさん? 貴方がこの方の従者……従属する者だと名乗るのでしたら、主人の威光を曇らすようことをおっしゃってはいけませんわ」
言葉を考えながら口をひらいた私よりも、クローラの子供に言い聞かせるような声が先だった。
「そ、それはどういう……?」
「魔法使いマルギルスは従者にまともな暮らしをさせる力もない……そう、貶める者がいたらどうされるの?」
「……っ!? そ、それは……」
「部下を見れば主人が、主人を見れば部下の程度が知れるというのは貴族の常識ですわよ? 貴方がこの方の従者としての誇りをお持ちでしたら、堂々と職責に応じた待遇をお受けなさいな」
「奥方様……」
おぉ……流石は伯爵家令嬢だけあって見事な論理の展開だ。何事も平等なのが最も重要だと教えてこられた私には中々出てこない発想である。
「ごっ!?」
俯いて口元を抑え感動の面持ちのレイハを眺めていた私の脚を、クローラのブーツのつま先が蹴飛ばした。
レイハの死角であるのはもちろんだ。
「……! ……っ!」
クローラがそのレイハを目で示しながらしきりに何か促そうとしている。
……これは……。
「あ、ああ。レイハ。君たちダークエルフの能力はこれから大いに活用させて貰いたいと思っている。だから、それに見合った待遇を受け入れてくれないか? 君たちの待遇を見て、他の有能な人材が是非私に仕えたいと思ってくれるかも知れないしね」
『先ず隗より始めよ』の故事を思い出しながら(現代では多少意味が違うが)、何とかそれらしいことを言えたと思う。彼女達の待遇を良くしたいというのは本音だしな。
「主様……奥方様……身に余る光栄でございますっ……!」
だからそう縮こまらなくても良いと言っているんだが……まぁ徐々に慣れていってもらおうか。
そんなこんなで、とりあえずの部屋割りは完成した。
略図にはこのように書き込んである。
主塔
3階 マルギルス
居住棟
騎士用個室 セダム/クローラ/イルド
従者用小部屋×2 ダークエルフ5名/トーラッド、テッド、ジルク、セグ
使用人用部屋×3 サム、アンナ/フィジカ、モーラ
兵士用大部屋×2 元魔術兵候補生10名
本当なら全員個室にしたいが、さすがにそれは諦めた。
幸い特に不満はでていない。
「ふぉぉ……」
昼間の作業や夕食が終わり、私は風呂に漬かっていた。
この世界にも入浴の習慣はあり(現代日本のように毎日入浴することはないようだが)、ジーテイアス城にももともと風呂桶があった。もっともガスや水道はないから、毎回風呂桶に湯を注がなければならない。
私は個人の楽しみとして、自分で風呂の準備をしようと思っていたのだが……。
「ジオさーん、お湯足しますかぁ?」
「あ、ああ、大丈夫だ。良い湯だよ」
風呂桶を担ぎ出そうとしたところでモーラに発見され、全ての準備をしてもらうはめになった。
ダークエルフ4姉妹やレイハも総出で熱湯をバケツリレーしてくれた湯なので、熱くてものすごく気持ち良いのは確かなのだが……。
「自分の風呂のために女の子に重労働させるとは……何か呪文でも使った方がいいのでは……」
「全然、重労働じゃないですよー。これからは正式にジオさんがご、ご主人さま、なんですからっ。もっと偉そうにしててください!」
「むう……」
そうか、先ほどクローラがレイハにいったことの裏返しなんだな、と私は気付いた。
彼女達が本気で私のために働きたいと思っているのなら、私はそれを喜んで受けるべきなのだ。
「……ところでそろそろ上がりたいんだが」
「はいっ! お体をお拭きいたします!」
うん。悪いがこれは受けられないな。
「マルギルス様、こちらをご覧ください」
翌朝、イルドとセダムが一枚の紙を私に見せた。これから、私達が行うべき仕事をまとめたのだという。
そこには、
1街道の整備
2城や街道警備のための兵士の確保
3領内の村の掌握
4資金源の確保
の4点が記されていた。
「まずは、あんたの呪文を使わなくても城に出入りできるようにせにゃならん」
セダムが解説をはじめた。確かに間道では不便だし、そもそもあの山道を崩したのは私だからな。
「次は、昨夜も言ったが兵だな。あんたが居れば戦う力って意味では怖いものはないが、これから街道や周辺地域の治安を守る責任がでてくる。あんたが毎日そこらをうろつくわけにはいかないだろう?」
「最低でも30名は兵士を雇用する必要がありますね」
治安維持か。確か、そもそもカルバネラ騎士団長が私にこの城を譲るといってのもそれが理由だった気がする。この上、30人もの人間を雇うとか正直気が重いが……いや、30人『程度』で怖気づいている場合じゃあない、か。
「……それは良いんだが。領内の村? ってなんだ? 村なんかユウレ村しかないだろ?」
「おいおい、森の中に3つほど猟師や木こりの村があるって、こないだ騎士団の連中が言っていただろう」
「……そうだったっけ? それで……『領内』ってことは、あれか? もしかしてその村は、私達の『領地』ということになるのか?」
「私達、ではなく『私の』と言って頂きたいですが……そうなりますね。税金や労働力を徴収できますが、一方で彼らを保護する義務もあります」
「いやいや、私はこの城を騎士団から譲ってもらっただけだぞ? 村なんか知らんのだが……」
私が冷や汗をかきながら力説すると、セダムとイルドは顔を見合わせた。なんだその不思議そうな顔は。
「マルギルス様、城というのは地域を防衛するための施設ですから当然、城の周辺は城主の持ち物ということになりますよ」
「レリス市だって、あんたに城と周辺地域の領有権を認める、と宣言してるだろ。だから何も問題はない」
「むしろ問題しかないが……」
むむ……。
今更、『領有権なんか要りません』とは言えない感じだな。
なんだかいきなり責任がドカっと重くなった気がする……。
「主様!」
言うまでもないが、レイハは私の横に控えていた。彼女に関係ある話題でもないのに会話に入ってくるのは非常に珍しい。
「なんだね、レイハ?」
「真に僭越ながら。天地に隠れることなき大魔法使いであらせる主様の領地で暮らせるとなれば、喜ばぬものなどいないと愚考いたしますっ」
「……」
レイハもレイハなりに、昨日の話を理解して自分の意見を言おうと思ったのだろう。
……彼女にああいった手前、私が卑屈になるわけにもいかない、か。
というかこれは、『言いだしっぺがまずやれ』という、先ず隗より始めよの現代の意味ではないか。
「分かった。では近日中に村々に出向いて、私が新しい領主だから安心しろと言って回ろう」
その時、私は気付いていなかった。
いや、気付かないようにしていたのかも知れない。
これが『建国』という仕事への第一歩だったことを。