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帰還

 当面、ジーテイアス城で働いてもらう仲間は揃った。


 城に仲間を集めることは手段であって目的ではないが、それでも一歩前進とはいえるだろう。

 すぐにも城に向かって出発したかったのだが、実際はさらに3日間もレリス市に居残ることになった。

 まず第一に、総勢30人近い人間をジーテイアス城まで移動させ、さらに城で当面生活するだけの物資を揃えるのにそれだけの時間がかかったからだ。

 もっとも実際に動いてくれたのはほとんどイルドで、私は資金を出しただけだが……。


 もう一つの理由は、暗鬼崇拝者(デモニスト)を排除したことと『大魔法使いマルギルスとの同盟締結』を記念した祝賀パレードに参加させられたことだ。

 特製の小舟に乗せられて運河を練り歩き(進み)、市内の人々から歓声や賞賛や花吹雪や酒や水(どういうつもりかと思ったが、聖水の類だったらしい)を浴びせられた。

 どういうわけか隣に座らされていたクローラは照れながらもご満悦だったようだが、私はひたすら疲れた。


 ほとんど評議長の人気集めに利用されたようなものだが、最後に私とレリス市の間で結んだ条約について市民に発表されたことは重要だ。

 要点としては

 ・レリス市は魔法使いジオ・マルギルスがジーテイアス城および周辺地域の完全な領有権を持つことを認める。

 ・レリス市と魔法使いジオ・マルギルスは暗鬼対策全般に関する同盟を結ぶ。

 ・レリス市はリュウス同盟に所属する各都市国家に対して、同様の条約を魔法使いジオ・マルギルスと結ぶよう働きかける。


 もちろん、評議長が独断で決めたということではなく、評議会でしっかり採決をとって決定した内容である。

 これで、少なくともリュウス湖周辺の地域で活動することに支障はなくなっただろう。さらに、レリス市との関係を足掛かりに、北方の王国シュレンダルなど各国ともパイプを作っていくことができる。

 この市にやってきたお陰で固まった私の目標に向けて、幸先の良いスタートだ。





「ようやく出発だな」


 レリス市の大門前広場。

 荷馬車5台と乗用馬5頭。人員26人という集団を前に私は感慨を新たにした。


 女魔術師クローラ・アンデル。

 冒険者セダム。

 セダムのパーティメンバー、戦士ジルクにテッド、密偵フィジカ、神官戦士トーラッド。

 交易商人改め家令イルド。

 イルドの娘、メイド長モーラ。

 庭師サムに妻の料理番アンナ。大工のゼク。

 暗殺者改め密偵頭レイハ。

 密偵兼メイドのダークエルフ4姉妹。

 元魔術兵候補で、ゴーレム作成技術を教えることになる生徒、ログ、ダヤ、テル。

 同じく元魔術兵候補だが後日カルバネラ騎士団へ預ける予定の少年少女7名。


 こうして集めてみると実に壮観だな。

 会社員だったころの私の直属の部下なんて3、4人だったからなぁ……。

 セダムのパーティが丸ごと同行してくれるのには驚いたが、もともとセダム以外に家族持ちもおらず、全員一切迷いなく賛成してくれたそうだ。



「マルギルス様、出発にあたって一言お願いいたします」


 イルドが当然のようにいうと、皆の視線が一斉に私に集中した。遠巻きにしていた市民たちもだ。

 無意識に、唾を飲みこむ。

 これから彼らの生活と将来を背負っていかねばならないのだ。

 その重みを確かめるように、一人一人の顔を見つめていく。

 クローラもセダムも、イルドもモーラもいつも通りだった。

 元魔術兵候補の子供たちは不安の中に強い希望の籠った瞳で見つめ返してきた。

 使用人たちも、信頼に満ちた眼差しを向けてくれている。

 ダークエルフたちは跪いてこうべを垂れているので良く分からない。


 日本にいたころには想像もできなかった責任感と使命感が湧きあがってくる。

 私自身が、彼らの信頼によって育てられているのだ。



「諸君。私と共に来てくれることに、改めて深く感謝する」


 もしかすると、大魔法使いの仮面の悪い影響が出ているのかも知れない。それでも、いまこうして集まってくれた彼らには、言わなければならないと思った。彼らは正しい選択をしたのだと。


「我々はこれからジーテイアス城へ向かう。今はまだ、あの城は辺境の小城に過ぎない。しかし諸君と私が力を合せれば、暗鬼から人々を救う最強の城になると、私は信じている!」


「「我ら従属する者! 流れの主オルリたるマルギルス様に、大地が暗黒に飲まれようとも従います!」」


 瞬時に、声を揃えて忠誠の言葉を叫んだのは予想通りダークエルフたちだった。


「魔術師ギルドを代表して、魔法使いジオ・マルギルス殿に全力で協力いたしますわ」

「まぁ、よろしく頼む」


 クローラはマントの裾を両手で摘まんで優雅に一礼し、セダムはいつもの調子でにやりと笑った。

 他の皆も私の言葉に応じて拍手をしたり、拳を突き上げたり、はしゃいだりしているので、好評を得られたようだ。

 しかし、周りに居た市民たちまで喝采を始めると、やはりどうにも居心地が悪い。


「よし、では出発しよう。急いでな」


 そして、私達はジーテイアス城に向けて出発した。




 レリス市を訪れた時はクローラと2人でのんびり歩いてきた『法の街道』を、馬車を連ねて戻ることになるとは思わなかった。

 こんな集団を襲うような山賊などいるはずもなく、3日後にはジーテイアス城に到着した。


 もっともまったく問題がなかったわけではない。

 特に、『法の街道』から城へ向かう山道が、私の【隕石メテオ】で崩落していたのには参った。そういえば、確かにカルバネラ騎士団と城に入った時にはそのせいで険しい間道を使うはめになったのだった。

 間道は騎士たちが整備してくれていたが、荷馬車が通れるほどではない。

 そこで、崩落した場所を魔法で無理やり通行することにした。呪文で呼び出した大気の精霊エアエレメンタルに荷馬車や人間を運ばせたのだが、私の魔法をあまり見たことのない元魔術兵候補生の子供達には大いに受けていた。

 【大地を変える(リノベーション)】で地面ごと十数メートル持ち上げていた城を元に戻した時も、彼らは驚いたようだ。


「あわわ……お城が……」

「信じられねー……っす……」

「俺達、こんな凄い人に教えてもらえるのか……」


「少し前まで、私達もああでしたね……」

「慣れとは怖いもんだ」


 顎が外れそうなほど口をあけて呆然とする使用人や候補生たちを、モーラやセダムら『慣れている』者たちが生暖かい目で見守っていた。





 しばらく不在にしていたジーテイアス城に特に異常はなかった。

 日暮れが近かったため、本格的な荷解きは明日ということにする。



「ここまで皆ご苦労だった。明日から、城の整備などで忙しくなると思うが今夜は存分に楽しんでくれ」

「「おー!」」


 短い旅とはいえ初めてこの集団が一つの仕事を終えたこと、ジーテイアス城で過ごす最初の夜であることなどもあり、まずは宴会、という流れになった。

 中庭で盛大に焚き火を燃やし、ベンチを持ち出して皆でそれを囲む。

 酒も料理も御菓子もイルドが大盤振る舞いして、静まりかえっていた城内にたちまち熱気が満ちた。



「そんじゃーおじさんが隠し芸披露しちゃおうかね!」


 中年戦士(いや私と同じくらいの年だが)ジルクが、確かに意外な芸を披露してくれた。

 ギターに似た弦楽器を巧みに爪弾き、陽気な楽の音を奏でたのだ。


「踊りまぁす!」

「歌います」

「吹く」

「僕も踊るっ」


 ダークエルフ4姉妹がすかさず音楽に合わせて見事に踊り、歌い、笛を奏でる。



「君たちも遠慮しないで食べて食べて!」


「で、でも……」

「こんな良いもの食べさせてもらって良いのかな……」


「ジオさんはけちくさいことは言いません! 一杯食べて早く大きくなって、一杯勉強してください!」


 (彼らの基準からすれば)ご馳走を前に遠慮する少年少女に、モーラがお姉さんぶって説教していた。


 そんな光景を見て、私はとてもリラックスしていた。

 別にこの城で何年も生活してきたというわけではないのに、もう離れがたい愛着を感じ始めている。

 仲間と一緒にここまでこれたという達成感で多少感情が昂ぶっているのかも知れないが……。



 ちなみにイルドは凄い速さで泥酔して既に轟沈している。


「まったく、どうしてあいつは酒が入るとあーなんだろうなぁ」

「……貴方も人に偉そうに言えますの? 大分酔ってますわよ?」

「まあ、今夜くらいは良いだろうさ。仕事には緩急ってものが必要だ」


 私とセダム、クローラは正面に焚き火とダークエルフ歌劇団のショーが見える一番良い席に陣取っていた。

 言うまでもないがレイハも私の背後に控えている。

 

 「そうだよな、やっぱりセダムは分かってる!」


 無粋な女の指摘を、熱い男の友情で跳ね返した私はばしばしとセダムの背中を叩いた。


「……とはいえ明日からはいろいろやらにゃならんぞ。まずは城内の整備だが。例の崩落した山道を復旧させたり……ああ、それと」

「……なんだね」


 私からの友愛に満ちたコミュニケーションを迷惑そうな顔で受けていたセダムが言った。

 男の友情なんてこんなものだ。


「兵を揃えるべきだな。何をするにも、兵があった方が良い」

「それに、今後のわたくしたちの行動について助言してくれる参謀も必要ですわね」

「……」


 2人の有難い助言によって私の酔いはきれいに吹き飛んだが、久しぶりのジーテイアス城のベッドはまるで旧来私の愛用品だったかのように心地よかった。

 前に泊まった時……『男の隠れ家』とか調子に乗っていたときとはまったく違う。

 眠りに落ちる寸前、私は気付いた。



「そうか。……ここが、『我が家』なんだ、な……」


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