顧問と学生と冒険者
イルドたちと一緒にジーテイアス城にきてくれるという屋敷の使用人とも面会した。
「私達は旦那様とお嬢様のお世話をするのが仕事ですので……。どこへなりと着いてまいりますよ」
「もちろん、魔法使い様はこれからは大旦那様ということですから、しっかり働かせていただきます」
にこにこと微笑みながら揃って頭を下げた壮年の夫婦が、サムとアンナ。
レリス市の大門でモーラと再会したときにも同行していた2人だ。イルドの父親の代から働いてきた最古参の使用人で、家事や屋敷の雑用の主力として欠かせない存在だという。
「お城の仕事なんて初めてっすけど、頑張りますっ」
目を輝かせている体格の良い若者はゼク。
彼も古くからの使用人の息子で、隊商で使う馬車の整備や屋敷の修繕などに熟練しているそうだ。
「まったく新しい環境になるからな。君たちにも苦労をかけると思うがよろしく頼む」
イルドとモーラだけでなくこの3人のこれからの生活も、私の肩にかかってくるわけだ。
その重圧を感じて、私は自然と深く頭を下げていた。
とりあえず、城の内向きのことをやってくれる人材は確保できた。
そこで、元魔術兵候補たちの引き取りを本格的に始めることにした。
整理しておくと、私が彼らを引き取るのは魔術師ギルドとの協定によるものだ。
魔術師ギルドが魔術兵の養成を諦め彼らを解放する代わりに、私は彼らにゴーレム作製の技術を教えなければならない。また、私のところにくることを希望しないか適性のないものにはカルバネラ騎士団やその他の引き取り先を見つける必要もあった。
魔術兵候補三期生18名のうち、ジーテイアス城にきて訓練を受けたいと希望したものは結局3名だけだった。
例の、三期生のリーダー格だったログと、その弟分のテル。そして、父の仇の暗鬼を倒したいといっていた少女、ダヤである。
正直、彼らにゴーレム作製の技術をちゃんと伝達できるかどうか不安もあったので、あまり多人数ではなくて良かったと思う。
残りの15名のうち、8名はカルバネラ騎士団行きを、7名は一般の生活に戻りたいという希望だった。後者の7人については評議長を頼って、それなりに余裕のある商人や職人に引き取ってもらえた。カルバネラ騎士団については、後で私が直接白剣城にいって交渉しなければならないため、一旦ともにジーテイアス城へ連れて行くことになるだろう。
「暗鬼崇拝者などという連中がこの市にも居たとはな……。魔術師ギルドとしても、今後は奴らへの対応も考えていくつもりだ」
その話し合いの席で、魔術師ギルドレリス支部長ヘリドールは憂鬱そうにいった。相変わらず、端正な顔立ちだが私への憎悪は消えてはいない。ただし状況が色々変わりすぎて、それを気にしている余裕がないといったところか。
「ああいった者たちへの対応については私ではどうにもならないことが多い。人々の側にある魔術師ギルドに、より大きな負担がかかると思うがよろしく頼む」
「……当然のことだ。今後は、貴殿だけ良い格好はできないと思ってもらいたい」
言葉と握手には強い力が篭っていた。その力が、私への感情はともかく、暗鬼に対する危機感と責任感については彼を信用しても良いと思わせてくれる。
「ああ、そういえば。ゴーレム作製の訓練のためギルドから派遣する魔術師についてだが……」
「まぁ、君だよな」
「何の感慨もない!?」
案の定、やってきたのはクローラだった。
ウェーブの強い金髪に切れ長の青い瞳、スタイルだって良い。この世界ではエリート職である魔術師であり、実家は伯爵家だ。
そんなハイスペック美女が正式に我が家に滞在してくれるのだから、有難いのは間違いない。
ただし、魔術師ギルドの中で私に一番近しいのが彼女である以上、この人選に意外性が欠片もなかったのも確かだ。
予想通りではあるものの、正直に言えば残念な部分も、実はあった。
「どうせ、あのダークエルフたちのように従順な者に来て欲しかったとでも、思っていらっしゃるんでしょう? 見目麗しく忠実な下僕に跪かれて、さぞやご気分のよろしい……」
「いや、逆だよ」
「ことで……え?」
確かにダークエルフたちが私に忠誠を捧げてくれるというのは嬉しいし、有難い。
しかし。
「君やセダムは、私が大魔法使いとして振舞っていても、盲目的に従うのではなくきちんと助言や苦言を言ってくれるだろう? これからの私にはそういう『協力者』も、絶対に必要になると思うんだ」
もしこの先、私の周りにダークエルフたちのようなものしかいなければ、絶対に道を誤って破滅する自信がある。私の力を恐れず、間違ったときに指摘してくれる存在が必要なのだ。
だから、彼女が私個人の従者や部下ではなく、外部の者という立場でいてくれるのは、そういう意味ではとても有難いことなのだ。
言いたい事は、彼女にも伝わったと思う。
彼女は困惑して視線をさ迷わせた。
「あの……本当はわ、私だって、貴方にひざ……のは……そのぅ、かまわな……と……」
「ん? 何だね?」
顔を赤くしてなにやらごにょごにょと呟く彼女の珍しい様子に、私はその顔を覗き込む。
「思ったこともなくもないですけども! 貴方のその考えには賛同いたしますわっ!」
「うぉっ……ちょっと?」
彼女が急に顔をあげたので、お互いの鼻がぶつかりそうになった。
仰け反ろうとするも、彼女手が素早く私の胸倉を掴んでそれを許さない。
「私は当分、魔術師ギルドからの研修生、兼、魔術顧問として城に詰めることにしますわ。……貴方がいつもの調子でとぼけたことをされようものなら、しっかりお説教して差し上げますから覚悟なさって!」
「……それでこそクローラだな。よろしく頼む」
真っ直ぐ私を見つめていつもの態度で断言する彼女を、私は美しいと思った。もし私があと10年か15年若いか彼女が年取っていたら、本気で意識していたかも知れない。
ともあれ彼女が思ったとおりの反応をしてくれたこともあり、私はついつい頬を緩めてしまった。
「ちょっと! 近い、近いですわよっ!」
「それは流石に理不尽だっ」
結局その後、『貴族的な女性への礼儀について』早速のお説教をいただいたわけだが。
立場は外様ではあるが、クローラも一応正式に私の仲間ということになった。
となれば、どうしても欲しいもう1人にもお願いにいこう。
そう思って私が訪ねたのは、冒険者セダムの……自宅だった。
「本物のまほうつかいさまだ!」
「おとうちゃんと一緒に暗鬼をやっつけたんでしょ!?」
「いんせき落としてみせて!」
「まぁまぁ、すみませんねぇ。こんな狭いところにわざわざきていただいて……」
セダムの自宅は完全に予想外の光景が広がっていた。
自宅自体は平均的な富裕層の市民の、三階建ての立派な建物だ。
しかしその中を所狭しとかけまわる3人の子供たちと、それを甲斐甲斐しく世話する美人の奥さんとは……。
「悪いが、意外だな……」
「良く言われるよ」
森の一軒家が似合いそうな、少なくとも絶対独身だろうと思っていたセダムは苦笑して言った。
確かに彼も32歳とかいっていたし、妻子がいたっておかしくないのだろうが……。
なんだか話を切り出し難い。
「イルドから話は聞いてるよ。俺に、あんたの仲間になれって言いに来たんじゃないのか?」
「相変わらず鋭すぎる……」
「俺は構わんよ」
彼はもともと私の来訪の目的が分かっていた、どころか、前々から考えていたようだ。奥さんも子供さんも別に騒いだりしていない(いや子供は騒いでいるが)。
「そんな、あっさり決めて良いのか? ご家族のことは……」
「うちの妻はそれくらい平気さ。ただ今すぐとはいわんが、そうだな……5年以内には、家族と一緒に生活できるよう考えてほしい」
「……確かに当然の頼みだな。分かった、どういう形になるかは分からないが、なるべく早く家族で暮らせるように取り計らう」
ジーテイアス城の住環境を整えれば、5年もまたせずに呼び寄せられるかも知れないしな。
「助かるぜ。ところで俺はどういう立場になるんだ?」
「給料を支払わないとまずいだろう? なので当面はお抱えの冒険者という形にしたいと思う。ただし、気持ちとしてはあくまで対等な『協力者』だと、私は思っている」
セダムについても、クローラ同様に私が増長しないよう見張ってくれる役割を期待したい。クローラと違って、彼に冒険者を辞めさせる以上、立場としては私が雇用主にならないといけないが……彼がそれで萎縮するということもないだろう。
「そいつは大役だな。……ま、了解だ。それと、もう一つ頼みがある」
「できる限り聞くつもりだ」
「こっちはおまけというか、俺の夢に絡むことなんだがな……」
「夢?」
非常に現実的かつ理知的な性格のセダムから意外な言葉を聞いて私は首をかしげた。
「笑うなよ? ……俺の親父は実は北方の王国の結構有名な学者でな」
「ほう、なるほど。納得できる」
彼のレンジャーらしからぬ博識ぶりはそういうことか。家の中のあちこちに書物や巻物が転がってるしな。
「もう死んでるんだが、その親父が生前ずっと探し続けていたものがあってな。実は俺が冒険者になったのも、いつかそいつを見つけたいと思ったからなんだ」
「何だそれは? よほど凄いものに聞こえるが」
「まぁ、凄いといえば凄いんだろう」
クローラに続いて、セダムも珍しい仕草をした。少し恥ずかしそうに頭をかいたのだ。
「そいつは、『神代図書館』。この大陸に初めてやってきた人類が建てた、この世の始まりの知識が収蔵されてるって場所さ。もちろん、学会の公式見解ではそんなものは存在しないことになっている」
「……しかし、君は実在すると思っているんじゃないのか?」
「わからん。だがもしも、神代図書館に関する情報が手に入ったら……探索を手伝ってほしい。頼めるかな?」
表情からいって、セダム自身もその神代図書館とやらが本当に発見できるとはあまり信じていないようだった。それでも口にしたのは、私の魔法をあてにしているのもあるだろうが、やはりどこかで夢を追いたい気持ちがあったのだろう。
「もちろんだ。いつか絶対に探し出すぞ」
「あ、ああ」
しかし私にしてみれば、そんなものは『どうぞ見つけて世界の謎について調べてください』と言われているのに等しい。最近あまり意識していなかったが、私を転移させた『見守る者』の意図についても何か分かるかもしれない。
とにかく私は、セダムがちょっと引くほどの熱意で神代図書館を探すことを約束し、がっちりと握手を交わしたのだった。