家令とメイドと暗殺者
「それじゃあ次は、ジオさんの夕食のための買い出しにいきます!」
「「はい、モーラお嬢様!」」
「今日は新鮮な野菜でサラダも作ります! ジオさんはソースがないと野菜を食べてくれないので、香草のお店をたくさんまわります!」
「「はい、モーラお嬢様!」」
ジーテイアス城で働く人間を雇うための調整や、魔術師ギルドから元魔術兵候補の少年たちを引き取る相談など、仕事はいくつか残っていて、まだイルドの屋敷に逗留し続けている。
そこでは、鼻息荒いモーラがダークエルフの美少女4人を厳しくも微笑ましく監督していた。
まだ一人一人とゆっくり話したことがないので詳細は良く分からないが、大体この数日で把握できた彼女達を外見年齢的に上から並べると。
セミロングの髪で温厚な長女、アルガ。三つ編みで生真面目な次女、ラシル。ベリーショートの寡黙な三女、ギルマ。そしてショートの元気なのが末っ子のササラ。
もちろん実際に姉妹というわけではない。ただ、氏族の中で育った彼女達は非常に仲が良く、傍から見ていても本当に姉妹のようだった。
ちなみに彼女たちは肌の色や尖った耳を変装の魔術で人間風に変えている。ダークエルフは邪悪な種族という見方が一般的だから……ではなく、裁判騒ぎですっかり有名になってしまって外出するたびに人だかりができるからだ。
裁判の後、彼女らは晴れて自由の身になったわけだが、案の定私に生涯仕えるみたいなことを言って離れなかった。
今後、大陸中の国や勢力に暗鬼に対抗するための同盟を結ばせるという私の目標を考えると、優秀な密偵は喉から手が出るほど欲しいのが本音だ。よって、ダークエルフたちを正式に部下として受け入れたのだが、さしあたって現時点でやってもらうことがない。
私自身、居候の身である上に5人の人間を遊ばせておくわけにもいかない。
そこで、彼女達は当面、イルド家のメイドとして働いてもらうこととしたのだ
謀略を生業とする氏族での教育で基本的な家事技能はもちろん身に着けているダークエルフたちであったが、妻のいないイルドの屋敷を何年も仕切ってきたモーラにはかなわない。
さらに、私が彼女に甘いのはやはり傍から見ても分かるようで、冒頭のようにダークエルフたちはモーラをお嬢様扱いするようになっていた。
なお、彼女達の上司にあたるレイハといえば、護衛と称して常に私の背後や視界に入らない場所に控えている。
「それにしても、今回は本当に助かったよ」
「何をおっしゃいます」
「いやいや、私は君たちの助力がなければなにもできないのさ」
イルドも騒ぎの間に滞っていた交易の仕事を再開していた。
それでかなり忙しいだろうに、さらに人の手配などにも奔走してもらっている。
そう、今回の事件や、それに続いてレリス市内でいろいろと動いているうちに強く感じたのは、どんな大魔法使いだろうが一人でできることには限界があるということだ。
これからジーテイアス城にダークエルフたちや元魔術兵を受け入れるとしても、その世話をする人間だって必要だ。そう考えれば、協力者はこれから何十何百と集めなければならない。
「なぁイルド」
「なんでしょうか」
「君には初めて言うが、私はこれから、ジーテイアス城に仲間を集めて暗鬼から世界を守る活動をしたいと思っている」
「それは……なるほど、マルギルス様にしかできない壮大な事業ですね」
「そこでだ。前から頼んでいる使用人以外にも、仲間になってくれそうな人物の心当たりがあったら教えてもらいたいんだ」
「……なかなか難しいですが、何とか探してみましょう」
その時はそれで終わった話だったが。
数日後、イルドとモーラが改まって切り出してきた。
「まず、ジーテイアス城の家令として私を。お傍でお世話をするものとしてモーラ。それに我が家の使用人を3人、家臣としてお連れくださいますよう」
「なんだって……?」
「お願いします! ジオさん、連れて行ってください!」
家令というのは主人に代わって家の実務や財政を全て管理する役職だ。
メイドや下男などが手足で家令は頭脳であるともいえる。家令がいなければいくら使用人や部下を雇っても、毎日主人が細々と仕事の指図をしたり給料の計算までしなければならないわけだから、私がこれから大きな組織を作ろうとするなら必須のポジションだ。
そんな重要な役職に、イルドのように有能で信用がおける人間が就いてくれるというのは渡りに船だ。もちろん、家事能力は折り紙つきで、気心も知れていて、なおかつ私の本性が普通の人間だと知っているモーラに傍に居てもらえたらと……考えなかったといえば嘘になる。
とはいえだ。
「いや、お前には今の交易の仕事があるだろう? この家はどうする気だ?」
「商売も屋敷も全て従兄弟に譲ります。貿易商ギルドの長……評議長ですが、にも了解は得ています」
「しかしモーラまでか? また暗鬼崇拝者みたいな連中に狙われるかも知れないぞ?」
「失礼ながら、ここまでマルギルス様に関わった以上、危険性はどこにいてもあると思います」
「うぐ」
「それにこの話はモーラが先に私に言ったことです。もし私がいかなくても、モーラは1人でマルギルス様のお側に行ったと思いますよ」
「そうです!」
「……むう……」
危険性、という意味では確かにイルドの言うとおりだ。むしろ、城とレリス市で離れ離れになる方がいざという時に危険かも知れない。
しかしなぁ……。今までまっとうに生きてきた父娘をなぁ……。
「マルギルス様。この何日か、考えていました」
私が例によってうだうだと悩んでいると、イルドが身を乗り出して言う。
「私のようなしがない商人が、歴史に残るかも知れない事業を支える……これほど心が躍ることはありません。これは、マルギルス様への恩返しということではなく、私自身の野心でもあるのです」
彼自身の野心か。私のやることは、それに値することだろうか。
「それに……これから部下が100人、1000人と増えていったときにどうやって彼らの生活や給料の面倒をみるのですか? 城の管理維持や備品、部下の装備の手入れだけで貴方の時間は全て消費されてしまいますよ? ……そんなことをやってくれて、尚且つ信用のおける者に心当たりがおありで?」
「ジオさんが落ち込んだ時に励ましてあげられるのは……えっとクローラさんとかレイハさんとかいるけど……私だってできますから!」
イルドの理知的な説得とモーラの涙腺を直撃するような健気な言葉に、私が逆らえるはずもなかった。
「……分かった。むしろ、私から頼む。イルド、モーラ。私に力を貸してくれ」