霧の源へ
結局、『ESPメダル』を使って、レイハ(言い辛いので略称で呼ばせてもらうことにした)が演技をしているのかどうか確認をさせてもらうことになった。
『心を読む』というアイテムの存在を知って、セダムとクローラは当然良い顔をしなかったが、レイハはむしろ嬉々として同意してくれた。
「では、質問する。……ええと……君や仲間を洗脳していたのは、暗鬼だったのか?
「私をあのような状態にした者は、人間……だと思います。ただし、その力は……私の心を長年縛りつけ操っていた存在は、確かに暗鬼の気配を持っていました。そこから私を救い出してくださったご恩は、一生かかってもお返しできるものではございません」
《他者の力に身を委ねる……なんという恥辱だろう。だがそれが私にとって唯一の救いでもあった……。今の私は、あの鬼よりも圧倒的に強い力の前にいる……。あぁ、主様の力に支配されたい、縛られたい、組み伏せられたい……》
「な、なるほど……。しかし、そう急に忠誠と言われてもな。油断させて逃げるつもりで演技をしているのではないか?」
「とんでもございません。流れの主たる貴方様に永久の忠誠を誓うのは、従属する者として当然のことです。お疑いでしたら、今この場で心の臓を引きずり出して真実の赤しかないのをご覧に入れます」
《ああっ。流れの主様が私を疑っておられる……。恐ろしい、私の寄る辺が、縋るべき御方が私を信じておられない……。それくらいなら今すぐ主様にこの寂しい命を終わらせていただきたい!》
「そ、そうか。……良く分かった」
恐ろしいことに彼女が私に語った忠誠心やら誓いやらは、裏も表もない全くの本心だった。
忠誠、と一言で言うには色々と触れたくない感情もどろどろ渦巻いていたが……。
ヘリドールの時の様に強い敵意を向けられるのはもちろん嫌なものだが、好意(?)も行き過ぎると重い……。私は呪文を一つ使っただけなのだが……それが意図せず人の一生に関わる感情を植えつけることになるとは……恐ろしい。
「どうだ? そのお姉さんは本気だろ?」
実に微妙な表情で私とレイハを見比べているクローラの横から、セダムが言った。どう見ても面白がっている。
いや、私もこれでも男だしさ。枯れてるといったってまったく欲がないわけじゃない。
下手に『本心』を知ってしまった以上、無下に扱うこともできないし。それ以前に、こんな色気の塊みたいな美女に慕われ(?)て、悪い気なんかするわけがない。
しかし、なぁ……。
「……合点はいかないが、どうもそうらしい」
「信じていただけるのですね!? ありがとうございます!」
「……それは結構。ところで、肝心の黒幕、彼女達を操っていた者の情報は聞き出しませんの?」
「む。そうだな。記憶が曖昧ということだったが、少しでも覚えていることがあれば教えてくれ」
「もちろんでございます」
「もうこれは必要ないな……」
というか、当分このアイテムは使いたくない。しんどそうに『ESPメダル』を背負い袋にしまおうとしていると、クローラが言った。
「もし、私にそれを向けたら、友人の縁を切らせていただきますわよ!?」
両手を腰にあて、少し顔を赤くしながらもクローラはきっぱり宣言した。生身の人間として当たり前の反応だろう。
当たり前の反応、か。今の私にとっては何よりも有難い。
「……」
「な、なんですの? どうせ、そのダークエルフみたいに何でも言うことを聞く女なら良かったとでも思ってらっしゃるんでしょう!?」
「いや……。ありがとう、クローラ。君はずっとそうやって私を叱り飛ばしていてくれ」
「はぁっ!?」
かように、少々の混乱はあったが、レイハは進んで覚えている限りの情報を提供してくれた。
レリス市で彼女に命令し私を暗殺しようとしたのは、黒髭の貴族らしき男で、その紋章は剣と帆の図柄らしい。
その話を聞いて、セダムがぽんと手を打つ。
冒険者達のこれまでの調査の中で浮かんでいた要注意人物の中に、条件に合致する者がいたのだ。
その名はネイブ・コーバル男爵。
評議会に議席を持つ有力者で、評議長以下の商人派閥にとっては目の上のたんこぶのような人物らしい。
その、コーバル男爵の屋敷の周辺で行方不明者が頻発しているだとか、怪しげな人物が出入りしているとか、暗鬼を讃える儀式を行っているのをメイドが見たとか、不穏な噂が山ほどあるそうだ。
もちろん、冒険者たちは噂の裏づけ調査を行い、ある程度真実に近いと結論していた。そこに、当の暗殺者本人からの情報である。
「これは決定的だな。コーバル男爵が暗鬼崇拝者ということだろう」
「さっそく、男爵の屋敷に乗り込みますの!?」
「お供いたします!」
「いや、何をいってるんだ。個人が勝手に犯罪者の逮捕なんてしたらまずいだろう」
まず、現時点で動いてくれている冒険者と衛兵には、当面はコーバル男爵の居場所の特定や逃亡の阻止、彼の屋敷周辺の監視だけしておくよう頼む。
それから、セダム、クローラ、レイハを連れて私は議事堂に向かった。
急な話で悪いとは思ったが、評議長ブラウズ、そして衛兵の司令官に面会を要請する。
私は、慌てて出てきてくれた評議長と衛兵司令官に、ネイブ・コーバル男爵が私と評議長を暗殺しようとした黒幕であり、暗鬼崇拝者である可能性が高いことを報告した。
評議長の政敵ではあるものの、暗鬼を崇拝するなどというこの世界でも特級の禁忌を貴族が犯していたと聞いて、評議長も衛兵司令官も驚愕している。
「驚きましたな。しかしどうも、疑う余地はないようです」
「そのダークエルフの証言と、冒険者達の調べた状況証拠もある。さっそく、コーバル男爵を暗殺及び邪教崇拝の罪で逮捕しましょう」
「ふむ……。マルギルス殿。それでよろしいでしょうか?」
本来、評議長が私にそんなことを確認するということはおかしいことだ。
それが分かった上で、私の意図を汲んで聞いてきてくれる評議長はやはり切れ者だな。
「もちろん、逮捕していただくのは当然だと思う。ただ、彼は暗鬼に由来する怪しげな力を使う可能性が高い。それに私もレリス市に対して友好の証を見せたいと思っていてね……彼の逮捕に是非協力させていただきたい」
「は? ……評議長? よろしいのでしょうか?」
「有難いお言葉です。ご迷惑をかけどおしで本当に恐縮ですが、力をお貸しください。司令官、今後、コーバル男爵逮捕については何事もマルギルス殿と協力して行ってくれ」
「……はっ」
セダムとクローラ、レイハは私達のやり取りを不思議そうに見ていた。
冒険者と暗殺者から見ると、明確な証拠があり、なおかつそれができる力もあるのにわざわざ市の了解を得ることがまどろっこしいのだろう。
だが、気分次第で法を蔑ろにする人間だと思えば、人々はいつか私を信用してくれなくなるだろう。評議長も、私がレリス市の法を尊重する立場をとろうとしていることを理解し、話に乗ってきてくれているのだ。
「魔法使い殿、ところでそちらのダークエルフについてですが……」
「ああ、そうだった。彼女は衛兵に引き渡す。公正な裁判を受けさせてやってくれ」
「……」
この市で(未遂だが)暗殺や誘拐という罪を犯したレイハは、一応両手を拘束してあった。セダムじゃなく私に縛ってほしいと主張し、その時やけに嬉しそうな顔をしていたがそんなことは私は気付かなかった。
歩くとき以外は常に私のそばに跪いているレイハを、微妙な表情で見ていた衛兵司令官は遠慮がちにいった。
「しかし、どうも彼女は魔法使い殿の……その、従者のように振舞っておりますが?」
「それとこれとは別だ。残念ながら、彼女はこのレリス市で罪を犯している。それを、レリスの法に基づいて裁くのは当然だ」
あれだけの忠誠心をダイレクトに感じさせられた後で官憲に突き出すのは、確かに可哀想だと思う。
知らん顔をして彼女を従者……従属する者にして連れ歩いても(クローラ以外に)文句を言うものはいないかも知れない。
しかし、彼女がやったことについては、どこかでけじめをつけなければならない。いくら洗脳されていたとはいえ、以前にも誰かを殺しているかも知れないのだ。そしてそのけじめは、私が個人的に許すなどという甘いものであってはならない。はずだ。
「そういうことでしたら……。裁判は月の最後……10日後に行われる予定ですので、それまで彼女は衛兵隊でお預かりしましょう」
「裁判には弁護人の他に保証人が必要となりますが……マルギルス殿が彼女の保証人に?」
「……ああ、無論だ」
保証人? この世界の裁判制度は良く分からないが、それくらい骨を折ってやっても良いだろう。むしろ、弁護もしてやりたいくらいだ。
何とか、禁固数年とか、強制労働くらいの罪で済ませられれば良いが。
「……一応、言っておくが彼女は暗鬼崇拝者の邪悪な魔術で洗脳されていた。数々の犯罪は彼女の本意ではなかったし、今では深く反省して罪を償いたいと言っている。そこを十分配慮して、寛大な判決がでるように力を貸してほしい」
む。これは少し言い過ぎか? 裁判に圧力をかけたと思われると、彼女が不利になるかも……。
「ええ、もちろん分かっていますとも。お任せください」
「裁判の日まで快適に過ごしていただけるよう、全衛兵に通達しておきます」
……このとき、何となく雰囲気がおかしいとは、思ったのだが……。
セダムが何もいわない(むしろニヤニヤしている)時点で気付けよ、という話だ。
コーバル男爵の居場所が分かったのは、それからたった数時間後だった。
場所は、何の捻りもない、彼の屋敷である。
冒険者のうち隠密に優れたパーティが盗賊ギルドと協力して内部を探索し、地下室へ向かう男爵と部下達を見つけたという。
地下室、が逃走用の通路などである可能性もあるため、地上のみならず地下にも冒険者、盗賊、衛兵が分厚い包囲網を敷いている。
彼の屋敷はレリス市の高台、高級住宅街にあり他の貴族や豪商の屋敷と同様、高い壁に囲まれていた。
固く閉ざされた門には、レイハが言ったとおりの剣と帆の紋章が飾られている。
門の向こうには人の気配は感じないが、周辺は冒険者や衛兵、それに野次馬でごった返していた。……これ、どう考えてもこっちが気付いているのに気付いているだろうな。
それでも何の反応もないということは、諦めているのか、実はやっぱり秘密の抜け道があって逃亡しているのか……何か、邪教の信者らしいファンタジックな逆転手段を準備しているか、だ。
多分、最後のやつだ。
「魔法使い殿! 突入の準備が整いました!」
完全武装の衛兵が7人、私の前に整列した。
衛兵司令官にはあらかじめ、私に同行する(建前上は、私が同行する)衛兵を選出してくれと言っておいた。希望どおり、なかなか強そうだ。……まぁ、カルバネラ騎士団と比べても遜色ない程度には、だが。
この7人に、冒険者のパーティも1組ほど……と思ってセダムを見る。
「ああ、今回は俺達はいかない方が良いだろう」
「んん? そうなのか?」
正直、セダム以上に頼りになる冒険者はいないと思っていたのだが。
「俺達はあんたのことはもう十分知ってる。だが、他の連中はそうじゃないからな……」
なるほど。
セダムたち以外の冒険者パーティとも縁を作っておけ、ということか。
「セダムほど頭は良くないが、腕っ節ならそこそこですぜ?」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
そういいながら自分のパーティを引き連れてきたのは、護衛班をやってくれた戦士だった。
私も割と勝手に行動している自覚はあるが、セダムはセダムでいろいろ考えている。時に、私の意図とは違うことであっても、だ。
私は感謝の気持ちを込めて、セダムに軽く頷いた。彼も、口の端を少し上げて微笑む。
「……野次馬連中……いえ、見学の皆様方も注目してらっしゃいますわよ? ここは、貴方が勇ましく口上を述べてから突入すべきですわ」
「うぇ……」
そう、尊敬すべき仲間の助言は真摯に受け止めねばならない。
たとえどんなに気がすすまないことであってもだ。