流れの主
ダークエルフを捕えたのは、セダムをリーダーとする調査班のうち3パーティだった。
セダムパーティのメンバー、神官戦士トーラッドや密偵フィジカ、戦士のテッドにジルクにとは久しぶりに顔をあわせた。
彼らは良くやってくれた。
盗賊ギルドや衛兵の全面協力もあり、レリス市のどんな犯罪者も捕えられるだろうというほどの包囲網を敷いた上で調査をしたのだという。
結局、廃棄されていた地下墓地がダークエルフの隠れ家であることを突き止め、冒険者、盗賊、衛兵たち総勢200人ほどを動員して捕獲作戦を行った。
予想通り地下墓地には5人のダークエルフが潜伏していたが、1人が凄まじい戦いと魔術で妨害したため、その1人のダークエルフしか捕えられなかったという。
200人動員して5人のうち4人に逃げられたわけだが、セダムや冒険者たちの表情を見る限りそれほど悪い成績ではないようだ。
それだけ、この世界におけるダークエルフの隠密や暗殺に関する技術は高評価なのだろう。恐れられているとも言えるが。
冒険者ギルドの一室に連れ込まれたダークエルフの女性は、激戦の跡を示して体中に傷を負い、両手両脚はぎっちり拘束されたうえ猿轡も噛まされていた。
ときどき、小さくうめき声を漏らすが意識はまだないらしい。
薄紫の髪や彫の深い顔立ちには見覚えがある。【過去視】で見た、私を毒殺しようとしたダークエルフに間違いない。
それにしても……。
「何でこんなに露出度が高いんだ?」
彼女は盗賊や暗殺者に相応しい、身体にフィットしたボディスーツのような服装だったが、背中や太腿や胸元あたりの隙間が大胆すぎる。
例えば現代日本のいわゆるラノベの基準でいえば『露出過多』とまではいえないだろうが、基本的に人前で肌を出さないこの世界の女性に見慣れてきた私からすれば……。
「ど こ を 見て いますのかしら?」
「痛い痛い痛いっ」
後ろに立っていたクローラが目尻を吊り上げながら耳を引っ張ってきた。
いかんいかん。
日本では、女子社員の名札が曲がっているのを見ていただけでセクハラ案件にされたかかったこともある。
大体、相手は私や評議長に毒を盛ったり、モーラを誘拐しようとした犯罪者なのだ。見かけに惑わされてはいけない。
「さっそく、叩き起こして尋問しますかい? マルギルス様っ」
無事に豚から人間に再転生したシャウプ君が、にやにや笑いながら言ってきた。ジルク達に負けず劣らない腰の低さである。
「相手はダークエルフだぞ? 尋問なんて無駄だろう」
「だったら拷問か?」
「まあそれも手だな」
この部屋にいるのは(クローラ以外)調査班のパーティリーダーたちだが、彼らの表情や視線を見る限り、ダークエルフという存在はやはり嫌われているようだ。犯罪者に優しくする義理もないのは確かではある。
とはいえ、しかしだ。
現代日本で生まれた私にとっては、相手がおっさんだろうが犯罪者だろうが拷問などという手段は認められない。
「彼女とは私が話をしてみよう。すまないが、セダム以外……セダムとクローラ以外は席を外してくれないか?」
セダムと(刺し殺しそうな目で残ることを主張していた)クローラを除いて冒険者たちが出て行くと、ダークエルフが猿轡の隙間から漏らす艶かしい吐息だけが部屋に響いた。
セダムに頼んで、彼女の上体を起こさせ、猿轡を外してもらう。
「……大丈夫か?」
「……っ……」
膝をついて軽く肩を揺すると、ダークエルフはゆっくり瞼を上げた。
「……」
「私は魔法使いジオ・マルギルス。傷は痛むかね?」
「……」
彼女は無言でのろのろと首を振った。金色の瞳には、何の意思も宿っていない。
もしこれがアニメか漫画なら、即座に『この女洗脳されてるな』と判断しただろう。
いや実際、何らかの手段で精神を操られていたと考えれば、私を毒殺しようとした時に【敵意看破】に引っかからなかった理由も説明できる。
「君の名前は?」
「……レイハナルカ・ハイクルウス・ルウ……」
「レイ……なに?」
「最初のが個人名、真ん中が氏族名、最後が職名や肩書きだな」
「そうなんですの……」
セダムの博識ぶりにはいつか絶対に突っ込んでやる。
「ああ、と。レイハナルカ? 私の言っていることが分かるかね?」
「……分からない……」
「この方、薬物でも……?」
「可能性はあるな」
クローラとセダムも、彼女の様子が普通ではないと感じたようだ。私達の会話を聞いているはずなのに、ぼんやりした目でされるがままになっている。
「人の心を操るような魔術は存在するのかな? あるいは、薬物や催眠などで……」
「そんな汚らわしい魔術はそれこそダークエルフの領域ですわ。ただ、何らかの魔術が影響しているようには見えませんわね」
「麻薬の可能性はあるがな。だが、仲間を逃がそうとして戦っていた時のこの女は、とても麻薬に侵されているようには見えなかったが……」
魔術ではない。
ではやはり薬か? と『医の指輪』で解毒と病気治療両方を試みたが、変化はなかった。
さらに、『ESPリング』で意識を読もうとしたが、どんよりと濃い霧のような感触があっただけで何も分からない。
これはいよいよ、クローラも知らない何らかの魔術か、催眠術にでもかかっていると考えた方が良さそうだ。
もっとも全てが演技だという可能性もある。
「神殿に預けてじっくり治療するという手もあるがな。それともやはり拷問するか?」
「流石にそこまでは待てませんでしょ? 拷問は論外ですが……この方が捕獲された以上、残った仲間や黒幕がいつレリスから逃亡してもおかしくありませんわよ?」
まったくそのとおりだ。
やりたくはないが、最悪、【上位精神支配】の呪文でこっちが洗脳を上書きするという手段を使うしかないか……。この呪文なら、演技も関係ないしな。
しかしその前に、ダメ元で他の呪文も試してみよう。
「この呪文により、彼女の精神を蝕むあらゆる邪悪を浄化する。【祓 い】」
いわゆる『呪い』や『悪霊』を消滅させる呪文だ。
私の掌から白く優しい光が伸びて、ダークエルフの色っぽい顔や身体を照らす。
魔術師ギルドでの経験から、この世界の魔術と私の魔法は力の根源がまったく別種のものであることを確信していた。従って【魔力解除】や【祓 い】は通用しないだろう、と思っていたのだが……。
「あっ」
セダムに背中を支えられていたダークエルフが、びくりと震えて喘いだ。
「いやあぁぁっ!」
苦しげに眉を寄せ、舌を突き出して身体をくねらせる。
「おい、何をした?」
「ちょっと貴方!?」
「ど、どうした……うぉっ!?」
尋常ではない様子に彼女の顔を覗き込もうとすると、大きく跳ね上がった褐色の身体が私の方にのしかかってきた。
女性としては大柄な肢体の圧力に尻餅をつき、両手でその身体を支える。
「あぁぁぁぁぁっーーー!!!」
彼女が絶叫すると同時に、その全身から黒い『もや』が噴き出し、燃え尽きるように消滅していった。
恐らく、【祓 い】が効果を発揮して、彼女の中の何かを浄化したのだろう。
などとぼんやり考えていると、私の腕の中のダークエルフが顔を上げた。
「私、私は……。あぁ、私は……」
「大丈夫か? どこかに異常は?」
彼女の瞳は金色から澄んだ紫に変わっていた。洗脳だか、憑依だか催眠状態だかが解除されたのだろう。
妖艶な美貌が虚脱したように惚けているのが異様に色気がある。
これが演技なら本当に大したものだが、こちらも伊達に年は食っていない。セクハラ研修も散々受けてきた。
視線はよけいなところではなく、しっかりと瞳に合わせ。支える手や身体も安全地帯だけに触れるように。
「……私の、中の、鬼を……滅ぼしたのは……あの『力』の主は貴方、なのだな?」
「ああ、そうだと思う」
「そう、か。それなら、それなら私は……『暗殺の長』ではなくなってしまった……」
「……どういう意味だ?」
「私はこれより、レイハナルカ・ハイクルウス・シ。……『流れの主』に、貴方様に『従属する者』だ」