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冒険者ギルド

 翌朝。

 目覚めて、呪文書から『準備チャージ』し直した新しい呪文を早速一つ使用する。 【過去視(サイコメトリー)】。物品や場所の過去の記憶を読み取る、GM泣かせの呪文の1つである。

 使用する物品は当然、あのメイドが残していったメイド服一式だ。


 メイド服を握りしめて瞑想するという、いろいろ問題のある姿だがそんなことは気にしていられない。


 私の意識に、今まさにメイド服を着こもうとしている女性の姿が映った。

 都合の良いことに丁度変装をする場面のようだ。床に下着姿で昏倒する別の女性がいたが、彼女が議事堂の正規のメイドさんだろう。

 意識を着替えている女性に集中すると、その姿が徐々に鮮明になってくる。

 スタイルはなかなか……いやかなりのものだ。肌は褐色を通り越して黒い。紫の長い髪に、金色の瞳。髪と同色のやや肉厚な唇。……今まで見た女性の中で一番ファンタジックな容姿だな。

 しかも驚いたことに、彼女の耳の上部は長く、尖っていた。……これはどう考えてもエルフ。それもダークエルフというやつだろう。

 以前セダムに聞いた話では、この世界(セディア)にもエルフとダークエルフは存在している。お約束どおり彼らは邪悪な種族として忌み嫌われていた。地域によっては『妖鬼』として、暗鬼の一種とされることすらあるという。リュウス湖周辺では滅多に姿を見ないということだったが……。

 思い出しているうちにダークエルフの女性はメイド服を着込み、指先で空中に複雑な印を描く。何かの魔術だったのだろう、印が輝くとそこにはあの、栗色の髪のメイドの姿が出現していた。


「なるほどなぁ。女暗殺者と言えばやっぱりダークエルフか……お約束だな」


 【過去視(サイコメトリー)】の効果が切れ、私は瞑想を止めてやれやれと眉間を揉む。

 と。


そんなもの(・・・・・)を抱きしめて、何がなるほどなんですかねぇ、ジオさん?」


 目の前に、じっとりとした目でこちらを睨むモーラの姿があった。口元はしっかり「へ」の字だ。当然、私が握っているメイド服にも鋭い視線を向けている。

 こんなお約束はいらないんだがな……。



 朝食後。

 私と、イルド、モーラは冒険者ギルドに向かう馬車の中にいた。

 屋敷の防御は呪文やアイテムでがちがちに固めてあるが、五つの隊商を指揮するイルドにいつまでもこんな開店休業状態をさせておくわけにはいかない。

 早急にこの状況を打破せねば。


「では、冒険者ギルドについて確認だが……」


 昨日も聞いたのだが、この世界セディアの冒険者ギルドは、昨今のラノベやゲームなどから想像していたものとはだいぶ違っていた。

 困りごとのある人物や団体から依頼を受け、それを解決する。または、自発的にダンジョン探検やモンスター退治をする、そのあたりの基本は同じだ。

 しかし、ある日ふらっとやってきて冒険者として登録したり、張り紙を見て勝手に依頼を受けたりといった自由な組織ではなかった。


 ギルドの構成員は上からギルド長、顧問、リーダー、メンバー、見習いの五つに分かれている。

 リーダーとメンバーが『パーティ』というグループを作るのは御馴染みだが、リーダーとメンバーは対等な立場ではない。職人と弟子に近い関係で、仕事に関する決定権は全てリーダーにある。リーダーはメンバーの教育も担い、冒険者としての知識や技術を教えるのだ。ただし戦士の戦闘技術や密偵(スカウトの隠密術など、リーダーが教えられない専門的な技術は、顧問からメンバーに指導される。

 ギルド長は全ての依頼を管理し、どの依頼をどのリーダーに任せるかを決定する権利を持つ。ダンジョン探索やモンスター退治については、リーダーが自発的にネタを集め、ギルド長の許可を得て行うこともあるという。

 要するに、大工ギルドとか革職人ギルドとかと全く同じ構造だ。




「さて、そろそろ出ようか」

「は、はい」

「分かりましたっ」


 馬車がしばらく大通りを進んだところで、事前の打ち合わせどおり私は言った。

 あるかどうかは分からないが、監視の目を眩ませるため【亜空間移動(ムーブアウタープレーン)】を使って馬車を抜け出し冒険者ギルドへ向かう。御者には数時間適当に街中を流すよう言ってある。




 そうでなければ困るのだが、結局冒険者ギルドにはあっさりと到着した。

 事前に用件は連絡してあるので、ギルド長だという老人が実に丁重に私たちを応接室へ案内してくれる。

 そこにはすでに、セダムを含め10人のパーティリーダーが揃っていた。


「ようこそ、魔法使いマルギルス殿。改めて、私がギルド長のレクトと申します。そして、こちらに控えるのが我がギルドの中でも精鋭のパーティを率いるリーダーたちです」「……」


 出発の前に【達人の目(センスオブアデプト)】をかけておいた目で、ギルド長レクトから順に冒険者たちを見回した。

 私の目には、レクト老人の頭上に【人間/男性/65歳/レベル8盗賊】という表示が見える。【達人の目(センスオブアデプト)】は、他人のステータス情報を見る呪文なのだ。

 ただし、『盗賊』という表示の部分が妙にゆらいで(・・・・)いる。『D&B』のルールだと、キャラクターの職業は戦士僧侶盗賊魔法使いの基本四職と一般人しか存在しない。『この世界セディアでの彼の職業を無理やり基本四職に当てはめると盗賊だよ』という意味なのだろう。

 また、当然レベルなんて概念もここには存在しないので、【達人の目(センスオブアデプト)】の効果が『この人の強さはD&Bでいうと大体これくらい』と翻訳しているに過ぎない。

 見た限りではセダムがレベル9で一番高かったが、彼に匹敵する冒険者も何人かいるようだ。

 【敵意看破(ディテクトエネミー)】や【読 心(テレパシー)】などの心を覗く呪文と同様、この手の個人情報を調べる呪文はなるべく使いたくないのだが、今回は許してもらおう。



「魔法使いジオ・マルギルスだ。本日は諸君らを熟練の冒険者と見込んで参上した。困難な任務になるが、ぜひ、力を貸していただきたい」


「なぁなぁ、あんたあれなんだろ? 隕石とかドバーっと落とすんだろ? ちょっとやってみてくんね?」


 ギルド長が何か言う前に、若い男が軽薄な声をかけてきた。

 長い脚をテーブルに投げ出し、ナイフを弄んでいる姿に私も気づいていたが、ずいぶんストレートなことだ。

 ちなみに【達人の目(センスオブアデプト)】によれば、彼の情報は【人間/男性/23歳/盗賊レベル6】となっている。いまいる冒険者の中ではやや低いレベルだ。


「シャウプ! 止めないか!」

「失礼だぞ!」


 何人の冒険者から叱責が飛ぶが、シャウプと呼ばれた男はどこ吹く風だった。

 イルドとモーラも立ち上がろうとするのを、杖を振って制する。

 まあ、この世界セディアで冒険者なんていう仕事をしていれば、実際に見てみなければ圧倒的な力の存在を認めたくはないのだろう。

 シャウプを非難するより、同意するように頷いたり、胡散臭そうにこちらを見ている冒険者も複数いる。

 ギルド長が何も言わないところを見ると、これは仕込みか、シャウプを矢面に立てて私を計る気なのかも知れない。

 計ろうなんて考えること自体、疑っているということだが。

 セダムの方へ視線をやると、彼は一瞬シャウプに眼を向け、片方の眉を上げて見せた。

 期間は短いが、一緒に暗鬼の巣まで冒険した仲だ。「やってやれ」と彼が言いたいのは分かる。


「つまり何か呪文を使ってみろと?」

「そーいってんだぜ? 分かんねーのかな、おっさん」

「なるほど」


 ごめんな、おっさん今結構イラついてるんだ。

 一応、こういう連中にはしっかり力の差を見せつけた方が話がしやすいだろう、という計算もあるには、ある。

 私はシャウプに向けて呪文を唱えた。


「この呪文により彼を醜い豚の姿に変身させる。【強制変身(トランスフォームアザー)】」

「はぁ? 何言ってんの? はやくいんせ き ぃ お  ぶ  ぶぅ ぶぶっ」


 他人を動物やモンスターに変身させる【強制変身(トランスフォームアザー)】。この世界セディアではリーダーを務めるくらいの実力者なのかも知れないが、『D&B』基準でいえばたった6レベルの彼が抵抗レジストできるはずもない。

 彼の姿は人形アニメのようにぐにゃりと歪んで縮まり、後には一匹の子豚がいるだけだった。


「ぶっ……ぶひっ」

「すまないな、さっきの台詞、実は良く聞こえなかったのだが。隕石を……どうしろと?」

「「「……」」」


 元気な子豚に生まれ変わって応接室の床を走り回るシャウプと、言葉もだせないギルド長以下の冒険者たち。

 イルドとモーラも顔を引きつらせている。


「ギルド長」

「は、はいっ」

「先ほどのシャウプ君の発言を教えてもらえるかな? ぜひ、願いを叶えてやりたいのだが」


「おっ……お許しくださいっ!」

「すいませんっしたっ!」

「私は止めましたからっ」

「豚にしないでください魔法使い様っ!」


 ギルド長以下、冒険者たちは土下座せんばかりの勢いで謝罪を始めた。例外はセダムを入れて三人だけだ。

 このギルド長もな……。普通に立ち回れば私なんかよりよっぽど世慣れてるだろうに。

 にやにやとシャウプ君や冒険者たちを眺めていたセダムが、居住まいを正して礼儀正しく頭を下げた。


「貴殿についての情報は俺が彼らにしっかり伝えていたつもりだったが、不十分だったようだ。これは俺の責任でもある。すまないな、マルギルス殿」

「シャウプにはしっかりと償わせますので、今回だけはお怒りを収めていただけませんか?」

「真に申し訳なかった」


 シャウプの成れの果てを見てもあまり動じなかった残り二人の冒険者も恭しく謝罪をした。それぞれ【人間/女性/30歳/7レベル僧侶】【人間/男性/38歳/8レベル戦士】と情報が出ている。

 こういう大人の対応をされると、短絡的な行動をとった自分が恥ずかしくなってくるな。

 それと、横からジト目で見つめてくるモーラの視線が痛い。


「彼が魔法を見せてくれといい、私がそれに応じた。ただそれだけのことで、怒りなどなにもないさ。まぁ後で元の色男に戻してあげよう」

「あ、ありがとうございますっ」

「では、依頼の話を続けさせてもらう」

「はいっ。お願いいたしますっ」


 最早、茶々を入れてくる者はいなかった。



「……私たちが置かれている状況は以上だ。その上で、諸君らに依頼したいのは、第一に友人である二人とその財産の護衛。第二にこの事件の黒幕を突き止めることだ」

「……優先順位は、それでよろしいのですか?」


 ギルド長がおっかなびっくり聞いてきた。冒険者たちに注目されて、イルドはともかくモーラは居心地が悪そうだ。


「当然だ」

「しかし、調査と護衛を同時となるとかなり難易度が……」

「それは一つのパーティの時の話だろう? 私は、ここにいる全員のパーティを雇うつもりだ」

「そ、それは……。そのう、失礼ではありますが、ここにいる10人それぞれのパーティを全て雇うとなると、それなりの費用が……」


「はあ? 費用? これで足りるかな?」


 私は立ち上がると、背負い袋(インフィニティバッグ)を逆さにした。

 

「「「……!?!?」」」


 大きさが一定以下の物品ならば文字通り無限に収納できる背負い袋(インフィニティバッグ)

 そこから流れ出したのは黄金の濁流だった。

 濁流は応接間の床に当たると、金貨や白金貨、宝石の形を取り戻してじゃんじゃんうず高く積もっていく。


 唖然と口を広げた冒険者たちを前に、私は愉快な気持ちが抑えられなかった。

 札束で頬を叩くというが、これは金貨と宝石でぶん殴るというべきだな。しかもマウントポジションで。


「ジオさん、ジオさんっ」


 横ではモーラが必死に指で「×」を作っていた。「それくらいで」と言いたいらしい。イルドも心配そうな顔だったし、セダムは呆れたように肩を竦めていた。

 

「……数えてはいないが、報酬はこれで足りるかな?」


 お蔭で、ギルド長がぶんぶんと頭を縦にふりまくる頃には気分は落ち着いていた。彼らのこういうフォローは本当にありがたい。


 お陰で私は私のままいられる。

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