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暗鬼崇拝者

 『暗鬼崇拝者(デモニスト)』とは読んで字のごとく暗鬼を崇拝する狂信者だという。

 顔を引き攣らせるヘリドールから聞き出したのは次のような情報だ。

 まず、『暗鬼崇拝者(デモニスト)』は暗鬼による世界の破壊を救済と捕える狂信的な集団であること。地下に潜って暗鬼に生贄を捧げる儀式や、『暗鬼に近づく』ための修行などの活動を行っている。500年前の最初の『大繁殖』(ブリードの後、何度も弾圧を受けたが決して滅びることなく、今でも各国の地下で活動している。そのメンバーはスラムの住人から貴族や神官まで含まれている……。


「……という、噂だ。北方の王国シュレンダルや、新王国フェルデでは活発に活動しているというが……。レリス市に暗鬼崇拝者(デモニスト)など……」


 ヘリドールは自分に言い聞かせるように付け加えた。

 彼は魔術師の中でも『征服派』という、魔術を暗鬼を倒すための手段と考える派閥にいるそうなので、暗鬼崇拝者(デモニスト)とはさぞ折り合いが悪いのだろう。


「しかし、もしそんな連中が本当にいるとしたら……」

「貴殿などは、明らかに憎悪の対象になるだろうな。私よりも遥かにな」


 なんとも複雑な表情で彼は断定してくれた。

 彼が本来担いたかった役割をぽっと出の私がかっさらってしまったのだ。少々申し訳ない気持ちにもなるが……。


「情報提供に礼を言う、ヘリドール殿。二度とこのような無礼は働かないことをお約束する」

「あ、ああ。そう願いたい」


 夢と野心に溢れた(私から見れば)青年と語り合うのは次の機会でいいだろう。

 暗鬼崇拝者(デモニスト)などという、理屈を超越した連中が本当にいるとしたら、大魔法使いが対処すべき問題なのかも知れない。それに、これまで『万が一』だと思っていたが、イルドやモーラなど私の知人に危険が降りかかる可能性も、『千が一』か『百が一』くらいに高まっているはずだ。

 こうしてはいられない。




 私は挨拶もそこそこに魔術師ギルドを後にした。

 小説やゲームだと、主人公がちょっと目を離した瞬間に、ヒロインや協力者が誘拐されたり殺されたりするものだ。私が勝手に危機感を募らせていているだけなら良いが――もしそうだったら喜んで自意識過剰とでもゲーム脳とでも呼ばれよう――モーラやイルドが心配になってきた。




「……?」


 亜空間を利用してほとんど直線移動でイルドの屋敷まで到着した。

 イルドの屋敷は二、三階が住居で、一階は隊商経営のための事務所になっている。

 交易通りという文字通り多くの商店が立ち並ぶ賑やかな立地で、そうそう危険なことになるまい……と思っていたのだが。

 通りには剣呑な気配が漂っていた。人通りは少なく、特にイルドの屋敷の前は静まり返っていた。時折通りかかる人々は、不安そうな目を向けている。窓や壁などに不自然な破損もあった。


 まさか。


「モーラっ! イルドっ!」


 不吉な予感に押し潰されそうになりながら屋敷に入ると……。


「ジオさあぁん!」

「モーラっ」


 モーラが全力でタックル……いや、抱きついてきた。反射的に抱きしめると、彼女の小さい身体が震えているのが分かった。


「無事か!? イルドはどうした?」

「マルギルス様!」


 イルドも五体満足で姿を表した。よ、良かった……。



 どうやら最悪の事態ではなかったらしい。

 私達は居間でお互いに起きた出来事を報告することにした。


「実は……」


 私が評議長と会談している間に屋敷に何者かが侵入し、モーラを誘拐しようとしたのだという。

 賊は3人組の女性で、屋敷の誰にも気付かれぬ間に侵入しモーラを気絶させたのだ。モーラはそのまま連れ去られそうになったが、賊のうち1人が『見えない何者か』に拘束され動けなくなったのだという。

 その賊が悲鳴を上げたのでイルドや使用人たちが事態に気付いた。彼らが集まってきたところで、残り2人の賊はモーラを人質にしようとした。しかし、イルドが咄嗟に呼び出した風の魔神(ジニー)を見て戦意喪失し、逃げ出したという。

 私が見た屋敷の破損は、風の魔神ジニーによるものだったのだ。



「そうか……。とにかく、モーラが無事で良かった……」


 どうやら事前に使っておいた【見えざる悪魔(インヴィジブルデーモン)】が良い仕事をしてくれたらしい。『風の魔神の指輪(ジニーズリング)』も、イルドが有効に使ってくれたな。思い切り深くため息を吐いて、身体の力を抜く。


「ジオさんが守ってくれたんでしょう? あ、ありがとうございましたっ」

「またしても娘を助けていただいて……」


 ソファの隣に座りぴったりくっついていたモーラが涙目で見上げながら、イルドも深々と頭を下げて礼を言う。

 が……。


「……だが、こうなったのは私に責任がある」


 イルドたちが狙われたとあっては、賊の狙いは評議長やレリス市の権力争いなどではなく、私個人にあると見て間違いないだろう。それが、暗鬼崇拝者(デモニスト)なのかどうかは分からないが。支部長に聞いた話をイルドたちにしたところ、暗鬼崇拝者(デモニスト)の存在自体は彼らも噂に聞いていたようだ。


暗鬼崇拝者(デモニスト)が市の地下洞窟で生贄の儀式をしている……魔術師ギルドまでは届かなくても、市民の間ではよく語られる噂です。しかしそんなことより……」

「そうです! ジオさんのせいなんかじゃありません! 悪いのはあの人たちです!」

「娘の言うとおりです。マルギルス様は何もお気になさいませんように」


 ひしっと抱きついてくるモーラの頭を撫でてやりながら、私はぼんやり考えた。

 なるほど、これが大魔法使い、英雄になるということか。

 否応もなく、周囲の人間にも絶大な影響を与えてしまう。物語の大魔法使いはこういうのを嫌って、孤塔に篭もっていたのかも知れない。

 実際、私1人で彼らを守りつつ目的を……暗鬼から人々を守るという目的を果たしていけるものだろうか?


 ……いや。

 

「すまないな……いや、ありがとう2人とも。2人の……いやこの屋敷の人間には、これ以上指一本触れさせない」


 英雄の仲間が否応なく傷つくというのが道理であるならば、そんな道理は喜んで蹴っ飛ばしてやろう。


 見えざる悪魔(インヴィジブルデーモン)が捕えた女賊は、縛り上げて閉じ込めていたが、すぐに逃亡されてしまったそうだ。まぁ、あのメイドの仲間ならそれくらいやるだろう。

 【達人の目(センスオブアデブト)】や【過去視(サイコメトリー)】といった調査に便利な呪文を今日『準備』していなかったのは痛恨のミスだ。明日は調査と防御、追跡に使える呪文を重点的に覚えよう。戦いについては、ウィザードリィスタッフやその他のアイテムがあれば十分だろう。

 そしてもう一つ。

 日本の会社員でも、TRPGの一キャラクターでもない。大魔法使いジオ・マルギルスならではのシティアドベンチャー攻略法はついさっき思いついていた。


「案内してほしい場所がある」

「はい? どちらでしょう?」


 私は背負い袋から金貨と宝石がぎっちり詰まった革袋を取り出して言った。


「冒険者ギルドだ」



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