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悪意の霧 3

 先ほどまで理知的かつ実直な態度で終始私を圧倒していた評議長ブラウズが、テーブルに突っ伏して呻いている。

 まるでドラマのような展開だが、やはり先ほど飲んだカネル地方のお茶に毒物が入っていたとしか考えられない。

 お茶を淹れたメイドを探して周囲を見れば当然その姿は消えてなくなり、窓が大きく開け放たれていた。


「ううっ」

「大丈夫か?」


 我ながら間抜けなことを聞きながらブラウズの身体を支え背中をさすってやる。吐瀉物で窒息したら大変だ。

 というか私も同じお茶を飲んだんだよな。


「マ、マルギルス殿は……ご、ご無事、で……?」

「ああ。対毒抵抗判定に成功した、ってところか……」


 そう、私の肉体が36レベルマジックユーザーのジオと同じスペックであるなら、レベルに依存する各種の抵抗力の数値は並の毒など寄せ付けないはずだ。


「うわあっ!?」


 大声に顔をあげると、ドアの前で秘書が顔を青ざめさせていた。

 む。これは。私が毒殺犯になる流れなのか? それにしても自分でも驚くほど冷静だな。だいぶ、ファンタジーの世界に毒されてきたらしい。まぁ、今回はどう行動すれば良いかという答えがすでに出ているからだが。


「さっ……騒ぐなっ。誰も、ここに近づけるな……。マ、マルギルス殿。これは、いん、ぼう……」

「それは分かっている。いま、治療しよう」

「これは決して、レリスの意思では……、……は?」


 苦痛に呻き、死相を浮かべながらレリス市を守ろうとしていた評議長がぽかんと口をあけた。もちろん、【敵意看破(ディテクトエネミー)】の反応を見ているからであるが、そうでなくてもとても彼を疑う気にはならなかっただろう。

 私は背負い袋イフィニティバッグから銀の指輪を取り出すと、彼の身体に触れさせコマンドワードを唱える。


「彼の毒を全て解毒せよ」

「お……おお?」


 『医の指輪(メディカルリング)』は、1日に3回だけ、傷の治療や解毒などの僧侶(クレリック)呪文が使えるマジックアイテムである。ブラウズの顔色は見る間に良くなっていった。

 硬直していた秘書もわたわたとやってきてブラウズを支える。


「評議長! だ、大丈夫ですかっ!?」

「あ、ああ……。嘘のようだ。マルギルス殿、貴殿は神官でもあるのですか?」

「生憎と違う。たまたま持っていたマジックアイテムのお陰だ」

「素晴らしいアイテムですな……」


 口元を拭いながらブラウズはようやく一息ついたようだったが。すぐに、はっとして秘書に怒鳴りつけた。


「何をぐずぐずしているっ!? 私とマルギルス殿は何者かに毒殺されそうになったのだ! 今のメイドを捕えろ! 絶対にだ!」

「は……はいっ!」


 秘書は大慌てで応接室を出て行った。衛兵や周囲のものに矢継ぎ早に指示を出す声が聞こえてくる。


「……まぁ、無事でなによ」

「申し訳ありませんっ! 犯人は必ず捕えます! どうかお怒りをお鎮めくださいっ!」


 ブラウズ評議長は土下座せんばかりに謝罪しはじめた。

 私が怒りだしてレリス市に隕石を降らすんじゃないかと本気で心配しているみたいだ。もちろん、私のことなどまだほとんど知らないのだから、そう危惧しても無理はない。

 先ほどまで、丁重ではあったが余裕のある態度を崩さなかったブラウズが、なりふり構わず頭を下げる。その様子に私は居心地の悪さと同時に、彼に対する尊敬を感じた。



 頭を上げようとしないブラウズを宥めるのには少し苦労した。

 彼を疑ってなどいないし、レリス市で暴れるつもりもないことを説明すると、心から安堵したようだった。

 それでやっと、今後について相談することになる。

 まず、メイドについてだが。議事堂を警備している衛兵が逃げたメイドを捜索したが、当然のように影も形も見つからなかった。その代わり、物置に閉じ込められていた本物のメイドを発見した。どうやら、犯人は応接室にお茶を運ぶ途中のメイドを襲い、入れ替わったらしい。脱出はやはり窓から飛び出したらしいが、見た者はいない。ただ、メイド服が議事堂のそばの路地で発見されていた。

 白昼、衛視だけでなく一般の職員や市民がいきかう議事堂の中でそれだけのことをやってのけたのだ。ただ者ではないだろう。

 ……いやそれ以前に、彼女は【敵意看破(ディテクトエネミー)】に反応していなかった。これはどういうことだ?


「……ちゃんかよ」


 某国民的泥棒アニメのヒロインを思い起こしながら私は呟いた。


「既に、市内の全衛視に命じて市門や内門で検問をはじめております。犯人は必ずや捕えます」

「ああ、それは……。是非、お願いしたい」

「私だけならともかく、マルギルス殿のお命を狙うとは……全く許せません」

「……評議長どのは、犯人の目的は私の命だと?」

「……そうですな。……いえ、分かりません」


 ブラウズは首を振って言った。

 私が彼と面談をするというのは評議会や議事堂を少し調べれば分かることである。その上で、あの偽メイドほどの技量があるのなら、私と彼を同時に暗殺することは可能だと思うはずだ。しかし、私と彼を同時に毒殺しようという意図が分からない。


「普通に考えれば、私とマルギルス殿の関係悪化を狙った、ということでしょうか」

「なるほど。両方殺せればベストだが、片方、もしくは双方が生き残っても遺恨が残ると」

「左様です」

「そんなことを企むものに心当たりは?」

「私を暗殺したがるものについては、少しは心当たりはありますが……。いま、マルギルス殿にお教えするには根拠が弱いですな」

「ふむう……」


 事前にイルドから評議会の中の商人派閥と貴族派閥の権力闘争の話は聞いていた。正直、これが純粋なレリス市の中での権力闘争であるならば、関与したくなかった。しかし、わざわざ私がいる場面で事を起こした以上、私の命が目的だった可能性もある。それよりなにより、万が一にもモーラやイルドを巻き込んでしまったら……後悔どころでは済まないだろう。

 直ぐに犯人……偽メイドと、居るのならばその雇い主を見つけたい。しかし今日は移動や防御系ばかりで調査に使える呪文をあまり準備してこなかったのがネックだ。

 であればいまは、ブラウス評議長に頑張ってもらうしかない。


「調査についてはお任せするが。もし何か分かれば必ず教えていただきたい」

「分かりました、必ずお知らせいたします」


 いま、ブラウズの目が少し怯んだように見えた。

 ……そうか、私にも少しは威厳が出てきたのかも知れない。


「すまないが、そろそろお暇する」

「そうですな……本日は本当に申し訳ありませんでした」


 ブラウズはまだ話したそうだったが、そろそろ私も動かなければならない。あくまでも、万が一に備えてではあるが。


「……それと、調査のために。あくまで調査のためにだが、回収したメイド服を貸していただけないか?」

「……」


 ブラウズは何も言わず、メイド服を箱に詰めて渡してくれた。表情はぴくりとも動かない。

 プロだと思った。




 議事堂を出た私は、用意されていた馬車の中で呪文を二つ唱えた。

 【飛 行(フライ)】と【亜空間移動ムーブアウタープレーン】だ。馬車の中から御者に一声かけると、亜空間へ身体を移し飛び上がる。


 亜空間、なおかつ飛行しつつの移動はとんでもなく迅速だ。

 目指すは魔術師ギルド。

 何しろ、今のところ私を殺そうなどと考えそうなものの心当たりは、【敵意看破(ディテクトエネミー)】に思いっきり引っかかっていた魔術師ギルド支部長ヘリドールしかいない。



 魔術師ギルドには何か『魔術』的なセキュリティがあったのかも知れないが、魔法によって亜空間にいる私を阻むことはできなかった。

 誰にも気付かれず、支部長の執務室を見つけドアを潜り抜ける。

 ヘリドールはいつも見せる優雅な笑みではなく、しかめ面で書類を作成していた。

 今回ばかりは礼儀を気にしていられない。私は彼の目前で亜空間から出た。


「ヘリドール殿、失礼する」

「っうぉっ!?」


 ヘリドールは当然驚愕したが、とっさに椅子から立ち上がり杖を構えたのは流石といえる。


「マ、マルギルスっ! ……どの!? どうやって……いや、どういうつもりだ!?」

「真に申し訳ない。ヘリドール殿。実はつい先ほど、毒殺されそうになってな」

「? 何をいってるんだっ!?」


 私はローブの裾の中でマジックアイテムを握りしめながら彼に視線を向ける。

 【敵意看破(ディテクトエネミー)】はしっかり反応して彼の敵意の光を見せていた。表情ははじめて、その禍々しい光に似合う怒りの形相だ。


「ご存知なかったか? いや、私を暗殺しようなどという不届きな者が、私と親しい魔術師ギルドにも害を及ぼしていないか心配になってね」

「知らん! 何の話だっ!」

《こいつは何を言っているんだ! 私の邪魔をしたいだけなのか!?》


 私が手にしたマジックアイテム『ESPメダル』の効果を彼は抵抗(レジストできていないようだ。表層意識が言葉となって私の脳に伝わってくる。

 どうやら本当に何も知らないらしい。……悪いことをしたな。


「……そうか。邪魔をしてすまなかった。 ……ついでにお聞きするが、私を憎んでいるものに心当たりはないかな?」

「……マルギルス殿は、暗鬼を倒した英雄だろう。憎むものがいるとは思えないが……」

《私だよ! 私の魔術兵計画を! 暗鬼と戦う人々の盟主になるという夢を邪魔しやがって! 貴様のせいで魔術兵や候補生が路頭に迷ったらどうするつもりだ!》

「なるほど。……そういうことか」


 ついでに聞いてみたら、そういうわけだった。

 何十年も前に『夢』なんていう言葉を口にしなくなった私からすると、その夢のために何年も努力してきたであろう彼の憎悪を、逆恨みと斬って捨てるのには抵抗がある。

 それにしてもやはり、人の心を覗くというのは罪悪感が凄い。この手段はなるべく使わないようにしよう。


「すまないがもう一度、冷静に考えてみてもらえないか? レリス市については私より貴殿の方がずっと詳しい。私はともかく、身近なものに被害が出るようなことは避けたいのだ」

「……むう」


 ヘリドールは大きく息を吐くと、あごを撫でて考え始めた。


「貴殿の噂はレリス市中に鳴り響いている。その10分の1でも信じるならば、手を出そうなどとは誰も考えないだろうな。だから、貴殿の力を信じられない頑固者であるか、あるいは……」


 彼の形の良い眉がピクリと動いた。



「貴殿は暗鬼を倒した……つまり、貴殿を憎むものは……。『暗鬼崇拝者』……」

《まさか、実在するのか? レリス市に? ……おぞましい。私も殺される……》



 ヘリドールの心底からの恐怖をESPメダルで感じた私まで、陰鬱な気分になった。


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[気になる点] 人材と資金を浪費しているのに、候補生の心配をするというキャラ作りは無理があると思います
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