ゴーレム
「……あのような状態では、到底実戦に耐えるとは思えない。魔術兵の養成は中止すべきだろう」
「……」
私は、魔術師ギルドの広間で集まった幹部たちに向かって言った。
支部長ヘリドール、第2席で副支部長のヤーマン、第3席のナサリア。第5席のクローラに護衛の魔術兵2人まで知った顔だが、今日は第4席のタシンという男もいた。
10年越しのプロジェクトに公然とダメ出しをされた彼らの表情は一様に歪んで……はいなかった。
ヘリドールとヤーマンは確かに苦り切っていた。特にヘリドールは何とか笑みを浮かべようとしているが、奥歯を噛み締めているのが丸分かりだ。一方、ナサリアとクローラは眉を寄せながらも頷いている。タシンは逆に、次に私が何を言うのか興味深々といった顔であった。
「確かに現時点の魔術兵の戦力は十分とは言えないかも知れませんがね。これからの研究次第で向上できるはずですぞ」
ヤーマンが私とヘリドールを交互に見ながらとりなすように言う。その『研究』の間に死んだり障害を負う子供のことは、彼らの眼中にはないのだろう。
「戦力の向上は難しいんじゃないですか? もともと、弱い魔術を使える兵士を量産しよう、っていう計画でしょう? 強い魔術を使える兵士を量産じゃあ、その前提からして崩れる」
タシンが眼鏡を直しながら少し甲高い声で反論する。こいつ、空気を読まないタイプだな……よし、良いぞ。
「ではどうやって魔術師が戦力を持てというんだね!? ただの兵士でも集めろと?」
「まあ、質より量で現状の魔術兵を増やすしかないんじゃないですかね?」
「あのう、そもそも、魔術兵の強化のためにマルギルス殿が協力していただける、という話でしたよね? 彼らに魔法を教えていただいて……」
久しぶりにナサリアの声を聞いた気がする。そこも言おうと思っていたところだ。
「養成所での魔術修行を見せてもらったが……あの方法でようやく魔術を一つか二つ使えるようになるのでは、私の魔法を習得できる可能性はほとんどないと言っていいだろう。出来たとしても、そう、最も初歩的な呪文を一回使用できるようになるまでに5年はかかるだろうな。しかも、一度に教えられる生徒はせいぜい2人といったところだ。……実用になると思うかね?」
前半は無理やりとってつけた言い訳だが、後半は本気である。とにかく彼らには魔術兵自体の実用化を諦めてもらわねば。
「しかし……」
「これまで努力してきた諸君に対して、酷なことを言っているのは承知している。しかし、現実を直視してもらいたい」
「……」
「今更、魔術兵の養成を中止などしたら……。これまでかけた費用が全て無になってしまいますぞ」
ヘリドールは私をじっと見詰めたまま口を閉ざしたままだ。
代わりにヤーマンが一通り主張し終わったころ、クローラが口をひらいた。
「中止せよ、と口でおっしゃるのは簡単ですわね。そういう貴方には何かお考えでもあるんですの? 魔術兵よりも強く低コストな戦力を用意できるとでも?」
「そうそう、それが是非お聞きしたいですね」
「……ある」
私が断言した瞬間、ヘリドールの肩がぴくりと震えた。
私はひとつのマジックアイテムを取り出して、広間の床に放り投げた。
鈍い音とともに、指先ほどの金属塊が六つ床に転がる。
「何ですかな、それは……?」
「忠実なる兵士達よ、立ち上がれ」
コママンドワードを唱えると、マジックアイテム『青銅の兵士』が起動した。
六つの金属塊が脈動しながら膨張し、瞬く間に六体の等身大の兵士像に変わったのだ。
名のとおり青銅の身体に、盾と槍、兜を装備したローマの重装歩兵風のデザインである。
「なんと……」
「これは凄い……! 魔力を感じないのに……マルギルスさん、これはゴーレムですか!?」
「そのとおり」
いや、ごめん。実際はあくまでこういうマジックアイテムであって、ゴーレムではない。ただ使い方が同じなのでデモとして使わせてもらう。
「私が魔術師ギルドに提供したいのは、ゴーレムを作製するための技術だ。これ……説明は省くが魔法を使う能力とは関係がない純粋な技術だから、やる気と時間さえあれば誰でも確実に習得できる」
ゴーレムの作製は、『人造怪物作製技能』に含まれる技能である。『D&B』の超級ルールブックで追加された特殊技能だ。
ルールには習得するために必要な経験値や費用は決まっていたが、職業による縛りは特になかったし、『魔法使いではないがゴーレム造りの名人』というNPCも存在していた。『見守る者』がそのあたりまで正確に再現してくれているなら、この世界の人間でも習得可能なはずだ。
ゴーレムならば、資材と時間と技術さえあればいくらでも量産できるし、壊れても修理できる。人件費も発生しない。誰かが常に命令しないといけないという欠点はあるが、『戦力』としては明らかに魔術兵よりも上だろう。
それに実はもう一つ利点がある。
「そのゴーレムが魔術兵よりも強いという証拠は?」
「双方を知っている私が断言するが、このゴーレム1体で訓練を終了した魔術兵を10人相手できる。対暗鬼で考えるなら、小鬼なら30体、巨鬼でも1、2体は倒せるはずだ」
「試してみる……までもないでしょうけどね。純粋に見てみたい気はしますが」
タシンはすっかりゴーレムに夢中になっている。ヘリドールとヤーマンの顔色は悪い。
「ゴーレム作製の技術を私たちが習得できる見込みはあるんですの?」
「ある。かなり高い確率だ。期間は、最低限戦力になるウッドゴーレムを作製できるようなるまでに1年半を見ている。ただし、私自身が人にものを教える準備をする必要もあるので、訓練の開始まで少し時間をいただきたい」
「そのウッドゴーレムを作製するのにかかる費用はお幾ら?」
「ウッドゴーレムなら恐らく金貨で1000枚程度だと思う。特殊な材料が少々必要になるので、それを集める手間もあるな。しかし、休憩も給料も不要で多少破損しても修理可能な兵士と考えれば相当に安上がりだと思う」
「素晴らしい! 是非、私に作り方を伝授してください!」
「いやいやいや、お待ちくださいっ。これまで、魔術兵養成に協力してくれた貴族や市民に何と説明すれば良いのですか? ギルドの面子丸ぶれですぞ!?」
タシンは身を乗り出してきたが、ヤーマンがわめいて席に引き戻す。
「志願者やその家族には申し訳ないと思う」
私は、ヘリドールの背後で顔を強張らせている2人の魔術兵に頭を下げた。彼らの将来のことも考えねばならない。
「現在の候補生18名については、私が面倒を見たいと思っている。もちろん、卒業した3名も希望があれば私が責任を持って行き先を探す」
魔術兵たちは私の言葉を聞いても強張った表情を崩さなかった。まぁ当然か……。
「ゴーレムの技術の『出所』は確かに私ではあるが、『製造』できるのは魔術師ギルドだけということになれば、ギルドの権威の維持はできるのではないかな?」
「……」
ヘリドールはずっと黙っていたが、その目に怒りだけでなく困惑が浮かんだ。
「貴殿はゴーレムを製造しない? 自分でゴーレムの軍団を組織することもできるだろうに」
「まぁ、護衛程度に数体作ることはあるかも知れないが、少なくとも戦力として使えるほど大量生産する時間はないな。そのあたりは、魔術師ギルドにお任せする。この支部だけでなく、どこのギルドでもゴーレムが製造できるとなれば、全体としてかなり心強い戦力になるのではないかな?」
「……あくまでも、ギルドが主体となって、か」
「私は暗鬼を倒したい……人々を守りたいだけなのでね。ゴーレムについてはギルドが矢面に立ってもらった方がむしろありがたい」
ヘリドールの表情はかなり和らいでいた。対暗鬼、という点についての意見は同じのように思える。
「い、いや、支部長! 他人から借りた技術で権威などといっては……。評議会からもかなり資金を援助してもらっているのですよ?」
この副支部長、ヘリドールの腰巾着みたいに振舞っていたが、ここにきて妙に抵抗するな?
「副支部長?」
「な、なんだね?」
しばらく口を挟まなかったクローラが、困ったような表情と口調でヤーマンに声をかけた。
「評議会から資金を頂いていたことを気にされていらっしゃるの? ……それでしたら、私の方から評議会にしっかりと、資金をどう使わせて頂いたか数字を出してご説明して、理解をしていただきますわよ?」
この一言でピンときた私は汚い大人だな、と思った。
「よ、余計なことを言うな! 資金管理は私の担当だ!」
「私も評議会には少々人脈がございますので……」
クローラが相変わらず(わざとらしい)困ったような顔で呟くと、またヤーマンの顔が引きつった。
つまり、ヤーマンは魔術兵養成のために市からもらっていた資金を横領か何かしていたんだろう。そりゃあ、中止させたくないわな。
「どういうことだ? 今、そんなことは重要ではないだろう」
ヘリドールはヤーマンとクローラの会話の意味が掴めていない様だった。
「いいえ。私が差し出がましいことをいっただけですわ。評議会への説明はやはり、副支部長に全てお任せいたしますわ」
「そ、そうだな……。も、もし中止ということになるなら、私が責任を持って説明しよう」
口調とは逆に、刺すような目で見つめるクローラに、ヤーマンは冷や汗を浮かべながら頷いた。
「……」
「あのう」
ヘリドールが目を瞑って考え込んでいると、それまで黙っていた、第3席のナサリアが遠慮がちに手を挙げた。
「マルギルス殿のご提案、とても素晴らしいと思います。ただ一つ心配なのは、ゴーレムの軍団は強力すぎる戦力なのではないでしょうか? 魔術師ギルドが世界から危険視されるようなことになりませんか?」
「うえ、そこまで気にしてられませんって」
「い、いや、確かにその心配はありますぞ」
この女性はなかなか的確に核心をついてくるな。
「その点に関しても考えている。ゴーレムを使用するには、専用のコマンドワードを設定するわけだが。これを、ギルドとレリス市で共有すれば良い。他の国のギルドでも同じようにすれば、余計な警戒をされることはないだろう」
「ほぉ……確かに、人間相手に使わないことが前提だとすれば良い考えですね」
逆にいえば、人間相手の戦争には使えない。これが、ゴーレムを使うもう一つの利点だ。
「心配なら、定期的に市にチェックをしてもらってもいいがね。……まあそこまで信用されていないとは思えないが」
「良く分かりました、ありがとうございます」
ナサリアはにっこりと笑って私にお辞儀をすると、ヘリドールに告げる。
「支部長。私は、マルギルス殿の提案を受けるべきだと考えます」
「……私もですわ」
「もちろん、僕もです」
「わ、私は……支部長の決定に従いますぞ」
「…………」
ヘリドールはゆっくり立ち上がると、まず、背後の魔術兵に頭を下げた。
「お前達、すまない」
「し、支部長っ」
「私達が弱いのが悪いんですっ」
魔術兵の少年と少女は跪いて頭を垂れた。2人とも声が震えている。
「マルギルス殿」
【敵意看破】によれば、私への敵意はまだ残っている。しかし、彼は確かに頷いた。
「貴殿の提案、ありがたくお受けしよう。魔術師ギルドレリス支部は、ジオ・マルギルス殿の友情に感謝する」