少年少女
私、ヤーマンにグリアド、そして18人の少年少女は、地面を踏み固めただけの軍事訓練場にいた。
魔術兵候補生たちは厳しい訓練がひと段落したばかりだったので、休憩時間を挟んだのはもちろんだ。
私の意見で、候補生たちは実際に魔術兵が使用する槍と、簡素な鎧を身に着けていた。
ほとんどの顔は、不安と恐怖に満ちている。いや……先頭に立つ黒髪の少年、一番優秀と評されたログだけは挑みかかるような目で私を見ていた。
「本当に暗鬼を造り出すなど……」
「シッ。聞こえたらどうするんだねっ。まぁ、見ていれば良い……」
ひそひそと耳打ちしあうおっさん魔術師2人を背中に、私は候補生たちの前に進み出た。
「……っ」
彼らの全身に緊張が走るのが見て取れる。一体、私のことをどう説明しているんだろう。
日本にいたころ、新入社員への研修で壇上に立ったことはあるが……あいつらもこれくらい真剣だったらなぁ。
「おほん……。私は魔法使いジオ・マルギルス。諸君のことは、暗鬼から人々を守るという意思を同じくする仲間だと思っている」
深く頭を下げながら伝えると、彼らは驚いたように目を丸くした。隣同士でなにやら囁きあうのを、杖を軽くあげて制止する。さすがに軍事訓練を受けているだけあって、ざわめきは一瞬でぴたりと止まった。
「諸君がいかに真剣に訓練に取り組んでいるか良く分かった。そこで、僭越ながら諸君らに暗鬼に近い力を持つ存在との戦闘訓練の機会を提供したいと思う」
「……?」
ログをはじめ何人かの少年……少女もいるな、の視線が鋭くなった。他の候補生達もそわそわしている。どうも馬鹿にされていると思ったようだ。背後のグリアドからの冷たい視線も感じる。
「この呪文により1レベルのゴブリン18体及び6レベルのオグル1体を造り出し10分間使役する。【怪物創造】」
呪文の詠唱が終わると同時に、小さな角と大きな耳を持つゴブリンの群れと赤褐色の肌のオグルが出現した瞬間、気まずい沈黙は破れた。
「……そこまでだ」
訓練自体はあっさりと終わった。
出現したゴブリンとオグルを見た瞬間、候補生達の大部分がパニックに陥ったり、グリアドが失神したりと少々のハプニングはあったが。
当然ではあるが、まともな戦闘にはならなかった。【怪物創造】は、【鬼族小隊創造】と違って特殊能力をもたないほとんどのモンスターを創造できる代わりに、持続時間が10分しかない。その間に決着がつくか少し心配ではあったが、結局候補生達は5分も持たず、全員ゴブリンかオグルに押さえつけられていた。
ゴブリンもオグルも素手だった(もちろん、十分手加減するよう命じてある)が、ログとあの金髪の少女が魔術を使ってゴブリンを一体ずつ倒した以外はほとんど戦闘と言えるものにはならなかった。
彼らを押さえつけているモンスターたちを下がらせ、近づく。
「怪我をしているものはいるか? 遠慮なく申し出てほしい」
「……すいません、こいつが頭を打ったみたいで」
「そうか。すまなかったな」
ログが、頭を押さえてうめいている少年を抱きかかえながら申し出る。私が彼にポーションを飲ませている間、ダヤ、と呼ばれていた金髪の少女は無言で睨みつけていた。
「……ま、まだ、彼らは訓練段階なんだ。実際にあんな暗鬼と戦えるわけがない。だいたい……」
青ざめた顔でグリアドが話しかけてきた。私は首を振って彼の発言を遮る。
「とにかく、魔術師ギルド自慢の魔術兵は見せてもらった。あとでヘリドール氏に私の結論をお伝えしよう。すまないが先にいっていてくれないか? 少し、彼らと話をしたい」
実際のところ、魔術師ギルドにも、候補生にも、私に否定される謂れは本来ないのだろう。
彼らは彼らの道理の範囲内で、暗鬼という理不尽に立ち向かおうとしているだけだ。それで、死者や、悲惨な目にあう者がいたとしても、それが道理というものだ。
私の口先三寸だけで済むのなら、何も問題はない。しかし、これから私がやろうとしているのは、ジオ・マルギルスという、道理を超えた理不尽な力や財力に頼ったやり方だ。
だが、良いだろう。
無理を通して道理を引っ込めるのは、私のような理不尽な存在がやるべき仕事なのだ。
まだへたり込んでいる候補生たちの前に私は腰を降ろした。
「これから私と君たちが話すことは、君たちの同意なしには絶対に魔術師ギルドには漏らさない。先にそれだけはいっておく」
静かに話しかけると、彼らも思い思いに地面に座り直した。当然だが彼らの表情には不安しか浮かんでいない。
「ただ思ったことを素直に答えてくれればいい。まず、君たちは本気で暗鬼と戦いたいと思っているのかね? 言っておくが本物の暗鬼はさっき戦ったものの何百倍も恐ろしいぞ?」
私の質問に、候補生たちのほとんどは俯いて視線を逸らした。そんな中で
「あたしは父ちゃんの仇を討つんだ!」
「俺もだ」
ダヤとログだけが真っ直ぐ私を見返して断言する。他にも数人、彼女達の言葉に頷いているものもいた。
「暗鬼と戦いたいと言ったものの中で、どうしても魔術兵になりたい者は?」
その問いには皆戸惑ったようだ。
「べ、別にどうしてもなりたいわけじゃ……。でも、俺達みたいのが戦う訓練を受けられるのはここだけだし……」
「ここなら死なない限り食事はできるし、寝床もあるし……」
ログと、別の少年がおどおどと答えた。やはり孤児か。
「この中に、親のところに帰りたいと思っているものは?」
これには数人が手を挙げた。だが表情を見る限り、帰ったところで歓迎はされないことも分かっているようだ。
「私は、今日の見学や説明を聞いて、君たち魔術兵が実戦で暗鬼とまともに戦うのはとても難しい……不可能だと判断した」
それでも彼らは必死で訓練に耐えてきたのだ。ログやダヤは唇を噛み締めて私を睨みつけてくる。申し訳なさを感じながらもはっきり告げて立ち上がる。
「私はこれから魔術師ギルドと交渉して、魔術兵養成所を一時閉鎖させたいと思う。君たちの中で、親元に帰りたい者には私から見舞金を持たせて帰してあげよう。帰るあてのないものには、働き口か施設か……とにかく行き先を探す。そして、どうしても暗鬼と戦いたいものは、カルバネラ騎士団に入れるように取り計らう。もちろん、最初は下働きからだろうがな」
働き口やらについてはまたイルドを頼ることになるか。騎士団についてもまるっきりの空手形だが、まぁ彼らには大分貸しがあるはずだし、当面の養育費を出すといえば断られはしないだろう。
などと、頭の中で計画を整理しているとログが勢いよく両手を地面についた。
「な、なあ、あんたっ! い、いや魔法使いさま! 俺達にさっきの魔法を教えにきてくれたんじゃないのか? 俺に魔法を教えてくれ……くださいっ!」
そのまま黒髪の頭を下げる。
「教えたとしても魔法が使えるようになる可能性はとても低いのだ。しかも、結果が出るまでに何年かかるか分からない」
私は正直に答える。確かにそういう『実験』ができればいいと思わないでもないが。
「何年かかっても良いです! 下働きでも何でもやります! どうせ父ちゃんも母ちゃんもいないんだっ。それに……」
ログが私を見上げる目の中には、強い暗鬼に対する憎しみだけではない何かがあった。
彼の純粋で強い意思に、私は内心圧倒されていた。日本にいた頃の私なら逃げ出したくなったかも知れない。いま、一応踏ん張れているのは、私の中に今まで無かった強い意思が生まれていたからかも知れない。
「それに、魔法使い様も暗鬼を退治しようとしてるんだろう? だったらそれを手伝いたいっ。魔術兵や騎士になるより、その方がずっとずっと凄いことができる! そんな気がするんだっ」
「あたしは騎士になりたいけど……でも魔法使いの方が騎士より強そうだし……」
「僕もログと一緒がいい……」
「もともと野垂れ死にするだけだったんだし……」
ログの熱意が伝染したのか、ダヤをはじめ数人の候補生も私に懇願を始めた。
「むう……」
どうも彼らの覚悟を甘くみていたようだ。彼らを手元に置いて、魔術師ギルドと同じことをするのは嫌だなぁ。
「……同じことをしなきゃ良いのか」
「?」
私は立ち上がり、膝の砂を払いながら呟いた。
後は、魔術師ギルド……ヘリドールと話すだけだ。
対暗鬼戦力としての魔術兵にダメ出しをしたとはいえ、魔術兵の養成を単純に諦めさせるのは難しいだろう。まぁしかし、彼らのやり方を標準とするなら、それよりも上等な『対価』は何とかひねり出せるはずだ。
ヘリドールには悪いが、同じ理不尽でも暗鬼よりは大魔法使いの方がマシだと、諦めてもらおうか。