魔術兵養成所
図書室での調査を一応終えた私は、魔術学校へ見学に向かった。
二つの大目標以外にも、各国の暗鬼対策を支援する、という目標がある。
少々胡散臭いとはいえ、魔術兵という新しい試みについてもしっかり把握する必要があるだろう。本当に魔術兵が暗鬼対策の目玉になる可能性だって、なくはない、のだ。
魔術学校はリュウス湖の小島をギルドが借り切って設置しているそうで、小船に乗っての移動だった。
小船のベンチに座って運河を進むのはなかなか爽快な体験だ。
隣に座るのが私より年上のおっさんであるヤーマンでなければもっと良かったのだが。
ヤーマンは愛想は良いのだが、終始話しかけてきて正直うるさかった。話の内容がほとんど自慢話なのも痛い。
なんでも、彼は負傷を癒すポーション作製の第一人者で、治療師ギルドに顧問として出向することもあるそうだ。自慢はうざいが、この世界のポーションやマジックアイテムについては興味があったので聞いてみる。
マジックアイテムやポーションの作製は、魔術師の中でも適正を持つ一部の人間にしかできないらしい。例の魔術盤に『創造』や『生命』といった魔術文字が出現すれば良いのだが、どんな魔術文字が出現するかは選べないのだという。
もっと、マジックアイテム作製について技術的な話を聞きたかったが、ヤーマンの話はすぐに「私が自分で作製したポーションを販売しても良いんですけどねぇ? それだと治療師ギルドが可哀想でしょう? だからわざわざ一度治療師ギルドに卸してから市場に流しているんですよねぇ」などと経済的な自慢話にすり替わってしまうので閉口した。
「なるほど、大したものだな」
などと、意味もなく相手の話を肯定する相槌をついつい打ってしまう私も私だが。
まぁ何となく、この世界の一般的なマジックアイテムの性能は、『D&B』に出てくるようなぶっ飛んだレベルではないらしいことは分かった。特に、永続的に効果を発揮できるマジックアイテムはほぼ存在しないようだ。
「……既得権益を侵害しない範囲で考えないとな……」
「何かおっしゃいましたかな?」
「いや、大したことではない」
魔術師学校自体は、城館のような立派な建物だったが、魔術兵を養成する施設はまったく別物なのだという。
小島に上陸した私達は、学校のある島の中央部ではなく、外れの方へ向かった。
「君が魔法使いとやらかね?」
『魔術兵養成所』に到着した私達を迎えたのは、責任者のグリアドという男だった。明らかにこちらを小馬鹿にした態度である。ちなみに養成所の建物は急造ではあるがそれなりにしっかりしたものだ。
「き、君ぃ! マルギルス殿に対しては敬意を払うよう、支部長からも通達があっただろう?」
「敬意は払っておりますよ。もちろん、私なりに」
どうやら彼は、自分の目で見たことしか信じないタイプのようだ。……まぁいちいち相手にしていたらきりがないな。
「忙しいところを邪魔して申し訳ないが、さっそく魔術兵の訓練を見学させてもらいたい」
「ええ、それはもう! グリアド君、用意はできているね?」
「……こちらです。見ても面白いものではないと思いますがね」
魔術訓練場へ移動するまでのあいだ、グリアドから魔術兵の訓練について説明を受けた。
そもそも、10年前の暗鬼との戦争後、魔術師ギルド独自の戦力をもつために考案されたのが魔術兵という概念だ。
通常、10年近くかかる魔術の訓練を、内容を削りに削って3年で終わらせ、続けて2年間兵士としての訓練を施すのだという。
基本的な構想を提案したのが支部長のヘリドールで、訓練内容を研究したり現場で指導するのがグリアドの担当のようだ。
それにしても、呆れた話だった。
8年前に募集した第一期生は貴族や富裕層から志願者が50人近く集まったが、そのうち全ての課程を修了し魔術兵として必要な能力を獲得できたのはたった2名である。残りは訓練に耐え切れず辞めるか、身体に障害を負って辞めさせられるか、死亡したという。そのため、2期生は10数人しか志願者がなく、訓練を耐え切れたのはなんと1名だけだ。
「想像以上に滅茶苦茶だった……」
「何か?」
「いや……。それで、現状はどうなっているのかな?」
「現在訓練中の第三期生については、人員を確保するために主に一般市民や市外の農民から志願を募っている。止む無く、志願者に謝礼を出すという形にしたところ80名が確保できた。また、一期、二期で得た教訓を元に訓練内容を大幅に見直し、改善した」
要するに危険過ぎる訓練でまともな志願者が集まらなくなったので、貧しい者たちから人を集めてるということか。まさか、人身売買とかしてないだろうな……?
内心唸っていると、魔術訓練場へ到着した。
……だだっ広いただの広場だ。
「こちらが瞑想室だ」
「なんだこれ?」
思わず声が漏れた。グリアドが示したのは、広場の隅に転々と穿たれた深さ2mほどの竪穴の列だった。それぞれ、昇降するための梯子と、蓋が用意されている。
一応、監督役らしい魔術師が1人、暇そうに突っ立っていた。
「魔術盤の助けなしに魔術を使うのは、術者に強力なイメージが必要となる。それを鍛えるためには、五感を遮断しイメージする力を鍛えられるこうした空間が最も効率が良いのだよ」
訓練生は特殊な薬草で精神をリラックスさせた状態でこの竪穴に篭もり、ひたすら魔術のイメージを頭に焼き付けるという。
「ただ暗闇の中で瞑想するよりも、こうした補助具を使用することでより強く魔術をイメージできることも立証されている」
自慢気なグリアドが見せてくれたのは、魔術師らしき人物の杖から炎の槍が飛び出す瞬間の様子を彫りこんだ銅版だった。これを指で触ってその光景を思い描くことで、『ファイヤランス』のイメージがより明確になるのだという。
「うーん? なるほど?」
私の魔法の理論だってもともとただの暇な学生がTRPGオタクを拗らせて勝手に考えた設定だ。だから、今の説明を聞いて納得いかなくても偉そうに反論できる立場ではないんだが……。
「すまないが、一つだけ質問させてもらっていいかな?」
「なんだ?」
「魔術は明確にイメージできる方が良いということなのだろう? それなら、絵とかではなく、実際に魔術を見せてやるのが一番効率が良いのではないか?」
うん、ここだけはどうしても納得できないぞ。
私の質問に対して、ヤーマンとグリアドは『こいつは何を言っているんだ?』という顔を見せた。
「……それは……。その方法を使う場合、それこそ赤子のころから魔術を日常的に見せる必要がある」
「そ、それに訓練のためでも、安易に魔術を他人に見せてはならないというのは魔術学校始まって以来の教えですからな。そんな教えた方をしたら異端者にされてしまいます」
「ふうむ……?」
かなり納得のいかない理由を並べられが、続いてヤーマンがぼそりと呟いた言葉は想像の遥か異次元方向のものだった。
「第一、そんな楽な方法で魔術を覚えられたら私達の立場がない……」
『カーン カーン』
絶句した私の耳に、甲高い鐘の音が響いた。
それが合図なのだろう、竪穴を閉じていた蓋が内側からずらされ、疲弊しきった顔の少年少女が這い出してきた。
「ご苦労。3時間休憩だ」
へたり込んだ訓練生達に向かって教官は横柄に言い放つ。
と。
「……タック! タックッ!」
金髪の少女が、一つの竪穴の傍で蓋に手をかけ、叫んでいた。
どうも、合図があったのに蓋があかない竪穴があるらしい。つまり、出てこない訓練生がいたのだ。
金髪の少女を中心に訓練生たちが寄ってたかって蓋を開け、中の訓練生を引っ張り出していく。
「タックっ。しっかりしてっ」
「……ぁ……」
引っ張り出された少年は、金髪の少女の腕の中でぐったりしていた。目が虚ろだ。
「ちっ。壊れたか? そいつは放っておけ! あとで処置しておく」
「教官! タックは疲れてるだけですっ。何日か休めば大丈夫ですっ」
「そんな奴の面倒を見ている余裕はないんだ! 暗鬼はいつ現れるか分からんのだぞっ」
「大丈夫」
「あっ」
見かねた(もう、本当に見ていられない)私は金髪の少女からそっと少年を抱き寄せた。
体温が極端に下がっている。
背負い袋からポーションサーバーを取り出しカップにヒールポーションを注ぐと、彼の口元へ近づける。
「頑張って、これを飲みなさい。……頼むから飲んでくれ」
「……ぁ……ぅぅ……」
薄い桃色のポーションは半分ほど胸元へこぼれていったが、彼の喉はしっかり動いて薬液を飲み込んでいた。
『D&B』のルールによれば、ヒーリングポーションはヒットポイントが減るようないわゆる怪我を治す以外にも、毒や恐慌などの状態異常を一つ治癒させることができる。
「……はっ……うう……あ、れ……?」
少年少女が固唾を飲んで見守る中、タックの顔は徐々に生気を取り戻し、弱弱しいが意思の光が瞳に戻った。
私はタックを金髪の少女に預けると、教官に向き直った。
「あ、あのぅ……」
「見てのとおり彼は少し休養すればまた訓練に復帰できる……教官である貴殿の教育が行き届いているようだな?」
「あ……そ、そう、ですね。ありがとうございます。……おい、そいつを宿舎に連れていけ!」
教官は上司であるヤーマンたちへちらちら視線を向けながらようよう言った。
少女や、訓練生たちがまだぐったりしたタックに肩を貸して引き上げていく。その前に、少女がぺこりと私に頭を下げ、それに習って他の少年たちもお辞儀をしていった。
「やれやれ。余計な手出しをして申し訳なかったな、ヤーマン殿。グリアド殿」
「物好きなことだな」
「いやいやいや、余計なことなどとんでもない! ……しかしよくまぁ、あんな高級なポーションを使いましたなぁ」
へらへらと愛想笑いを浮かべるヤーマンを見て、久しぶりに人間をぶん殴りたくなった。
次に案内されたのは島の外周部だった。
美しい湖と砂浜はちょっとしたリゾート地だったが……。
「脚が止まっているぞぉ! 歩け歩け! 兵士は歩けなくなったときが死ぬときだ!」
木材や背嚢を担いだ十人ほどの少年少女が、屈強な兵士に追い立てられひたすら砂浜を行進する光景だった。
確かに同年代の子供に比べるとがっちりした身体つきの子が多いが、見ていて気持ちの良いものではない。
「行軍訓練だ。現在、訓練している三期生はすでに3年の魔術課程は修了しているので、あと1年軍事訓練を施した後、魔術兵として魔術師ギルドに配備されることになる」
「……三期生は80人集まったと言っていたが。今残っているのは?」
「18名がここまでの訓練に耐えて順調に成長している。改善した訓練カリキュラムの効果だな」
耐えられなかった62名がどうなったか聞きたくもなかった。
「私と支部長の計画では、第五期には1人で巨鬼を打倒できるレベルの魔術兵を安定して育成できるようになる予定だ」
「『予定』ね……」
ここに来るまで、私が魔術兵を教えるとかいうギルドからの要請をどうするべきかかなり迷ったのだが、すでに腹は決まっていた。
「テルぅ! また貴様か! 立て!」
腕組みして彼らの『訓練』を眺めていると、最後尾の一際小柄な少年が蹲っていた。兵士が横で怒鳴りつけているが、動けそうも無い。
そこへ、先頭を歩いていた大柄な少年が駆け寄っていく。
「テル、もう少しだから頑張れっ。 お前らも気合入れろっ」
大柄な少年は、小柄な方に肩を貸し引きずるように歩き始めた。もう何度も繰り返された光景なのか、兵士も何もそれを黙認している。大柄な少年の叱咤の声に、他の者もみな「おぉー!」と返していたし、彼がリーダー格なのだろう。
「あれは、ログといって三期生の中ではもっとも優秀な訓練生だ。一期二期の卒業生よりも戦力になる」
グリアドの説明を聞きながら、私は彼――ログの顔をじっと見ていた。
辛い行軍訓練に耐えている……というだけではない。まっすぐに前を睨みつける彼の目には大人顔負けの強い意思の力を感じた。
貧民の中から恐らく金で集められてきたのだろう少年たちの中にも、彼のような者がいるのだな。
「この後は戦闘訓練になる」
「また質問があるのだが……。彼らの訓練は一期や二期より改善したということだが、具体的にはどんな部分を変えたのかね?」
「一期二期は貴族や富裕民の子弟がほとんどで、強い負荷をかける効果的な訓練ができなかった。もちろん、先ほどの銅版のように様々な工夫もしている」
なるほどね。
これは、今後も『改善』は見込めないな。
「今度は提案だ。戦闘訓練ということなら、私が協力しよう」
「何?」
「私は巨鬼や小鬼とほぼ同じ能力を持つ下僕を造り出すことができる。それで、彼らの訓練の相手を用意しようというのだよ」
クローラや支部長には悪いが、今の状況の『魔術兵養成所』を続けさせる気にはならない。
あーそうだよ、私は部外者だよ。君らが苦労して暗鬼に立ち向かう戦力を育成してきたってことは分かるよ。部外者が口出しする権利はない? 道理だね。
だが、それがどうした?
『大魔法使い』は、そんな道理を蹴っ飛ばすためにいるのだ。