仕事の見える化 (地図あり)
想像以上に協力的だったイルドとモーラに見送られて私は街に出た。
懐には、彼に分けてもらった白紙の羊皮紙の巻物がある。
私の容姿についても噂が出回っているのだろう、『謎の大魔法使い』を人々は遠巻きに見ている。最初のときの熱狂的な歓迎はないが、敬意と畏敬が半々くらいだろうか。ユウレ村の人々の視線にはもう少し恐怖の色があったので、あれよりはだいぶましである。
「よし。いくか」
私は、なるべく自信たっぷりに見えるように背筋を伸ばし、悠然と歩き出した。
行き先は、魔術師ギルドだ。道順は流石に覚えている。
「昨日の話を受ける気になっていただけたんですかな?」
出てきたのは魔術師ギルドレリス支部副支部長のヤーマンだけだった。まぁ、今日は別にそれで良い。
私は彼に、支部にある暗鬼に関する資料と、魔術兵を訓練している場面を見せてほしいと頼んだ。
「はぁ……しかしギルドの資料は全て部外者には……」
「『部外者』?」
わざと驚いたように彼の言葉を繰り返すと、腹に力を込めて視線を合わせる。
「細かい規則に拘るのも大事だが、例の件について考えるためにも必要な調査なのだ。協力してくれないか」
これまでの私ならもう少しへりくだっていただろう。しかし悪いが『大魔法使い』として、この程度の交渉でへこへこ頭は下げられない。
「い、いえ別に貴殿が部外者ということではなく……、き、協力者であるのは確かですからな。良いでしょう、すぐに手配します」
「助かる。ヘリドール殿によろしく伝えてくれ」
まずは、暗鬼についてもっと知らなければならない。
ギルドの大図書館で、私はタイトルに『暗鬼』という文字のついた書物や巻物を片っ端から積み上げた。
「うぉぉ、腰が……」
数時間、書物に集中していた私は鈍い痛みに気付いて呻いた。
実際、中身はCON(耐久力)16のジオの身体なのだからこの程度はなんてことないはずなのだが、久しぶりの書類仕事に力が入り過ぎたらしい。
「しかし、暗鬼については、ほとんど何にも分からんようなものだな、こりゃ」
私は、巻物に記入した暗鬼についての情報を眺めながらぼやいた。
暗鬼について記した書物は数多かったが、これまで聞いたことのある情報以外は、ほとんどが『不明である』で終わっていた。国や社会をつくることなく、『巣』から生み出され次第、自分が倒れるまで人間を襲い続ける……ファンタジーというよりSFのモンスターだ。
ただ、収穫もいくつかあった。まずは『大繁殖』という用語。
これは、いわゆる『暗鬼の大量発生』を示す。
一度起きると国の一つや二つは簡単に滅ぶ大陸規模の災厄である。『大繁殖』はこれまでに二度起きていた。
イルドに貰った巻物に記したメモには『815年 最初の『大繁殖』が起こる』とある。ちなみに暦は北方の王国の建国歴だ。
今年が建国歴で1300年らしいので、500年以上前のことだ。大陸の東半分がほぼ暗鬼に滅ぼされるほどの被害があったという。
この時、どうやって暗鬼を駆逐したのかは良く分かっていない。人間が魔術を発明したこと、『神兵』という存在が味方をしたこと、とどめに『勇者』が極大の暗鬼の巣を破壊したことが勝因として挙げられている。神兵に、勇者ねぇ……。この時の暗鬼の巣の場所、つまり『大繁殖』の発生源は『地の災いの谷』という場所だったらしい。
続いて、『1134年 二度目の『大繁殖』が起こる』だ。これが、カルバネラ騎士団が大活躍したという暗鬼との戦いのことだろう。『地の顎』という洞窟から起こったこれは、最初の『大繁殖』の半分以下の規模だったそうだが、それでも大陸中央部の国や都市が滅ぼされ、北方の王国が分裂する切っ掛けとなった。
この時も、人間やエルフ、ドワーフなどの連合軍が曙の平野(今は黄昏の平野)の会戦で暗鬼の軍団を打ち破り、優秀な冒険者のパーティが何組も『地の顎』に突入してやっと巣を破壊したのだという。最初の『大繁殖』に比べてこちらは記録も詳細だった。最初の『大繁殖』は伝説、二度目は戦記、という感じだな。
二回目の『大繁殖』以降も、大陸各地で数年に一度のペースで暗鬼の巣は発生しているようだった。この10年間が例外的に平穏だった、というのはその通りだったな。
「伝説も入れれば一応、二回は連合軍を結成しているわけか」
私は屈伸したり腰を伸ばしながら呟いた。前例があるというのは、良いことだ。
「思わぬ発見もあったしな」
白紙だった巻物に書き込んだ図を見ながら私はにやついた。
『セディア大陸中央部』と題された地図である。
確かに、リュウス湖を中心として、四方に四つの国が存在している。レリス市を含むリュウス同盟が交易の拠点として栄えるのも分かるな。同時に、アンデッドの巣窟になっている『黄昏の平野』、最初と二度目の『大繁殖』の起点となった『地の災いの谷』に『地の顎』といった、ファンタジーにつきものの不吉系名所の場所も明確になった。
「こういうの、八木がよく方眼紙とかに書いてたなぁ……」
つい、学生時代を思い出して遠い目になってしまう。が、そこで両手で頬を叩き、気合を入れなおす。
これが、ゲームではなく現実に私が助けたいと思っている『世界』なのだから。
フリーツールで必死こいて作ってみました。
なお、この地図は『主人公が書き写したもの』ですので、今後、新しい地形や都市などが追加される可能性がありますのでご注意ください……。