実験
『【敵意看破】~。さて、その貴族は本当に味方なのかなぁ~?』
『ちっ。なんでそうすぐ人を疑うんだ? 人間同士、少しは信じ合おうとは思わないのか?』
『いいから呪文の効果を判定してくれよGM』
『はいはい。ジオの目には貴族の姿が光って見えたよ。これで満足か?』
『やっぱな。でも、敵意があることは分かったが、どの程度の敵意なんだ? ムカついてるってだけ? それとも、こっちを殺そうとしているのか?』
『さぁーーーどうですかねぇ?』
くそ、頭の中でGMの昔の台詞が蘇った。
【敵意看破】の呪文は確かに相手の敵意を感知するが、『どの程度の』敵意かまでは分からない。最悪、いきなりキレて攻撃してくる可能性だってあるということだ。
などと考えていると。
カタカタ、と硬い音がすぐ傍から聞こえてきた。私の前に立って魔力感知のアイテムを突き出していた少年と少女が歯を鳴らす音だった。顔色も青い。
私の横に寝そべったベビーレッドドラゴンに怯えているのだろう。ベビー、といっても人間の頭くらい一噛みで喰いちぎれるモンスターだ、怖くて当然である。魔術師たちの方を見れば、ギルド長とクローラ以外の二人も、ドラゴンが襲い掛かってこないか心配している顔だった。
「怖がらせてすまなかったね」
なるべく穏やかに声をかけ、ベビーレッドドラゴンに対して【魔力解除】を使う。赤い巨体が薄くにじんで消え去ると、2人は大きく息を吐いて緊張を解いた。
「出すのも消すのも自在か。凄まじいな、今のが幻覚ならば良いと思ってしまうほどだよ」
ヘリドールが片手を振って少年少女を呼び戻してから言った。にこやかな表情だが、呪文の力で敵意は誤魔化せない。
「また出しても良いがね。……とにかく、『魔法』があるかないか、という議論はもう終わったと思って良いかな?」
「ああ、もちろんだ。その上でもう一つ重要な質問がある」
クローラも前に聞いたあれか。魔法が、私固有の能力なのか、人が学習して覚えられる技術なのか、という話だ。
……自分でも分からないことをどう答えれば良いのか?
表面上は、ヘリドールは後者であることを期待しているようだが。……とりあえず、その線で話してみるか。
「私の魔法を、技術として伝達できるかどうか? かね?」
「まさにそのとおり! 我々『征服派』の魔術師は、魔術とは暗鬼と戦うために創造者が人間に与えた技術だと考えている。その魔術を強化できる機会があるのならば、全力で取り組むのが魔術師の本分というものだ」
んん? 征服派に、創造者。いかんな、また知らない言葉だ。これは後でクローラにでも聞こう。しかし、魔術が暗鬼と戦うための技術というのは私からすればありがたい話だな。
「その答えについては、分からない、としか言いようがない。ただ、私がどうやって魔法を使えるようになったのか説明することはできる」
「おおっ」
ヘリドールや他の幹部二人は喜色を浮かべた。
しかし、あいにく彼の敵意が消えていない。
数十分後。
「なるほど……。驚くべき秘儀だな」
「魔術盤や魔術文字のように、視界に自然に浮かび上がるのではなく、自らが心の中に潜る、ですか……」
私は魔術師達に、『魔法の設定』について一通り説明し終わった。よくもまぁここまで細かく設定したものだと、我ながら呆れる。もちろん、『内界』をイメージする修行法や魔道門について、『準備』についてなど、要の部分は濁してある。
それでも、魔術師達にはかなりのカルチャーショックだったようだ。正直、彼らは本物の技術を何年もかけて磨きあげてきたのに対し、こちらはゲームをやっていただけなのでかなり気まずいものがある。
「マルギルス殿のいうことが本当なら、魔術と同じくなるべく若いうちから修行しないと習得するのは難しいのでは?」
「そうだな……」
副支部長と支部長がなにやらごにょごにょと密談を始めた。
聴覚を強化して密談を聞くことも、いっそ心を読むこともできないわけではないのだが……まだ捨てきれない日本人としての倫理観と、彼ら魔術師の努力に対する罪悪感のためそこまで踏み込めないでいた。
「どうだろう、マルギルス殿?」
悩んでいると、ヘリドールが朗らかに提案してきた。
「まずは、実験をしてみないか?」
「実験?」
「そうだ、魔法の初歩の初歩でいい、教えてみてくれないか? それが一番早いと思う」
「まぁ……確かに。しかし時間がかかるが?」
何年もかけて修行して、結局この世界の人間には魔法は使えません、なんて結果になったら申し訳なさすぎる。それに第一、彼に本当に『魔法の使い方』を教えて良いのか確信が持てない。……今のところ『教えちゃダメだろ』にかなり傾いているしな。
「実は、この支部では魔術学校を運営しているんだ。そこでは今、私が考案した新しい魔術の教育方法を実践していてね。その為に多くの人材を集めてもいる。彼らに、貴殿の魔法を教えてみてもらいたい」
「ヘリドール! いえ、支部長! それはまさか……」
ここで、初めてクローラが口を挟んできた。鋭い声だったがヘリドールは涼しい顔だ。
「彼ら『魔術兵』なら、いくらでも実験に使ってもらって結構だ」
そういってヘリドールが示したのは、先ほどから付き従っていた黒い制服の少年と少女だった。
いよいよ話がややこしくなってまいりました。
自分でもどこか破たんしてるところがないか心配ですが……。何かお気づきの点があればご指摘ください。
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