魔術師ギルドで
クローラの助言を検討してみよう。
どう考えても、三つ呪文を唱えるまで待つ、といっているように聞こえる。
まるで敵陣に乗り込むような話だが……クローラは魔術師ギルドが私と敵対すると予想しているのだろうか?
私としては、対暗鬼のために協力関係を築きたいのだが。それにもしかすると、『見守る者』についても何かわかるかもしれない。
「……まぁ用心しておくに越したことはないか……」
私の感覚はまだまだ現代日本の倫理観がベースになっている。ここは彼女の助言を素直に受け取るとしよう。
まずは、【敵意看破】。自分に対して敵意を持つ者が光って見える、という呪文だ。正直、これを使うのは倫理的に抵抗がある。敵意であっても、心を覗くとか操る類の呪文はまっとうな社会人の感覚でいえば反則行為なのだから。
それに、一般的なTRPGでは、プレイヤー側がこの手の呪文を連発すると序盤であっさりと敵の黒幕が分かってしまってシナリオが崩壊するので、GMからはあまり歓迎されない呪文なのだ。……いや、これは別にどうでもいい。
続いて【見えざる悪魔】、【緊急発動】を使って準備は完了した。
いかん、三十秒過ぎた。
「では、参りますわよ」
何事もなかったように冷静なクローラに先導され、最上階の広間へやってきた。
広間は円形でちょっとした体育館くらいの広さがあった。建物の外観と同じ黒ベースの配色で威圧感がある。ドームになった天井にはステンドグラスが嵌められ、壁には魔術文字らしき図柄の織物が飾られていた。
テーブルには魔術師が三名、すでに座っている。
真ん中の一人が立ち上がった。
「ようこそ、魔術師ギルドへ。私がレリス支部長、首席魔術師のヘリドール・サイラムだ」
装飾の多いローブを着た男性だ。年は30代中盤くらいだろうか。金髪をオールバックにしたかなりの美丈夫である。片手には、魔術師ギルドの紋章が彫刻された杖をもっている。いかにも自信ありげで、気さくな表情と態度だ。売り出し中のベンチャー企業の若手社長とかが、よくこういう雰囲気を出していたな。
「ジーテイアス城の魔法使いジオ・マルギルス。お招きに預かり光栄だ」
そろそろ慣れてきた口上を述べ、一礼する。『ジーテイアス城の』をつけられるだけかなり気が楽だった。住所不定じゃないって素晴らしい。
「いや、お目にかかれて光栄ですよ」
「よろしくお願いいたします」
ヘリドールの左右の人物も順に挨拶する。第2席で副ギルド長のヤーマンに、第3席のナサリアと名乗った。
ギルド長ヘリドールの背後に、黒い制服に槍を携えた男女がいたが、彼らについて説明はなかった。護衛だろうか。
「さあ、遠慮せず席についてくれたまえ」
幸い、【敵意看破】で光って見える人物は今のところいない。
私は円卓につき魔術師たちと向かい合った。クローラは無言で第3席の女性の隣に座る。
綺麗な装飾が彫り込まれた木製の椅子に悠然と身体を預け……るふりをしながら、彼らの様子を窺う。
リラックスしている様子なのは支部長だけで、あとはみな顔を強張らせていた。クローラは無表情。
「貴殿はずいぶん遠方からこちらにいらしたとか? レリス市は如何でしたかな?」
「見事な街並みでしたな。人々にも活気があり、良い街かと」
まずは軽い世間話か。研究しか頭にないタイプではなさそうだ。
「レリス市の名物は運河に大水門、それに船上舞だ。是非、楽しんでいってもらいたい」
「ほうほう」
船上舞? なかなか楽しそうだ。
「支部長、そろそろ……」
「ふむ、そうだな」
他愛のない会話を続けていると、副ギルド長がヘリドールに耳打ちした。トップと重要な客(のはずだ)のやりとりに水を差すナンバー2か。たぶん、仕込みなのだろう。仕込みでないとしたら、組織としても魔術師ギルドにはあまり期待できないかもしれない。
「申し訳ないが、そろそろ本題に入らせてもらいたい。率直に聞くが……『魔法』とは、一体何なのだね?」
想定問答どおりの質問だった。レリス市までの道中、頭の中でひねっていた台詞の出番だ。
「お答えしよう。魔法とは、自らの心を回路として、世界の外から混沌のエネルギーを汲み上げ、制御し、世界の理を変革する技である、と」
八木、お前と私が考えたローカル設定がついに『D&B』を超えたぞ。私は、かつて共にTRPGを楽しみ仲間内のオリジナルワールドや設定を考えたゲームマスターに呼びかけていた。自分で言っておいてなんだが、そうでもしないと恥ずかしさで体中をかきむしりたくなる。
「「「…………」」」
魔術師ギルド幹部三人は黙り込んだ。やはり、常識以外の理屈を聞いて胡散臭いと思ったのだろう。
やがて、ヘリドールが神妙な顔で口を開いた。
「魔術とは、隠された自然の力である魔力を扱う技術だ。つまり、あくまでも世界の理に則った技術だと考えている」
氷の矢や風の壁を生み出すのも、もともと世界がそういう風にできているに過ぎないという考え方か。やはり、魔法とは真逆だな。
「マルギルス殿、申し訳ないがいま我々が確信できるのは、貴殿に魔力がないということだけだ。しかし、クローラの報告や……カルバネラ騎士団、冒険者ギルドからの情報でも、貴殿が暗鬼の軍団を打ち倒すほどの大魔術を使用したのは間違いない……」
そういえばアルノギアが市の評議会に、セダムは冒険者ギルドに報告するといっていたな。そのあたりは情報共有をしているということか。
「我々としては驚愕するほかない。これまでとまったく違う理論によって魔術が行使できるというのはね」
「それは私も同じだな。私にとっては魔法が当たり前で、魔術こそが驚異の技術なのだから」
「貴殿にとってもそうなのか?」
「もちろん。是非とも、魔術について知りたいと思っている。魔法についての情報も、可能な限り提供させてもらおう」
向こうがこちらを警戒しているなら、先に協力的な態度を見せておいた方が良さそうだ。『仲良くしたいんですよ』という雰囲気が出ていることを祈りながら申し出てみた。
幸い、ヘリドールをはじめ魔術師たちは私の言葉に大きく頷いていた。
「それはありがたい。ではさっそくだが……」
「とにかく一度、『魔法』を見せてみろ、ということかな?」
あまり卑屈に見えても後々足元を見られそうで良くないな。一応、こちらもある程度尊大に頷く。
「人を石に変えたり、隕石を落としたりできるということですよね……本当なのですか?」
第3席のナサリアが遠慮がちに聞いてきた。
「いやあ、すいません。貴方を疑うわけではないんですが……。ただやはりこの目で確認してみたいということでして……」
幹部たちの中では一番年長の副ギルド長が慌てて言い添える。
まぁ、分かっているんだが。
さすがに、行く先々で隕石を落としてまわるようなのは嫌だな。
「お望みなら見せてもいいが、もう少し穏当な呪文が良いと思うね」
自分としては友好的な笑みを見せながら、魔術師たちにうなずく。
「ああ、すまないね。クローラの話だと、貴殿はドラゴンや暗鬼を生み出すことができるとか? まずはそれを見てみたい」
「ふむ……良いだろう」
「それで、申し訳ないのだがこちらで少し観察させてもらっていいだろうか?」
「もちろん、構わない」
「ご協力に感謝する。では……」
支部長は背後に控えていた槍を持った男女……よく見れば中学生くらいの少年少女だった……にあごをしゃくった。彼らは無言で私に近づくと、懐から水晶製らしいメダルを取り出してこちらに向けた。副ギルド長が額の汗をぬぐいながら説明する。
「そ、それは微量な魔力でも感知できる道具です。危害を加えるようなものではありません」
「なるほど」
結局まだ疑われているということだろう。【敵意看破】に反応はないし、万一、何かの罠だった場合でも事前に使っておいた呪文で対処できるはずだ。
「では」
私はあえてウィザードリィスタッフを机に置いて立ち上がった。
『内界』の自分をイメージし、自分に魔道門を潜らせる。現実の私の目の前では、少年と少女が突き出したメダルには何の変化もない。クローラ以外の魔術師も固唾を飲んでいるのが分かった。
『内界』の私は混沌の領域へ向かう螺旋階段を下り、第9階層の呪文書庫に入った。目当ての呪文の書かれた書物に触れ、そこに込められた混沌の力を解放する。
「この呪文により、1体のベビーレッドドラゴンを創り出し30分の間使役する。【全種怪物創造】」
「おおおっ!?」
「ひぃっ!?」
詠唱が終わると、混沌の力は深紅の奔流となって広間の中央に渦巻き、一体の赤い竜となった。
以前作ったスモールよりもさらに小型のベビードラゴンだが、牛ほどの大きさでありパフォーマンスとしては十分だろう。
「ギュォォォッ!」
ドラゴンは一声吠えてから、私の支配下にあることをアピールするかのように体を伏せる。
「……お、おいっ。感知器に反応は!?」
「反応ありません」
副ギルド長に答えた少女も、声が震えている。
「いやあ、素晴らしい! 本当に魔力を使わなくてもこんなことができるのか! この謎を解明できれば、魔術の歴史が一気に千年進むぞ!」
ギルド長ヘリドールが、大げさに拍手しながら言った。
「それは喜ばしい」
一方、私は言葉と裏腹に暗澹たる気分だった。
【敵意看破】をかけた私の視界に映るギルド長の姿は、禍々しく輝いていた。