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モーラとクローラ

「ジオさぁぁん!」


 日焼けした少女の柔らかい身体が思い切り密着してきた。これが20年、いやせめて15年前なら男性として嬉しい心地になったのだろう。


「やあ……モーラ。久しぶりだ。まさかこんなにすぐに会えるとは思っていなかったがね」


 見かけ40代、中身も40代の私からすれば所詮、子供に懐かれているだけの話だ。一瞬、言葉に詰まったのは、彼女をさん付けで呼んでいたことを思い出したせいである。幸い、特に不満ではないようだ。ほっとした私は、茶色の頭をくりくりと撫でてやりながら紳士的に身体を離す。


「だって! ジオさん、暗鬼の巣を壊したのに全然きてくれないし! それに山賊にとられた積み荷も騎士団の人が運んできてくれて……。もしかして私に会いたくないのかなって……」

「そんなわけはない。モーラには世話になったわけだし。イルド氏に用事もあるしね」

「え、そんな……お世話になったのは私の方で……」


 客観的に見ればそうかも知れないが、私にとってこの世界セディアで初めてできた知人(ジャーグルや山賊は除外してもいいはずだ)だし、彼女に信用してもらったときの嬉しさは忘れていない。


「大魔法使いさま……。なんてお礼をいったらいいか……」

「お嬢様は、貴方様がいつこられるかと思って外出のたびにこちらに寄っておられたのです」


 モーラの背後に控えていた温厚そうな壮年の男女が深々と頭を下げた。物腰からいって、モーラのお付きの使用人だろう。


「大した手間ではなかったから、気にしないでくれ」

「さ、うちは交易通りの方なんです! 父も会いたがってましたっ! いきましょう!」


 モーラが当然のように腕を引っ張ってくると、その前に立ちはだかる影があった。


「……モーラ? 悪いのですけれど、わたくしたちはこれから用事がありますの」

「そうなんですか? 行ってらっしゃい。ジオさんはこっちですよ」

「私たち(・・)と言っているんですわっ!」


 クローラは私の逆の手を掴んで引っ張り出した。

 なんだこれ。

 美女と美少女が私を巡って争っているのか?


 モーラの好意はあくまで頼りになる大人……いわば親戚の叔父さんや教師に対して持つような好意だろう。クローラに至っては魔術師ギルド所属という立場からくる義務感でやっているだけだ。まあ、大負けに負けて友人としての好意くらいはあるんだろう。


 こういう状況をモテてると誤解して人生踏み外した悲しい生き物(中年男性)を私は何人も知っているんだ。


「あ、あー、モーラ。すまない、魔術師ギルドの方もずいぶん待たせてしまっているんだ。……面倒なことは先に済まして、あとでお邪魔してもいいかな?」


 さすがにここで優先順位を間違えるほど優柔不断ではない。


「あっ……。ご、ごめんなさいっ。きっと何か、難しいお仕事とかあるんですよね?」

「まぁそんなところだ。終わったら必ず伺うから、イルド氏にもよろしく伝えておいてくれ」

「はいっ、分かりました! うちは交易通りで一番大きい店だからすぐにわかります! 待ってますね!」


 モーラは折り目正しくお辞儀をして、笑顔で立ち去った。にこにこ嬉しそうに微笑む使用人2人も、何度も頭を下げてから彼女に従う。

 いまだに私たちを取り巻いていた群衆も、このころにはだいぶ減っていて、最後に衛兵が気を利かせて解散させてくれた。

 彼は「大魔法使い様のご活躍は、吟遊詩人もさっそく英雄詩にして歌っているほどであります!」と、最後に余計な豆知識を教えてくれたが……。




「これ以上悪目立ちしたくないんだが……。それにしても、こんなにすぐにモーラと会うとは思わなかったな」

「それは、ようございましたわねぇ……」

「よし、ではさっそく行こう。魔術師ギルドへ」


 クローラの青筋がかなり危険な水準に達していることに気付いた私はすぐにきびきと歩き出した。




 レリス市の、少なくとも大通りは清潔で快適だった。

 足元は石畳でところどころモザイクの模様まである。行きかう人々は鮮やかに染色された服装で、裸足のものなどいない。服装は基本的にシンプルだったが裕福そうな人々は帽子やショール、マント、腰帯などで飾っている。


 通りの人々は私には気付かなかったが、中にクローラに手を振ったり、お辞儀していくものもいたから、彼女もやはり著名人なのだろう。

 建物は石と木の組み合わせが多く、ほとんどが三階建て以上だ。市壁に囲まれているという関係上、建物同士が密集し上に伸びる……このあたりは、ファンタジーTRPGなどで聞いた話と同じなのかも知れない。


「……むっ」


 しばらく、クローラの後姿を見ながら歩いていたが、突然あることを思い出して視線を上げる。


「……」

「何を、そわそわしてるんですの?」


 私が高い建物の窓や空を見上げながら歩いていることに気付いたクローラが聞いた。


「いや……昔、聞いていた話だと、大きな町では窓から汚物を捨てているというので……」

「……はぁ?」


 何と、レリス市や一定以上の規模の都市では下水道が整備されているのだという。特に、リュウス湖という水源に恵まれたレリス市では一部には上水道まであるのだとか。


「どこのローマ帝国なんですかねぇ……」


 まぁもともと、私の知る現実の……いや、もとの世界の中世と、この世界セディアが同じと思う方がおかしいということか。『彼』もラノベ風異世界とか言ってたしな……。


「そういえばこの街の人口はどれくらいあるんだ?」

「確か、何年か前に名簿を調べたら二万五千人ほどだったはずですわね。市民権のない方々も含めれば三、四万人以上ではないかしら」


 四万か! 確か中世のパリが二十万人でヨーロッパ随一だったというから、大都市といって良さそうだ。そんな大都市がほいほいあるのだから、基本的な文明レベルは中世ヨーロッパよりかなり高いのだろう。


 ……それにしても、その大都市から歩いて数日のところにあんな暗鬼の巣があったのか……やばかったなぁ。



 などと話しながら歩いていると、中央広場から少し奥まった大きな建物の前に到着した。都市の事情も鑑みず、周囲に高い塀を張り巡らした黒い屋敷……ほとんど城と呼んでも良い重厚さだ。

 正門には、四本の杖が幾何学的に組み合わされた紋章が飾られている。

 魔術師ギルド、レリス支部だった。


「第5席のクローラ・アンデルですわ」

「はっ! お待ちしておりましたっ」


 市の衛兵とは違う軍装の門番にクローラが名前を告げると、即座に門が開かれ、VIP待遇で建物内の客間に通される。衛兵や、案内してくれた使用人の態度からすると、どうも私のことはすでに知っているようだ。

 クローラは、ギルドの幹部たちに私についての報告をするために一時別行動になったが、待つほどもなく客間にやってきた。


「良いですこと? マルギルス……ジオ」

「何かな?」

「これから、貴方をギルド支部長たちのところへ案内しますわ。貴方のことは事前に手紙で伝えていますし、先ほども報告いたしましたが、それは全て、『私がこの目で見た』ことだけです」


 ん? つまり私が彼女にした魔法についての説明なども上層部に伝達していないということか? ホウレンソウはしっかりしないとまずいのではないかな?


わたくし個人としては、貴方と魔術師ギルドが良い関係を結べることを祈っております。しかし……彼らが、貴方をどう扱うかはわたくしには分かりません。もちろん、無体なことをなさる方々ではありませんが……」


 彼女は客間のドアを開けながら、振り返って私を見た。


「ドアの外で30数える間、お待ちしますわ。……ドアを出たら、(わたくしは冒険者でも貴族でも……友人でもない、魔術師ギルドの一魔術師だと思いなさいな」



 ドアは閉じられた。


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