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レリス市へ

 翌日。

 ジーテイアス城の地下倉庫である。


「【鉄の壁(ウォールオブアイアン)】!」


 私の呪文によって、背丈よりも高い鋼鉄製の箱が出現した。

 継ぎ目すらなく『開く』ことのできない完全な立方体の内部には私が背負い袋インフィニティバッグから出した財宝の一部が納められている。


「……これ、どうやって中身を取り出しますの?」

「必要な時は【破 壊(ディストラクション)】で箱ごと壊せばいいから」


 私の返事にクローラは呆れきった顔で肩を竦めた。呆れたのは私の口調が砕けすぎたためではないだろう。

 別段、2人きりで一晩明かしてなさぬ仲まで発展したとかそういう色っぽい話ではない。単純に私の彼女に対する認識が、『知らない人→現場でチームに居た同業者→個人的な仲間』くらいに変化してきたというだけだ。彼女も気にした風はない。


 仕上げに、【大地を変える(リノベーション)】で前回同様に城を持ち上げてから、私達はレリス市に向けて出発した(流石にこの体たらくでもう一晩ここで過ごす気にはなれなかった)。




 遥か北方の王国(シュレンダル)からレリス市、ユウレ村まで繋がる街道は『法の街道』と呼ばれているそうだ。


 前にセダムに聞いたところでは、北方の王国(シュレンダル)が最大の版図を誇った200~300年前に大陸全土に設置されたのだという。暗鬼の大発生から始まった混乱で北方の王国(シュレンダル)が衰退、分裂し現在この地方はリュウス同盟の統治下にある、云々。という話を聞いた時には、『なるほど、ファンタジーでありがちな超古代文明か』と思ったものだが、実際は常識の範囲内の規模だった。

 ただし、実質的な支配権は失っているが、最古の文明国ということでその権威は大変なものらしい。カルバネラ騎士団などは今でも北方の王国(シュレンダル)の王家に忠誠を誓って(しかし税は納めていない)いるというし、クローラも『アンデル家の血筋も北方の王国(シュレンダル)まで遡れるのですわ』と自慢そうだった。戦国時代の室町幕府みたいなものだろうと私は思った。



 クローラが幻馬の二人乗りで街道を進むことを嫌がったので、徒歩でのんびりと『法の街道』を旅した。

 なだらかな起伏があるものの概ね平坦な街道は歩きやすく平穏だった。たまに牧童が追う家畜の群れや隊商、旅人とすれ違うが、みなリラックスした表情だった。確かこの街道は以前から山賊も出没していたはずだが……と、不思議に思って一緒に野営した商人に聞いてみると『このあたりに偉い大魔法使い様が住まわれることになったので、悪党共は逃げ出したって話だよ』と、親切に教えてくれた。

 情報伝達早すぎるだろう! と、思ったが後の祭りである。まさか騎士団長あたりがわざわざ噂を流しているんじゃないだろうな?

 幸い、『偉い大魔法使い』の細かい容姿までは伝わっていなかったようだった。


 なんだかんだで、こんなにのんびりとただ只管歩く、というのは何十年かぶりだ。いや生まれて初めてといっても良い。中欧あたりを思わせる牧歌的な光景を眺めながら、口うるさいとはいえ美女と旅をする……なんだかしみじみと、転移して良かった、と思ってしまった。職場の仲間や友人たちには申し訳ないが。




 ジーテイアス城を発って三日後。

 いくら穏やかで楽しい旅路でも、単調な景色が延々と続くとさすがに飽きてきた。まったく、これだから現代人は困る。

 そんな時。


「あの丘を登りきればリュウス湖とレリス市が見えてきますわ」

「おおっ!」


 クローラの言葉に私は年甲斐もなく急ぎ足になり、穏やかな勾配をぐんぐん上っていった。確かに風が水気を帯びているのを感じる。頂点にたどり着くと、視界が一気に広がった。


「うぉぉ……」


 海だ! 最初は本気でそう思った。

 恐ろしいほど広大な水面の青さが視界を覆った。これがリュウス湖か。対岸が霞んで見えない。前に琵琶湖を展望台から眺めたことがあるが、確実にそれ以上だろう。


「すごっ! 城砦都市!」


 そして、街道の先にはレリス市が、湖に寄り添うように広がっていた。堅牢な石壁が、二重にぐるりと市街を取り囲んでいる。湖に接する部分は港になっていて、大型の帆船らしき影も見える。市街の建物はほぼ石造りらしく、屋根の色がカラフルで目を楽しませた。

 まさに城砦都市。白剣城を見たときも興奮したが、このスケールは桁違いだった。


「……ちょ、早すぎですわっ!」


 背後から、汗だくのクローラが非難がましくいったが気にならない。気にはならなかったが、まあ確かに悪かった。


「すまん。早くレリス市を見たくてな」

「い、良いですけども……。しかし貴方、そのお年で健脚ですわね?」

「そのお年は余計だ」


 彼女には言っていないが、私のブーツは『トラベリングブーツ』というマジックアイテムでその気になれば乗用馬と同じペースで歩き続けることができるし、疲労もしないようになっている。だからこの年でも、徒歩の旅が苦痛ではなかったのだが……。これもしかして健康には良くないかも知れないな。




 レリス市は豊富な水源を活かして水堀に囲まれていた。

 二車線ほどありそうな大きな跳ね橋がかかっており、隊商や行商人、荷車を引いた農民などが大勢行きかっている。


 『法の街道』はユウレ村へ向かう東だけでなく南北にも伸びているようで、人の数はこれまでと桁違いだ。

 跳ね橋の先の大門は開放されていたが、当然、衛兵が警備と入市審査を行っている。衛兵はお揃いの鎖帷子に兜、小剣に槍というお約束の装備だが、動きがきびきびしていて士気は高そうだ。

 二十分ほど並んで、私とクローラは警備兵の前に立った。大門の向こうは美しい石畳の広場になっていて、噴水のまわりで吟遊詩人らしき男女が楽曲を奏でていた。


「……ほら、名前と身分と宿泊先をお書きなさい」


 大門の向こうに気をとられていた私をクローラが肘でつつく。衛兵が苦笑しながら旅行者用の台帳(といっても木の板だったが)を差し出していた。

 ちなみに、クローラは通行証のようなものを提示していた。


「ああ、すまない。……名前は、ジオ・マルギルス。身分? 平民かな……宿泊先は……」


「魔 術 師 ギ ル ド で良いですわよ?」

「あ、はい。じゃあ……」


「ちょっと!?」


 台帳を差し出していた衛兵がすっとんきょうな声をあげた。


「ジオ・マルギルス!? 間違いないですか!?」

「……そうだが」


 うん。そういえば、私の噂が結構広まっているんだった。……なんだか嫌な予感が。


「じゃあ、大魔法使い様ですね!? カルバネラ騎士団を助けて暗鬼の巣を破壊した!」

「なんだって!?」

「大魔法使い様!?」

「ジオ・マルギルス様だ! 英雄だ!」

「暗鬼を倒した大魔法使い様だっ!」


 衛兵だけでなく、後ろに並んでいたものや大門の内側の人々まで口々に叫び出した。うぐぉ。恥ずかしさで顔が赤くなってくる。


 ……私は一瞬、群集にもみくちゃにされるものかと身構えたのだが、人々の動きは予想外だった。

 私とクローラ(それと衛兵)を中心に人々の輪ができて取り囲まれ、熱気の篭った視線を向けられる。


「……なんだか見た目は普通だな……」

「でも黒い髪は珍しいぞ……」

「そりゃあ、海を越えた国からこられたっていうしな……」

「あれが隕石を撃ち出す杖かな?」


 人々のざわめきが聞こえてくるが、その場から動こうとするものはいない。


「……何か、一言ないと彼らは動きませんわよ」


 クローラはため息をつきながらも案外平然としていた。その一言にどんな尾鰭がつくのやら……とはいえまぁ、仕方がない。これからこの世界で一般人として平凡に暮らすのだけは当面諦めるほかないか。


「……騒がせてすまないな、レリス市の諸君」


 ウィザードリィスタッフを立て、ゆっくり周囲を見回しながらいった。あまり小さい声では届かないので腹に力を込めて……。


「麗しいレリス市を訪問できて光栄だ。……ところで、そろそろ通って良いだろうか?」

「あっ……。し、失礼しましたっ! どうぞ、お通りください! レリスへようこそ!」


 言い方はともかく、極自然と相手を持ち上げる台詞がでるのが中身日本の中年会社員というやつだ。後半は衛兵に視線を向けて聞くと彼を含む全員が一斉に槍の石突で床を打ち最敬礼してくれた。格好良いな。


「では、諸君、すまないが……」


 私が自分の正体を認め、声をかけたことで人々はある意味安心したのだろう。口々に歓迎の言葉を述べたり、お辞儀をしたりしながらも大門への道をあけてくれる。


「さあ、いきますわよ」


 クローラはさっさと歩き出す。思えば彼女は私を魔術師ギルドに招くためだけにここまで付き合ってくれたのだ。私も少しは急ぐべきだろう。

 だが。


「ああああっ! ジオさんっ! ジオさんっっ!!」

「ぐふっ」


 群集の間からするりと飛び出してきた小柄な人物が私の行く手を遮った。具体的にはタックルみたいな勢いで抱きついてくるという方法で。


「ジオさぁぁん!」


 両腕で胴をロックし涙目で見上げるのは茶色の髪の少女、モーラだった。

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