表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/240

夢のマイホーム

「貴殿に、あの砦を住居として提供したいと思っているのだ」


 と、老騎士が私に告げた。

 たった十日程前、私がこの世界セディアに転移を果たしたときに目覚めたのが、あの砦の牢獄だった。それから今まで、山賊を追い払った晩にモーラと、暗鬼の巣を破壊したあとに騎士団や冒険者たちと5日間、あそこで過ごした。なんだかんだで一番印象深い場所である。間取りも直ぐに脳裏に浮かぶ。


 あそこを? 私の家に?


 確かに日本で会社員をやっていたころは築三十年の中古マンション暮らしで一戸建てに憧れていたけれども。


「……も、申し訳ないが少し話が見えないな」

「恥をさらすようだが」


 私が惚けたと思ったのか、騎士団長が苦笑を浮かべた。


「以前、あそこを根城にしていた山賊たちは比較的大人しい部類だった。あの魔術師が頭になってから方針を変えたようだが……それまでは、商人や旅人がぎりぎり我慢できる通行料をとるというやり方をしていたのだ」


 騎士団長が言うには、そのようなやり方の山賊を征伐して、もっと凶悪な賊がやってくることを避けるためにあえて彼らを放置していたのだという。

 確かに恥ずかしい話だな。しかしまぁ、世の中綺麗ごとだけでやっていけないのは分かる。


「つまり、私があそこに住めば治安の維持が見込めると?」

「治安の維持という言葉では足りないだろう。秩序が蘇るのだ。大魔法使いの膝元で悪事を働きたいというものは居ないだろうからな」


 凄い格好良い言い方だが、要するに私を利用したいということには変わりないな。あの地域の治安や秩序を守るのは騎士団の任務のはずだろう。


「失礼だが、私に大して利益があるようには思えない」

「貴殿に何らかの義務を負わすつもりはない。単純に所有していてくれれば、実際に住居として使用しなくても構わない」


 砦はやるが周辺地域の権益をやるわけでもないという意味か。ますますメリットがないぞ。

 しかし、まあ彼らにも予算の問題などがあるようだし、山賊がはびこらないよう協力するのは吝かではないのだが。


「私の勝手な思い込みだが、偉大な魔術師……魔法使いは孤塔に住むものではないのかね?」


 確かに、ファンタジー小説に出てくる大魔法使いとか大賢者が町中に住んでるという話はあまりないな。ユウレ村での騒ぎと村人の態度を考えると、私が人里に住むのは避けた方が良いのかも知れない。


「それに実際、貴殿が雑事に煩わされることなく静かに過ごす場所としては悪くないと思うが?」


 言われてみれば、男の隠れ家としては悪くない物件かも知れない。庭付き一戸建てどころか、森に囲まれた城砦だ。最初の晩、あまりに静けさに驚いたし、星空は最高だった。



「報告では傷みもほとんどなく快適に生活できる設備も整っているという」

 騎士たちと5日も泊まったが不便はなかったな。主塔の上階で樽に湯を注いだ風呂に入ったが、雄大な山と森が絶景だった。


 ……良く考えてみると、背負い袋に入れっぱなしの財宝を保管したり、落ち着いてマジックアイテムの作成ができる場所は必要だよな。

 あ。そういえば予備の呪文書も作らなければならないんだった。


「暗鬼討伐に協力していただいた謝礼としては足りぬかも知れないが、我々の顔を立てると思って承知してほしい」

「そこまで言われては断れませんな」


 うむ。妥当な判断だ。




「はぁ? 貴方、阿呆じゃありませんの?」


 客間に戻った私の報告に、クローラが冷水をぶっかけてきた。失礼極まりないな。


「熟考した結果なんだが。人は近づかないだろうし、静かだし、安全だし、何の問題もない」

「そうではなく! わたくしとレリス市の魔術師ギルドに出頭する話はどうなりますの!? ……っ」


 きりきりと眉を吊り上げたクローラが例によって私の耳を引っ張ろうとするが、華麗なステップで回避した。


「いやいや、静かに作業ができる環境がどうしても必要なんだ。魔術師ギルドは間違いなく訪問するから、もう少し待ってくれないか?」


 何も、男の隠れ家に目がくらんだだけではない。

 私の行動の重要度を考えてみると、人道的な理由により、まず暗鬼についての情報を集めることだ。次に、現実的な理由で、予備の呪文書を作成することとなる。もし、暗鬼の出現に『見守る者』が関わっているとしたらそれは私の問題ということになる。

 呪文書については、これからこの世界セディアで生活していくうえで四六時中呪文書を持ち歩くわけにはいかない。最低でも安全な保管場所が、盗難や破損に備えるためにも予備が必要となる。そして呪文書を複製する作業にはそれなりの材料と費用、作業場所が必要になるということだ。


 重要度においては暗鬼の調査が上だが、現実的には呪文書を複製してからでなければ安心して様々な行動をすることができない。つまり、まずは作業や保管ができる場所として、砦を受け取ることがベストなのだ。

 と、いうことを懇切丁寧に説明するとクローラは実に不満そうにしながらしぶしぶ頷いた。


「それで、何時ごろレリス市に向かうことができますの?」

「暗鬼への警戒体制を解除してからなので、5日後くらいに砦が譲渡されて、その後砦に荷物を置いて、それからかな……」

「で・は! あと7日だけ待ちますわっ! それから絶対にレリス市にきていただきますわよっ!?」

「2人の新居の話だろう? もっとゆっくりすれば良いんじゃないのか?」


 面白そうに私達のやりとりを聞いていたセダムが茶々を入れてきた。彼がこの手の冗談を言うのをはじめて聞いた。危ないな、これが現代日本だったらセクハラで苦情を言われるぞ。


「貴方は魔術師ではないから、そういうくだらない冗談を言っていられるんですわ……。魔術師にとって、この方の存在がどれだけじゃま……いえ、脅威なのか」

「私も魔術には興味があるからな。それ以上は待たせないよ」


 一日では到底呪文書の複製は作れないが、材料を揃える必要もあるしどちらにせよ一度レリス市には行きたいところだ。


「では……わたくしも砦に同行しますわ」

「はぁ?」

「何ですのその顔は!? 失礼極まりますわっ!」


 男1人の静かで優雅な砦暮らしを妄想していた私は、思わず間抜けな声を出していた。




 それから5日間は、白剣城の客室に宿泊していた。

 ユウレ村まで散策にいったり、図書室の蔵書を借りて読んだり、カルバネラ兄妹の訓練を手伝ったりとのんびり過ごすことができた。ユウレ村や騎士団の人々の暮らしは基本的にとても素朴でゆったりしたものだった。ただし普通の村人などからの畏怖の視線は変わらなかった。決して嫌われてはいない、いやむしろ尊敬されているようなのだが……やはり『大魔法使い』としての私は人里で暮らすべきではないのかも知れないと思った。


 セダムをはじめ、クローラ以外の冒険者は3日目に白剣城を離れレリス市へ戻っていった。


「あんたのことは、冒険者ギルドに報告せざるを得ないな。大魔法使いで大英雄だってな」

「ほどほどにしてくれ」


 私と固い握手を交わしながら、セダムは言った。いや本当にほどほどにしてくれよ?


 また、アルノギアとグンナー副長も、レリス市の評議会に今回の事件を報告するといってレリス市へ発っている。




 そして私は呪文で生み出した幻馬に跨り、砦へ向かう山道を進んでいた。

 もとからの道は隕石によって崩れたままだが、騎士団がしばらく砦周辺で活動していたため間道がすっかり整備され、道中は快適だ。


「……二晩だけですわよ! 本当に二晩泊まったら、レリス市に向かうのでしょうね!?」

「分かってるっていうのに……。君も疑い深いな」


 ちなみに彼女は馬を持っていなかったので幻馬の後ろに座っている。


「……暗鬼も、山賊もいないとなれば、こんな自然の中を馬で進むというのは実に気分がいいな」


 初夏の少し強い日差しに緑の木々、さわやかな風。口うるさいとはいえ、後ろに美女を乗せて馬を操る。この数日は、日本にいたころの私から見たら羨ましくて歯軋りしそうな生活を送れているなぁ。


「おぉ見えてきた。我がジーテイアス城が」


 ジオの出身国(という設定)の名を付けた砦が見えてきた。

 つい先日まで騎士団が使用しており、私に引き渡すため隅々まで整備・掃除されていて最初の印象よりもかなり豪華で堅牢に見える。


 昼は手付かずの森、本物の自然の中で山菜やキノコを集めよう。渓流で魚を釣ったり、罠を仕掛けて獣も捕れるだろう。土地は腐るほどあるのだから、菜園を耕すのも良い。


 雨が降ったら主塔の最上階で読書だ。晴耕雨読とはこのことだな。

 夜は町の喧騒とは縁のない静けさを体験できるだろう。

 昼間集めた食材で夕餉をつくる。料理に自信はないが、なに、男の手料理というやつだ。


 現代日本では絶対に見られない、本物の星空を見上げながらゆったり風呂に入る。風呂は樽に湯を注ぐだけだが、そのうち温泉でも掘り当てたい。


「おぉ……」


 まさに世の中年男性の憧れ。悠々自適。究極のスローライフというやつではないか!

 呪文書の複製を作成して暗鬼の情報を集めるという方針に変わりはないし、例えばどこかで暗鬼や『巣』が出現したとなれば駆けつけねばならないだろうが……。

 少しは個人の楽しみを追求したって罰は当たらないだろう。


 のんびりと幻馬を歩かせてきたので、早朝に白剣城を出発して到着したときは夕暮れ近くだった。

 とりあえず夕食にしようと、クローラを広間で待たせ私は居住棟の厨房に向かった。


 限定的だが食事を作り出すマジックアイテムも一応あるにはあるが、そういう邪道な手段は野暮というものだ。


「さて。まずは暖炉に火をつけないとな」


 私は背負い袋から火打石を取り出した。


「? とりあえずこれをここに打ち付ければいいんだな、きっと」


 TRPGの中では数え切れないほど使用した道具だが、実際にこれで火をつけるのはもちろん初めてだ。まあここ数日で、冒険者や騎士たちが野営の時に火をつける様子は見ていたから何とかなるだろう。


「いったぁっっ!?」


 思い切り指の爪を石で打った。


「うぉぉ……いてぇ……」


 爪の痛みが私を少し正気に戻したのかも知れない。

 厨房を見回せば、そこにはかつて日本で見慣れた冷蔵庫もコンロも炊飯器もなかった。


「あれ? これ、結構大変じゃないか?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ