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討伐隊

 客室に戻ると。


「そりゃあ、あんたが悪い」

「まったく、アルノギア殿の面子を丸つぶれにするとは、信じられませんわ」


 セダムとクローラが口々に言った。


「いやしかし、仮にも暗鬼を倒すのが使命の騎士団というから……」

「実戦を想定するというなら、6対20ではなく2対20でやるべきだったな」


 ……ああ、なるほど。それくらいがこの世界セディアの戦いの相場というやつなのか。


「小鬼20体なら騎士6人でも圧倒できたろ。……しかしだ。暗鬼というのは基本的に軍隊で相手をするべき存在なんだ」


 確かに、カルバネラ騎士団は今回の作戦に2個中隊400人以上を出すことになっている。


「そういえば、冒険者の強さというのはどの程度なんです? セダムのパーティなら巨鬼の一体くらい倒せるのか?」


 どうも、セダムとクローラに対しては口調が定まらない。そんな私の問いにセダムは難しい顔をした。


「パーティにクローラが居るときならば、巨鬼を何体か倒せるかも知れないな。そうでなければかなり苦労するだろう」

わたくしは上級魔術まで使えますからね」


 かなり熟練しているように見えるセダムのパーティでもオグル……巨鬼一体にそこまでてこずるのか。


「では、英雄と呼ばれるような人間なら?」

「暗鬼絡みでいうならば、『暗鬼殺し』レードという戦士がいるな。彼なら巨鬼の5、6体は倒せるだろう。岩鬼もいけるかも知れん」

「魔術師で言えば、リュウシュク魔術師ギルド1席のペリーシュラ師なら岩鬼も倒せますわね。アイスコフィンという超級の氷魔術が使えるという噂でしてよ」

「ちなみに、セディアで最高の冒険者パーティは『極炎のカルブラン』という魔術師がリーダーだが。あのクラスになれば、岩鬼が複数いても倒しきれるんだろうな」

「まぁ彼らは北方の王国シュレンダルの王都を拠点にしていますから、いま当てにはできませんわね」


 暗鬼殺しに、魔術師ギルド1席に、極炎か。これがTRPGなら絶対に今後出会うことになる重要NPCだが……。


「むむっ」


 頬をぺしぺし叩いて、くだらない考えを振り払う。これは現実だ。


「このやろうっ! どりゃあっ!」

「兄貴っ! 後ろ! たぁっ!」


 中庭からは、カルバネラ兄妹の雄たけびが響いていた。

 アルノギアや、部下の騎士たちも含めて皆訓練を続けさせてくれと懇願してきたのだ。

 今、私が頼みにすべきなのは……そして、守らねばならないのは彼らやセダム、クローラなのだ。




「せいっっ!」

「グギャッッ!?」


 驚いたことに、出撃までの二日間でリオリアがオグル一体を倒せるまでになってしまった。

 部下の騎士やギリオンとの連携もあったし、オグルは素手だったがそれでも目に見える速度で成長している。


「魔法使い殿っ! 貴方のお蔭です! 本当にありがとう!」


 返り血で汚れながらも、純粋な笑みを見せる彼女は美しかった。


「てめぇっリオ! 調子に乗るなよ!? すぐに俺様が追い抜くからなっ!」

「ギリオン殿は、もう少し部下に指示をした方がいいですよ……」


 ギリオンもそれなりの成長を見せていたし、アルノギアも指揮の最中に迷うことが少なくなっていた。

 彼らも間違いなく、この世界セディアの英雄に成りうる人材なのだろう。

 であればこそ……彼らを犠牲にしてはいけない。




 カルバネラ騎士団第一、第二中隊総勢430名と随員20名からなる討伐隊が白剣城に揃った。

 騎乗したアルノギアや私たちを、騎士団長が見送る。


「……武運を祈る。白き剣に勝利を! 暗鬼に滅びを!」

「「白き剣に勝利を! 暗鬼に滅びを!」」


 と、勇ましく出陣したものの、即座に暗鬼の巣へ殴り込むわけではない。巣の正確な場所すら分からないのだ。

 なので、まず討伐隊はあのジャーグルの砦に向かった。暗鬼を街道や村に近づけないためと、攻撃したあと逃げ出した暗鬼を捕捉するための防衛線の拠点が必要だからだ。


 なお、私たちの前に、警戒を呼びかける伝令がユウレ村とレリス市に向けて発っている。

 直通の山道は私の【隕 石メテオ】で崩してしまったため、細く曲がりくねった獣道を進む。たった数日前だが、私の出発点といえる砦が視界に入ると、懐かしさすら感じてしまった。


「なんだこれ……」


 もっとも、私が【大地を変えるリノベーション)】で断崖の上に持ち上げてしまった砦を見た騎士団一行はそれどころではなかったようだ。



 もとの位置に戻した砦に補給物資が運び込まれた。500人近い総員はもとから収容し切れないが、周囲に野営地を設置し何とか拠点としての体裁を整える。ちなみに、山賊が溜め込んでいた略奪品については、イルド氏のものだけは私が確保し、それ以外は騎士団が接収した。経費節減のために予定していた行動というのが泣けてくる。


「では本作戦について確認いたします」


 主要メンバーを集めた司令室で、参謀のエスピオが作戦のおさらいをはじめた。


「砦を中心に、第一中隊は北、第二中隊は南に警戒線を構築します。期間は3日を想定していますが、延長の可能性もありますので人員の割り振りにはご注意ください。その間に、セダム殿、クローラ殿、そしてマルギルス殿を中心とした精鋭小隊が谷を遡り、暗鬼の巣を発見、破壊します。精鋭小隊はただちに帰還し、警戒線にかかった生き残りの暗鬼の殲滅に強力していただきます」


 つまりこれは、セダムの探索能力と私の魔法の威力に100%頼った作戦だ。もっとも、最初の会議のときは支援だけするつもりだったのだが、訓練の様子を見て考えを変え、強引に変更してもらったのだ。暗鬼と人間の差をあれだけ見せつけられては仕方がない。私の立場を考えると不安もあるが、人死にがでない方法があるのなら、それを使うべきだろう。


「目標である暗鬼の巣については自分から」


 第一中隊副長を務める中年騎士が言葉を続けた。確かグンナーという名前だったか。10年前の暗鬼の巣破壊にも参加したという古株だ。


「暗鬼の巣とは、通常の獣やモンスターの巣とは全く違う概念です。外見は、暗黒の球体、とでもいうべき姿ですが恐らく決まった形はもっていないでしょう」

「うむ……」


 前回の作戦会議で聞いたのだが、暗鬼の『巣』とは『住処』という意味ではないのだそうだ。


「10年前に自分が見たのは、牛ほどの大きさでした。暗鬼は、巣の内側から産み出されるのです」


 何度聞いても実にグロいな。完全に、この世界セディアの暗鬼とは、私がゲームや小説で得た知識の通用しない存在であることが良く分かった。

「確認するが、その『巣』は剣や魔術の攻撃で破壊できたのだな?」


「その通りであります。魔法使い殿」


 まぁ何であれ物理的な攻撃や魔術が通用する相手なら、破壊できないことはないだろう。


「ところで、精鋭小隊ってのは俺達3人だけのことか?」


 セダムが唐突に聞いた。そういえばそれを決めていなかったな。


「私もお連れくださいっ」

「馬鹿いうな! 俺様が行くに決まってるだろう!」

「も、もちろんあたしも行きます!」


 セダムの確認に、アルノギアとカルバネラ兄妹が揃って叫んだ。まぁ、こうなるだろうと思ったよ。巣の場所さえ分かるのなら、私1人でいきたいくらいなのだが……。


「お二人は中隊長ですぞ!? お立場を考えてください!」


 グンナーがアルノギアとギリオンを一喝した。顔に傷もあるし、中々迫力がある。


「し、しかし……」

「ダメだダメだ! 俺様はカルバネラだ! 暗鬼は俺様が倒さなきゃならんのだ!」

「兄貴は黙ってな! あたしだってカルバネラだよ!」


 まぁ、次期団長候補2人が揃って一番危険な場所へ飛び込むというのはナンセンスだろう。騎士団の事情にこれ以上踏み込みたくはないし、黙っていると。


「私としては、ギリオン殿、リオリア殿、そしてグンナー殿に魔法使い殿とともに突入していただきたいと……。第二中隊の指揮は私が代行させて頂きます」

「おお、そうかっ! 参謀もたまには良いことを言うなっ!」

「ありがたいっ!」


 参謀の提案にカルバネラ兄妹は喜色満面だ。アルノギアは軽く唇を噛んでいた。参謀の意見はつまり騎士団長の意見なのだろうが、カルバネラ兄妹に手柄を立てさせても良いのだろうか? 純粋に戦闘力で選んだというのならまぁ分かるのだが。


「ではお三方。よろしく頼む」

「おおっ! 俺様に任せておけ、魔法使い殿っ!」

「貴方の身はあたしが必ず御守りしますっ」


 もっとも、あまりお願いすることはないはずだ。




 翌日。

 私たち『精鋭小隊』は焼け焦げた暗鬼の肉片が散乱する谷底に立っていた。ここから谷を遡り、『巣』を発見することになっている。


「ここからはいつ暗鬼が襲撃してくるか分からん。警戒を怠るなよ?」

「了解」


 セダムとグンナーが隊列やらの相談を始めるあいだ、私は精神を集中し『内界』で呪文を探していた。全員、呪文の効果範囲内に居ることを確認してから第九階層で呪文の力を解放する。


「この呪文により、私および半径3m以内の味方は異空間に存在を移行し自在に移動できるようになる。【亜空間移動(ムーブアウタープレーン】」

「「!?」」


 呪文の力で、私たち6人の身体は物質界に重なる亜空間に移動していた。私たちからは、周囲の風景が水族館の水槽のように揺らめき、水色がかって見える。物質界からは私たちの姿は完全に消失しているはずだ。もちろん、暗鬼だろうが何だろうが亜空間の私たちを感知することも攻撃することも不可能である。私たちもこの空間に居る限り物質界に手出しはできないが、この呪文の凄いところは亜空間に居たままで移動が可能である点だ。つまり、呪文の持続時間である6時間の間、誰からも見つからない状態で自由に探索できるのである。


「何でもありだな、あんた」


 私の説明に、セダムは肩をすくめる。


 ギリオンの畏怖と、リオリアの賞賛の視線が痛いが、出し惜しみはしないことにしたのだ。

 今から私は全力だ。

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