実戦訓練
プレゼンは成功した。
カルバネラ騎士団は暗鬼の巣を探索し破壊することとなった。
大まかな作戦はその日のうちに決まったが、白剣城に常に騎士団全部が待機しているわけではないので、戦力が整う二日後に出撃する予定である。ちなみに、セダムは個人として騎士団から依頼を受け、クローラは魔術師ギルドメンバーとして、事態を見届けるために同行することになった。
「……俺はどちらでも良いが、あんたは『同盟者』にされてしまったな。やはり団長はやり手だ」
「あ、そうか……」
会議後のざわめきに紛れてセダムが私に囁いた。確かに、同盟者になったということは今後も同盟関係にあるということだ。それは、カルバネラ騎士団という後ろ盾を得たことでもあり、同時に彼らを支援する義務が生じたことも意味する。あの場でそこまで考えて発言していたのだとしたら、流石と言う他ない。
「……その調子であちこちと同盟を結びすぎて身動きできなくならないよう、お気をつけ遊ばせ?」
嫌みったらしいクローラの助言を噛み締めていると。
「少々、よろしいかな?」
さっそく騎士団長に呼び止められてしまった。
……断る理由が思いつかない。
私と騎士団長は彼の私室へ移動し、シル茶を振舞われた。
「騎士団長自らとは、恐縮ですな」
あまり長くこの御仁と話をするとメッキが剥げそうで嫌なのだが。腹に力を込めて、落ち窪んだ鋭い目を見詰める。
「何か、私にお話でも?」
「さきほど決定したように、討伐隊の指揮はアルノギアに任せることにしているのだが。……ご覧のとおり、あれはまだ若い」
「……」
ボロを出さないために口数を減らそうと、私は無言でシル茶を口に含んだ。
「遅くに授かった子は可愛いものでね。親馬鹿と思われるだろうが……貴殿にあれの後見をお願いしたいのだ」
「……。あー……なるほど」
おいおい。……まぁ、既に同盟者にしてしまっているわけだし、気に入らない相手に隕石ぶち当てられる男がやってきたら、とりあえず味方に引き入れようと思うのは間違ってはいない、か。
「そこまで評価していただけるのは光栄だが。……彼は騎士たちから支持されているのでは?」
「大方はね。だが、不満を持つものもいる。ご存知だろうが、もともとこの騎士団はカルバネラ家のものだ……」
彼の説明によると、現在の騎士団の規定では全騎士の投票によって次期団長を決めるのだという。つまり、対抗馬がいるということか。
「ギリオン殿が団長の座を狙っているわけですな」
「彼にとっては当然の権利を主張しているに過ぎないがね」
「……ご子息の後見になってほしい、ではなく……ギリオン殿の後見にならないでほしい、という話に聞こえますな」
正式に騎士団の同盟者となった私が、どちらかを支持すると表明すれば確かに強力な後押しになるだろう。私がギリオンの側についたら、サーディッシュ父子にとっては面倒なことになる。
「……ギリオンは、父親の悪い面ばかり継いでしまっておる」
「ふうむ……」
有利か不利かで言えば、アルノギアを支持して団長や騎士たちから信頼を得るのが良いのだろう。しかし逆に言えば、ギリオンや彼の派閥(あればの話だが)からは恨みを買うことになる。それに、これ以上騎士団に肩入れして今後の行動に制限が出るのも困る。
「騎士団と私は強固な同盟関係にある、それは揺ぎ無い。……騎士たちは、必ず最も適切な人物を次期団長に選ぶだろう」
「……その言葉だけで安心させてもらった。魔法使い殿。今後とも、よろしくお願いする」
アルノギアとギリオン、どちらが団長になっても分け隔てなく付き合うよ。裏を返せばどちらの味方もしないし、敵にもならないよ。という私の言いたいことはしっかり伝わっただろう。
「……疲れてるんだがなぁ……」
改めてあてがわれた豪華な客室でぐったりしていると、今度はアルノギアから呼び出しを受けた。彼からも後見人になってくれとか言われたら呪文を使ってでも逃げ出そう、と決心してから部屋を出る。
「お呼び立てして申し訳ありません、魔法使い殿」
アルノギアは城の中庭で私を待っていた。何故か完全武装で、背後にはずらりと騎士たちが並んでいる。総勢20名といったところか。
「構わないが……。用件は何かな?」
「実は、私たちの訓練に協力していただきたいのです」
「訓練?」
「なんでも、魔法使い殿は暗鬼に似たモンスターを作り出せるとか……」
【鬼族小隊創造】のことか。彼らに見せたことはないが、モーラ→セダム→アルノギアの順に伝わったのだろう。
なるほど、しかしこれは私にとっても好都合だな。一応、暗鬼やアンデットと戦うことが任務となっている騎士団が、6レベルのオグル相手にどこまで戦えるのか? この世界のパワーバランスを考える目安になるだろう。
「私自身、本物の暗鬼と戦ったことはありません。騎士たちの半分も同様です。ここにいるのは中隊の一部ですが、どうか暗鬼を想定した訓練の機会を与えていただけないでしょうか?」
思っていたよりもずっとまともで、好感のもてる頼みだ。彼の瞳は純粋な使命感にきらきらしている。汚い大人には眩しいくらいだ。
「謝礼はこちらにご用意しておりますっ」
アルノギアが頭を下げたあと、若い騎士が革袋を恭しく差し出してきた。中身は金貨らしい。やはりこの少年、真面目だ。
「いや、そんな容易い手伝いで謝礼を受け取ることはできないな。その金は騎士団のために有効に使ってくれ」
「あ、ありがとうございます!」
アルノギアと同時に、背後の騎士たちも一斉に頭を下げた。金貨を持っていた若い騎士は明らかにほっとしている。騎士団に金ないっていってんだから、アルノギアもほいほい出そうとするなよ……。親父さんはお前さんのことを心配してるんだぞ……?
「では……この呪文によりオグル6体で構成された1個小隊を無から生み出し3日の間支配下に置く。【鬼族小隊創造】」
「うおおぉっ……」
「本当に暗鬼だ……」
「だが色が違うぞ」
「こんなことまでできるとは……」
訓練だということで、オグルたちには武器を持たせなかった。しかし3メートル近い巨体と、岩石みたいな拳は並の人間など簡単に殴り殺せる。本物の巨鬼と比べた印象では、戦闘力は互角と思えた。
騎士たちからは大きなどよめきが聞こえた。アルノギアも目を見開いている。巨鬼の肌が漆黒だったのに比べてオグルは赤褐色だし、だいたいあの焼きつくような憎悪を振りまいていない。中には冷静にそれを指摘した騎士もいたが、もう少し落ち着いてほしいものだ。
「では、二手に分かれたところから開始したいと思います。念のためお聞きしますが、私たちがあれらを倒してしまっても……?」
「ああ。まぁ、構わない」
「ちょおぉっと待てぇい!!」
怒声が会話に割り込んできた。見るまでもなく、ギリオンだろう。リオリアと自分の部下の騎士たちを引き連れている。
「アルぅぅ! 何、抜け駆けしてるんだよぉ?」
「ううっやめてくださいよ」
「兄さんっ。失礼でしょっ!」
完全に見下した態度でアルノギアの細い体をどやしつけるギリオンに、それを咎めるリオリア。アルノギアは困りながらも笑みを浮かべているが、お互いの部下たちはかなり険悪な表情で睨み合っていた。中庭や城の窓から覗く人々の表情を見る限りでは、ギリオンに敬意を持っているのは部下の騎士たちだけらしい。
騎士団長、あまり心配することもないのでは?
「魔法使い殿っ。まずはこの俺様にやらせてくれ! 良いだろう!?」
「で、でも私たちの方が先に……」
アルノギアはギリオンが苦手なようで(まぁギリオンの相手が楽しいというものはあまりいないだろうが)、かなり弱気な態度だ。それでも、譲ると言わないので完全に呑まれているのではないのだろう。
「ギリオン」
「おぉ、魔法使い殿っ」
私も日本にいたころはギリオンのようなタイプは苦手だったし、アルノギアみたいなのが部下だったらイライラしたかも知れない。しかし、立場が変われば見え方も感じ方も変わるものだ。次期団長の話とは関係なく、私は彼らに親しみを感じていた。
「今回はアルノギアの方が早かった。心配しなくてもオグルはまだ創り出せる。訓練は彼らの後で我慢してもらえるかな?」
「う……。わ、分かった……」
「すいませんっ。寛大なお心に感謝いたしますっ」
流石のギリオンも、【隕 石】を見た後ではそう横暴には振舞えないようだ。むしろ畏怖すら感じる。リオリアも信頼に満ちた眼差しでこちらを見ていた。私の人徳で――ではないのが情けない限りではあるが。
「では諸君。配置につきたまえ」
「承知しました」
仕切り直しの意味をこめて大仰に告げ、杖をかざす。
「総員! 戦闘準備! 第一第二小隊は横列防御! 第三小隊は側面攻勢待機、第四小隊は予備列!」
「「了解!」」
アルノギアが意外と鋭い声で指示を出した。20数名の騎士たちはあっという間に隊列を組む。
10人が横に並んで壁になり、5人が右サイド、5人が後列に並ぶ。アルノギアは後列の騎士に混じっていた。
「オグルたちよ、騎士を襲え。決して殺してはならない」
「グルァァア!」
「ガアアッ!」
自然と命令口調が出て内心驚いた。まあどういう口調だろうがオグルたちは命令に従い、獰猛に叫びながら騎士の隊列へ突っ込んでいく。
「盾、構え!」
アルノギアの号令にあわせ、前列の騎士たちが紋章の描かれた盾を上げた。一糸乱れぬ動きと姿勢は、鋼鉄の壁を思わせる頑強さだ……ったが。
「ガルウッ!」
「ぐわっ!?」
騎士の肉体と板金鎧と盾で築かれた壁は盛大に揺らいだ。さすがに一撃でふっ飛んだ騎士はいなかったが、仰け反り、ふらつく者やたたらを踏んで後ずさる者など、隊列は大きく乱れる。
「くっ……耐えろ!」
「グルウゥゥッ! ガアアッ!」
隊列の中央の騎士が仲間を鼓舞するが、滅茶苦茶に拳を振り下ろすオグル6体の暴力に対してはあまりにも頼りない。
「……っ」
次の指示に迷ったのだろう、アルノギアの指示が止まった。
「ぐわあっ!」
その間も止まらない、空から降ってくるみたいなオグルの拳骨が、ついに受け止めた盾ごと騎士をふっ飛ばしていた。続けて2人、3人と、耐え切れず膝を折り、殴り倒される騎士が続出する。
「……っ!? 第4小隊前へ! 第三小隊は回り込め!」
「ぎゃあっ!?」
「うわっうわぁぁっ!?」
引きつりながらも、アルノギアは諦めず追加の指示を出す。だが、個々の戦闘力に差がありすぎた。防御列の穴を予備隊が塞ぐ傍から、次々に騎士が殴り飛ばされていく。
「このっ!」
「ガアアッ!」
側面に回りこんだ5人の騎士がオグルの横っ腹や背中に剣を振り下ろす。数人の攻撃はオグルの肉を裂き、ダメージを与えることには成功したが、反撃の拳で次々と沈んでいく。
「くっ……固まれ! 円陣だ! 白き剣に勝利を!」
「おお、頑張るな」
「……アル! 諦めるな! 目を狙え!」
立っている数人の騎士を呼び集め背中合わせの円陣を組んだアルノギアを見て、私は思わず呟いていた。リオリアも声援を送る。ギリオンは……。
「ちっ。何やってんだっ。俺様だったら……」
いらついていた。しかし、この2人のように感情を露にするのはマシな部類で、見守っていた騎士や城の人々は声もでない。オグルたちが仮想暗鬼なのだから仕方がないが。……ていうかこれ、やばいんじゃないか?
「……そこまで!」
アルノギアは良く頑張って、オグルの拳を数回避け盾で受け流したが、彼の剣はオグルの筋肉に弾き返されていた。オグルが振り回した腕が彼の頭部を捉える直前で、私は声をかけた。忠実なオグルの動きはその瞬間にぴたりと止まる。
「……ううっ……」
アルノギアは蒼白な顔で呻いていたが。
「……皆、良くやった! ……今日はもう休んでくれ。出撃までに、戦術を練り直そう! 大丈夫、これは訓練だ。手柄は実戦で挙げよう!」
そういいながら、倒れた騎士たちを助け起こしていく態度には本気で感心した。アルノギアが、自分で言った言葉をまるで信じていないことが表情で分かったのでなおさらだ。
「も、申し訳ない……」
「次こそは必ず……」
「ったく、だらしねぇーな! 俺様が手本を見せてやるよ、手本を!」
まったく空気を読まないギリオンの声で、ほんの少し回復した士気が再びどん底まで落ちた。
「どりゃああっ! どうだごらあっ!!」
第二中隊率いるギリオンの戦い方は、アルノギアの真逆だった。
開始直後、彼は部下など放置して真っ先に突っ込んでいく。
自信たっぷりだっただけのことはあった。オグルの拳を盾でがっちり受け止め、弾き返し。お返しの突きで的確に急所を狙う。巨体のくせに俊敏で……というよりも的確な動きで巧みに集中攻撃を避けている。
「はあっ! せいっ!」
そのギリオンに輪をかけて奮戦したのはリオリアだった。
鎧を着けているとは思えない速度で走り回りオグルをかく乱し、かかとや膝の関節を狙って剣を振り下ろしていく。
「おおっ!」
固唾を呑んで見守っていた観衆がどよめいた。リオリアの攻撃を受けたオグルの一体がついに膝をついたのだ。
同じ人間でこうまで違うものなのか? ……いや、これがこの世界の現実なのだ。経験か素質か、何らかの要因で人間の強さに天と地ほどの差が生まれる。まさに英雄の世界だ。
「いいぞリオぉ! うごっ!?」
「ちぃっ! 離せっ!」
だが、残念ながらそこまでだった。
一瞬動きをとめたギリオンが背後からオグルの巨大な足に蹴り倒され、息を切らせたリオリアも腕を掴まれ剣を取り落としてしまう。
……もちろんというべきか。彼らに従う第二中隊の騎士たちはとっくに全員倒れ伏していた。
「そこまで、そこまで!」
私は慌ててオグルたちの動きをとめる。
「くっそぉっ! もう一回やらせてくれ魔法使い殿っ!」
「このっ! このっ!」
地面に転がり砂まみれになりながらも元気良く叫ぶギリオンや、自分の腕を掴んだまま動きを止めたオグルを殴り続けるリオリアには、さっきのアルノギアとは別の意味で感心した、が。
「なんで、出撃前に雰囲気を最悪にしてるんですの?」
……出撃する前に『これ』が分かって良かったと言ってもらいたいものだ。
『同盟者』としては知っておかないとな。うむ。
昨日はお休みさせていただきました。
もう日付が変わりそうですが、明日からまた毎日更新を目指して精進しますのでよろしくお願いいたします。