表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/240

騎士たちの憂鬱

 翌朝。


「何を呑気に読書してるんですの!?」

「いやっ、これはっ必要なことで……あああっやり直しだぁっ……」


 呪文書を広げて、消費した呪文を再『準備』中の私の耳をクローラが引っ張ってきた。いくら36レベル魔法使いの能力があっても、そんな狼藉を受けながら精神を集中することはできない。『内界』の私はもっと悲惨で、呪文書庫の壁が飴のように歪み、飲みこまれそうになところを必死に脱出していた。……こういうと何となくコミカルだが、実は精神に重大なダメージを負いかねない事態だったんですがねぇ?


「……というわけで、これが呪文を『準備』する方法なんです。『準備』してなかったら魔法は使えないんですよ」


 『魔法』の弱点を教えることになるが、仕方なくクローラに呪文の仕組みを一部説明する。


「そうでしたの。邪魔をして申し訳ありません。……それはそれとして、その弱点は余人に話すべきではありませんわね。お気を付けなさい」

「良いからさっさと済ませてくれ。アルノギアが待ってるぞ」


 文句を言われながらも、【隕 石メテオ】をはじめ、消費した呪文を再『準備(チャージ)』したり、『準備』はしたが使いそうもない呪文を入れ替えた。本来なら、その日に準備する呪文の選択が『D&B』の魔法使いの難しいところであり、楽しみなのだが。当然、楽しむ暇などなく、すぐに慌てて身だしなみを整えるはめになった。


 とはいえ、もともと着ていたローブの埃を払い、髪を撫でつけるくらいなものだ。このローブに、ブーツ、指輪、護符アミュレットと、全て希少なマジックアイテムである。もし『D&B』の魔法使いが見たら眩さに眼がくらむだろう。この世界セディアの魔術師には違いが分からないらしいが。


「……恐ろしく見えるかな?」


 精いっぱい背筋を伸ばし、古典的ファンタジー映画『ドラゴンスレイヤー』に登場した魔法使いの台詞を引用して聞いてみる。


「……ああ。そうだな」

「まさに大魔法使いですわね」


 だったらなぜ視線を逸らすのか。



 カルバネラ騎士団長の息子にして、第一中隊隊長、アルノギア・ギル(騎士)・サーディッシュは、美少年だった。

 巡視隊を率いて白剣城に戻ってきた彼は、即座に面会に応じてくれた。


「そうですか、暗鬼の巣が……。残念ですが事実なのでしょうね」


 セダムとクローラの説明を聞いて、憂いに満ちた顔で俯く。


「早速、対策会議を開きます。父……いえ、騎士団長にも出席していただかないと……。お二人と、魔法使い殿もご協力いただけますか?」

「ああ、無論」


 『ええ、勿論』ではなく『ああ、無論』か。『大魔法使いの仮面』に少し慣れてきたのだろうか。しかし、私の本質がしがない会社員であることを忘れると、どこかでしっぺ返しを食らうだろう。……そういうブラック系のSFやファンタジー小説は山ほど読んできたのだ。


「流石は、アルノギア殿ですわね。わたくしたちの話が真実であると即座に見抜かれるなんて。きっと将来は凛々しい騎士団長になられるわ」


 クローラはアルノギアをべた褒めだった。一応、ギリオンも暗鬼の出現については即座に信じてくれたのだが……まさか顔で評価しているんじゃあないだろうな?




 会議は、白剣城の大広間で行われることになった。

 プレゼンだと思うと身が引き締まる。

 事前に、セダムとはプレゼンの目標を定めておいた。最低限、騎士団から中隊単位の人員を出させることだ。はっきりいって、暗鬼の軍団や巣を破壊するだけならば呪文を無制限に使えばどうにでもなる。


 問題は、撃ち漏らしが近隣の村や人々を襲ったり、別の巣をつくることだ。それを防ぐためには、ある程度の人数を揃えて包囲網を敷かねばならない(というのがセダムの見解だ)。騎士団全体を駆り出すのがベストだが、一中隊程度の騎士と兵士が使えれば何とかできるだろう(と、セダムが言っていた)。


 大広間が、城館の最上階であったのはプレゼンを行う上で幸運だった。東側に設けられた広いバルコニーから、城の外の景色がぐるりと見渡せるからだ。

 精緻な刺繍の入った絨毯が敷かれ、壁には騎士団の活躍を描いた絵画が、天井にはシャンデリアや騎士の紋章入りの旗が飾られている。大扉の正面奥に重厚な椅子が置かれ、老齢の騎士が座っていた。彼が騎士団長だろう。

 老騎士の右側にはアルノギアが、左側にギリオンと知らない男性騎士がいた。彼は第三中隊長らしい。

 他に、幹部級の騎士5人と、その他城内にいた騎士が数十名(リオリアはその中にいた)。プラス、私たち3人が対策会議の出席者だった。


「カルバネラ騎士団団長、アムランド・ガル(大騎士)・サーディッシュだ。冒険者の諸君、そして……魔法使いマルギルス殿。貴重な情報の提供に感謝する」


 白い髪に髭、顔色はどす黒く確かに病身であったが、老騎士の声は良く響いた。


「義務を果たしたまでだ。騎士団長」


 セダムは軽く会釈したが、他の騎士に対するより丁寧な態度だ。クローラもその横で淑やかに一礼する。


「礼には及ばない。暗鬼は人類の脅威となる存在なのだから。カルバネラ騎士団であれば適切な対処ができると信じている」


 私も彼に会釈した。長年、騎士団長という重責を背負ってきたに違いない相手と、五分の立場のように振舞うのは精神的にかなりくるものがある。ウィザードリィスタッフを握る掌に汗が滲んだ。


「……では、レリス市冒険者ギルド所属のリーダー、セダム氏から本件について詳細な説明を願いましょう」


 参謀が厳かに言った。

 セダムの説明の後に、私のパフォーマンスを入れる予定である。こちらの想定通りに会議が転がっていくかどうか……。少しでも有利に進める材料を集めようと、出席者たちの様子をこっそり窺う。



「俺たちはイルド氏の娘を救出するため砦に向かった。そこで、先に娘を救出した上に、首領の魔術師を石にした大魔法使い殿と出会ったのだが……」


 セダムの話が続く中、参謀は私の方をなるべく見ないようにしていた。ギリオンとリオリアはばつが悪そうな顔だ。騎士団の幹部たち、財務官、諜報官、書記官、内務官は、疑念と興味と不安が入り混じった視線を向けてくる。


 平然としていろ、私。


「……大魔法使い殿は一度俺たちから離れたが、その直後に天から八つの流星が降り注いだ……」


 隕石の下りでは当然、騎士たちの表情が胡散臭げになる。私の魔法を見た参謀とカルバネラ兄妹すら半信半疑といったところだ。

 老騎士団長の表情は動かない。隣に立つアルノギアは僅かに顔を青ざめさせていた。


「……というわけで、ユウレ村に向かっていた暗鬼の軍団は壊滅できた。だが、あれだけの規模の暗鬼が巣もなしに存在するはずがない。谷を探索すれば発見できるだろう。早急に動くべきだ」


 セダムは淀みなく報告と助言を終えた。


「ありがとう、セダム。……皆から、何か意見はあるか?」


 老騎士が言った。

 広間に重苦しい沈黙が広がる。


「……由々しき事態であります。まずは偵察隊を出し、状況を把握するべきかと」


 第三中隊長(オードという名だった)が背筋を伸ばして硬い声で言った。屈強な体格に短い髪、厳つい顔。いかにも叩き上げの軍人といった姿だ。


「偵察隊? 偵察隊を出してもし暗鬼の巣が本当にあったらどうするのかね?」


 参謀が渋い顔で聞いた。さすがにこの発言には居並ぶ騎士たちがざわめく。


「当然、叩き潰すに決まっているだろう!」

「その通りであります」


 ギリオンが唾を飛ばして叫び、オードもうなずく。


「偵察くらいなら良いんだがねぇ~。暗鬼の巣の破壊となるとねぇ」

「何か問題があるのですか、イゴウルド財務官殿?」


 小太りの中年騎士のぼやきに、アルノギアが尋ねた。


「特殊な作戦となれば、騎士や兵士に手当てを払う必要がありますなぁ。食糧、医薬品、寝具衣類に武具の管理、馬の飼料、燃料。怪我人が出れば治療費、死者でもあれば遺族への補償金……。その間にも、巡視や村々の警備をしないわけにはいきませんから、追加勤務を命じる騎士たちへの給料も必要となります。はっきりいって予算が足りませんな」


 財務官イゴウルドは弱り果てたような顔で言った。騎士団の予算が厳しいのは事実なのだろう。なんとも世知辛い。


 最悪、私が所持金から援助しても良いのだが。どこまで立ち入ったものか迷うな。


「……それは……なんとか捻出するしかないのでは?」

「そうだそうだ! カルバネラ騎士団が暗鬼と戦うのに金を惜しんでどうする!?」


 困ったようなアルノギアと、顔を歪ませて怒るギリオンの意見は一致していた。第三中隊長オードも頷いている。

 その他の騎士たちは不安そうに議論の行く末を見詰めていた。


「そもそも、暗鬼が出現したというのは事実なのかい? あたしの部下からは何の報告もきてないんだがね」


 しわがれ声と鋭い視線を私たちに向けてきたのは、幹部騎士の中でも異彩を放つ、小柄な老婆だった。


「確かなことだ、諜報官イレザ。俺の話のどこに疑う余地があった?」

 なるほど、彼女は情報収集を主に担っているのだろう。

「あんた正気かい、セダム? 悪いキノコでも喰って頭をやられてるんじゃあないだろうねぇ!?」

「そちらの魔法使いとやらが暗鬼の軍団を倒したというのは、あまりに夢想的な話ですな」


 イレザの歯に衣着せぬ一言に、内務官ロジクも同意した。まぁそうだよな。


「……やっぱりそうだよな……」

「どんな魔術師でも隕石なんか無理だろ……」

 他の騎士たちのざわめきを聞いても、似たような感想のようである。


 しかし、私は待ち構えていたかのように一歩前に出ていた。


「ほう、面白い。私がペテン師だと?」


 台詞もすらすらでてくる。実際、セダムとの打ち合わせでこの流れになるのを待っていたのだ。


「い、いや、マルギルス殿。そういうわけでは……」


 参謀は顔色をさらに青くして私を宥めようとするが、申し訳ないが無視だ。


「理解できないのは無理もない。『魔法』はこの世界セディアになかったことわりなのだから。ならば、諸君に見せよう。我が呪文の威力を!」


 うう、背筋がぞわぞわする。アルノギアや幹部たち、その他の騎士たちが固唾を飲んで注目しているのだけが救いだ。これで、だれかクスリとでも笑おうものなら即座に心がへし折れる自信がある。


「この呪文により天空から八つの流星を招来し、我が敵の頭上に降らす。【隕 石メテオ】」


 ウィザードリィスタッフをバルコニーの外、白剣城の東に広がる赤茶けた荒野に向けて呪文を唱えると。

 ヒュウ、と高速で何かが飛ぶ音が続けざまに頭上から聞こえ、一瞬遅れて目の前に広がる大地に八つの流星が降り注ぎ大爆発を起こした。

 閃光と轟音が広間を支配し、衝撃波がびりびりと壁や天井を揺らして埃を落とさせる。


「うわぁぁぁ!」

「ひぃぃーーーっ!?」

「空から火が降ってきた!?」

「なんだあの爆発はっ!?」

「うぉぉ……凄ぇっ! 凄ぇっ!」

「…………」


 騎士たちの反応も予想通りだった。ほとんどの者は恐慌に陥って立ちすくむか、頭を抱えて蹲っていた。

 幹部騎士たちも呆然と口と目を見開いていて硬直している。……いや、ギリオンはやたら興奮して腕を振り回していたが。

 そして、さすがに騎士団長とアルノギアは微動だにしていない。


「練兵場を穴だらけにしてしまってすまなかった。必要なら、後で費用を請求してくれ」


 白剣城の周りは普段練兵に使われている何も無い荒野だと、事前に聞けていて良かった。とはいえ、八つの巨大な穴を作ってしまったのは悪かったが。……財務官の目を見ると、本当に請求がきそうだな。


「……な……な……」

「こんなことがあり得るのか……?」

「これが魔法……」

「本当に穴が……大地が焼け焦げている……」


 騎士たちは私を恐ろしげに見たり、バルコニーに駆け寄って外の惨状を確認したりとまだ動揺している。


「良く分かった。不快にさせて申し訳ない、魔法使い殿。貴公の魔力が強大極まりないことは明らかとなった。謝罪させてもらおう」


 動揺とざわめきを貫くように、低く渋い声が響いた。騎士団長だ。本気で動揺していないように見える。大したものだ。


「構わない、騎士団長殿。私も少々大人げなかった」


 私も鷹揚に頷いて答える。正直、この時点で騎士団長とはアイコンタクトが成立していた。


「俺達の……大魔法使いマルギルス殿の話が真実だという証明はもう必要ないな?」


 セダムがゆったりと語りかけると、騎士たちは夢から醒めたばかりのようにぼんやりと頷く。


「では、改めて言わせていただく。暗鬼の巣に対してカルバネラ騎士団ならば適切な対処ができると信じている。が……もしも、私の助力が必要だというならば、喜んで手を貸そう」

「貴公の助力は百万の援軍にも匹敵しよう。今日より、大魔法使いマルギルス殿は我ら騎士団の最も心強き同盟者である」


「やりましょう! 諸君! 大魔法使いが私たちの味方だ! 白き剣に勝利を! 暗鬼に滅びを!」

「白き剣に勝利を!」

「暗鬼に滅びを!」


 絶妙のタイミングでアルノギアが長剣を抜き放ち、天にかざして叫んだ。

 騎士たちはほとんど反射的に抜刀して唱和する。確かにこの美少年、カリスマ性はあるらしい。横にいたギリオンも悔しそうだったが、文句も言えず従っていた。


 ただし。

 抜刀する直前、隣の騎士団長が催促するように(アルノギア)の手の甲を抓っていたのを私は見逃していなかったのだが。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ