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『魔法使い』になって良かったこと

 モーラを連れて主塔から出る。

 チェックはあるが出入り自由な外門と違い、内門は通常閉ざされている。

 『上の中庭』から出るには兵士に通用門を開けてもらわねばならない。


 最敬礼する兵士を背に通用門を潜れば、『下の中庭』だ。

 前はただの狭い空き地だったが、今では堅牢な防壁に囲まれ宿屋や倉庫が立ち並んでいる。

 まだまだ空きスペースは広いが、寂しさよりも『これからまだ発展する』というポジティブなイメージの方が大きい。


 建物だけではない。

 城を中継してレリス市や戦斧郷、フィルサンドへ向かう隊商や旅人の姿も多い。休憩、荷の積み下ろし、その場で商談をしている者もいる。

 最近では、そうした旅行者目当ての串焼きやパン、スープなどの屋台や芸人まで城に出入りするようになってきた。


 この世界セディアにやってきて始めて見た、あの山賊の砦の面影は皆無だ。


 「ほんとに、賑やかになりましたね」

 「うむ……」


 後ろから付いてきている彼女も、感慨深そうだ。

 セダムの細君がオーナーに就任した立派な宿屋があるので、彼らの世話をモーラたちに頼むことはない。


 楽しげな音楽や肉やお菓子の匂い、人々の喧騒の中私たちはのんびり歩いた。

 手にしているのは、『戦闘杖クォータースタッフ+5 ライト』。大魔法使いの杖ウィザードリィスタッフはクローラに預けているので、予備を引っ張り出していた。


 「マルギルス様、ご機嫌麗しゅう」

 「素晴らしいお城ですね、魔法使い様」


 「ありがとう。良い旅を」


 私に気付いた人々が大げさにお辞儀をしたり賛辞を述べていく。

 相変わらず反射的にこっちも頭を下げたくなるが。クローラ曰く『威厳を持って、鷹揚に』対応することにも少しは慣れてきた。


 「私がこうしていられるのも、あの日ジオさんに助けてもらったからですよね」

 「まぁ、そうかもな」

 「あの時のジオさん、おかしかったですよね。鉄格子に頭ぶつけたり」

 「う……そんなこともあったかな」


 異世界初日の醜態を思い出し、顔が赤くなる。

 右も左も分からない異世界で、いきなり悪の魔術師や山賊に拷問されたのだ。酷い状況に怯え、迷いながらいくつかの選択を重ねて今の私やモーラがある。

 この笑顔が見られたということは、その選択もそう間違ってはいなかったのかもしれないな。


 「そういえばモーラたちには休日ってないのか?」

 「ありますよ? 収穫祭と創世祭と、祈願祭と……」

 「いやそういうんじゃない」


 モーラと談笑しながら、外門を潜る。

 門番の兵士や、入城者から税をとったり身元の確認をする文官の手際の良さに満足した。


 練兵場へ向かう細道を歩いていると、空いた手をモーラが握ってきた。

 例の軟膏のお陰で手荒れは大分改善していた。しかし、厳しい仕事で硬くなったのは戻らない。私の手を初めて取ってくれた、大事な手だった。


 先日の男子会で盛んに言われた、女性関連の話題をふと思い出す。

 ……私がモーラに抱いている感情は間違いなく娘や妹、家族に向ける愛情だろう。

 結婚などとうに諦めていた(というより、『まぁいいか』的な)私だが、本物には及ばずとも父親の気持ちを感じられたのは、幸せとしか言いようがない。


 「ジオさん、王様になっちゃうんですよね」

 「うむ……まあ、そうなるだろうな」

 「……」

 「……」


 手をつないだまま歩く。

 『王様になっちゃう』のところで、小さい手に力がこめられていた。

 そこにどういう感情が隠されているのか、私には分からない。ただモーラは、その話を引っ張りはしなかった。


 『全身鎧の相手にまともに斬りかかっても無駄である! まずは態勢を崩すのである!』


 木々の向こうから、サンダール卿の怒鳴り越えが聞こえてきた。絶好調で訓練中のようだ。

 久しぶりの、モーラとの静かな時間が残りわずかだと知って少し歩を緩めてしまう。


 「まだまだ、やることがたくさんあるからなぁ。頑張らないとだ」

 「私も、いっぱい頑張りますっ! お掃除もお洗濯も、ジオさんのお世話も!」


 何となくつぶやいた台詞に、モーラが強烈に反応した。

 モーラは足を止めて私を見上げた。瞳が少し潤んでいる。


 「……前も言ったが私が頑張れるのはモーラや皆のお陰だ。だから無理はしないでくれよ?」

 「私は無理なんてしてませんっ! だから、王様になっても私にお世話させてください……」


 私の手はモーラの両手に包まれていた。

 私自身も、彼女の温かい心に包まれているように感じる。


 私は杖を持った腕をまわして、小さい身体を抱き寄せた。

 この子が何時、私のパンツを洗ってくれなくなるか、好きな男ができるか、新しい自分の道を見つけるか。それは分からない。

 だが私は生きている限り、この子が幸せになれるよう全力を尽くそう。


 「当り前だろう、モーラ。大魔法使いの世話なんて難しい仕事は、君にしか頼めない。君だけが、大魔法使いが実はただの普通の男だって秘密を知ってるんだしな」


 普通の男なら、世界の人々と一人の娘、両方を護ることは難しいだろう。

 私は初めて心の底から、『魔法使いで良かった』と思っていた。


明日で投稿開始一年となります。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

六章はこれで終わりますが、話はまだまだ続きます。

今後ともよろしくお願いいたします。

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