輝く月青石
風がまた少し冷たくなってきた。
山の木々も、一部は赤く染まり秋の深まりを感じさせる。
リュウス大会議までに、多くの準備が必要になった。
まず、エリザベルとその部下たち、レイハとダークエルフ四姉妹は先んじてレリス市へ出発している。
外交と諜報、両面での工作が必要だからだ。
イルドやノクスは大会議の開催地であるリュウシュクまでの移動手段の手配や、参加者たちへの手土産、建国を宣言に必要な書類等の準備で忙しい。
ノクス君には例の生活改善プロジェクトも頼んでいるしな。
彼は与えられた課題を着実に果たしており、医務官サリアの指導のもと手荒れに効く軟膏の生産体制を整えていた。
生産を担当する人員として、賊徒の襲撃で男手を失ったご婦人を城で雇うというアイディアを出したのもノクスである。
そんなわけで、モーラや使用人、生徒たちといった城の家事に関わる人々の手には瑞々しさが蘇りつつあった。
ちなみに炎の壁を使用するためのボイラーについては戦斧郷のドワーフと相談中である。
さらに、例の永続する明かりでのライトアップの件だが。
ジーテイアス城を魔法の明かりで飾り立て、周囲の人々に私の偉大さと城の強大さを示す……という計画の第一段階が、今まさに始まろうとしていた。
「……対象を青月石の芯とし、永遠の輝きを灯す。【永続する明かり】
例によって城の広間。
イルドとノクスが張り切って戦斧郷から調達してきた大粒の貴石に、呪文をかけた。
青月石。
地球で言うところのラブラドル長石に近い物質だろう。磨き抜かれた卵大の宝石で、全体は黒に近い青だが光の反射によって虹色に輝く。
大変に貴重なこの宝石に、魔法の明かりを灯したわけだが……。
「……おおっ」
「ひゃー……」
「わぁ……き、きれい……」
「これは凄いな」
「なんて神秘的な……」
それ自体発光するようになった青月石は、青を基調にした虹色の輝きで広間を染め上げた。
イルド、ノクス、モーラ、セダム、そしてクローラ。
『実験』に立ち会った面々は呆然と、その輝きに見惚れている。
美的センスなどない私でも、この美しさには絶句せざるを得ない。
「これを、あの紋章に組み込むのか。ちょっとした伝説になるな」
「で、ですわね……」
二レベルの呪文で伝説とは何だか恐縮だが。宝石の方がそれだけ立派だったということにしておこう。
セダムが呟いたとおり、この輝く青月石は後日、主塔の壁面に掲げた『導星』の紋章に組み込むことにしている。
紋章自体、装飾の家のドワーフに特注して作成した絢爛豪華さだ。それにこの輝きが組み合わさると最強に見えるな。
……看板倒れにならないようにしたいものだ。
「北方の王国の王族でさえ、これほどの秘宝は持ち得ませんわね」
「いやあ、驚きました。まさかここまでの美しさと光量とは……」
なお、もちろん紋章と青月石は盗難防止のため力場の壁で囲うことにしている。
「こ、これ……お幾らくらいで売れるんですかねぇ?」
「……これを単なる装飾と考えれば……金貨十数万枚。美術品として見たら……値は付けられませんわ」
「ひゃぁぁぁ……」
ノクスだけでなくモーラも青くなった。
私も、どちらかといえば申し訳無さでテンション下降気味だな。何せ、呪文の元手はタダなのだ。
「さすがに、これを大量に生産して外貨を稼ぐというのは無理がありますね。まず買い手がそうそういません」
「だよな」
結局、呪文をかける宝石のグレードを落とし、それでも金貨千枚単位で売れる商品として少数の販売を目指すことにした。
あまりにもローコストで製造できる『輝く宝石』を安く大量に市場に流しては、経済に混乱をもたらすからだ。
一応、宣伝と外交工作を兼ねてリュウス大会議に『輝く青月石』持参し、出席国への手土産にする予定ではある。
『実験』が無事終了し、モーラに淹れてもらったシル茶を楽しんでいると。
「ただ最近、レリス市周辺では多少景気が良くなっているらしいですよ」
「ほう?」
イルドが思い出したように言った。
「前に聞いた話だと、暗鬼への対策が負担になって、この世界全体で経済が悪くなってるってことだったが?」
「全体の傾向は変わっていませんが。これはマルギルス様のお陰ですよ。ジーテイアス城や街道の工事で大量の金貨を使ったでしょう。労働者やドワーフに支払った金貨が、回り回ってレリス市の景気を良くしているのです」
「ほぉ……」
まったく予想もしていなかった話だ。
言われてみれば、金貨二百万枚をじゃぶじゃぶ周辺に投げてまくったようなものだからな。多くはドワーフへの支払いだが、人間の労働者や職人も多数雇用していた。
彼らが稼いだ金をレリス市の飲み屋などでパーっと消費することで、その金貨がレリス市の各層へ回ったのだろう。
「まあ一時的なもんだろうがな。レリス市の雰囲気自体、いつもより明るい気がするよ」
「……レリス市民はマルギルスのことを存じておりますからね。市民の心に希望があれば、様々な面に影響が出るものでしょう」
セダムはこないだレリス市で募集活動をしてきたばかりだったな。
クローラが言うように、私の存在が少しでも人々の心の支えになっているというなら、努力してきた甲斐もある。
「マルギルス様のご威光をあまねくリュウス同盟へ。さらにこの世界全体へ広げねばなりませんね」
「……貴方がレリスへ発つのは三日後ですわね? 今から根を詰めず身体を休ませてはいかが?」
少し鼻息を荒くしたイルドの肩に手をおいてクローラが言った。
そうさせて欲しいところだが。
「その前に城内を見回ってくるよ」
「あ、私もいきます!」
またしばらく帰ってこれなくなるからな。
ジーテイアス城の現状を確認しておこう。