男子会
今まで何度も話にでてきた『十年前、リュウス湖周辺で起きた暗鬼の大量発生』。
この時の暗鬼との戦いは『喪失戦争』と呼ばれている。
何が喪失したのか?
当時最大の都市にして、かつてリュウス王国の首都でもあった『壮麗なる都ラウリス』だ。
リュウス王国そのものは、そのさらに何十年か前に分裂・消滅している。
一都市国家となったラウリスはそれでも、古き良き時代の象徴としてリュウス同盟の人々に愛されていた。
正統のリュウス王家は絶えていたが、傍流の名家が多数ラウリスに残っていたことも大きい。
その、王家に連なる名家の別邸が最初に暗鬼の群れに飲み込まれた。
公式な発表はないが、恐らく名家の誰かが『焦点』となって『巣』を産んだのだろう。
一万とも二万とも言われる暗鬼の軍団はラウリスを占領し、リュウス周辺地域を蹂躙した。
半年以上の攻防は多数の犠牲者を産み、後々まで続く問題の火種を残す。
最終的には、中央良民軍、カルバネラ騎士団、各都市の軍隊、魔術師ギルド、そして多数の冒険者たちによって『巣』は破壊され暗鬼の多数を打ち倒すこともできた。
だが彼らに、ラウリスを奪還する余力は残らなかった。
以来、かつてリュウスの象徴であったラウリスは暗鬼が巣食う廃都として人々の心の傷になっている。
「……というのが基本的な情報だな」
「うむ。なるほど」
例によってセダムが的確に必要な情報を提供してくれた。
そう聞けば、サンダール卿の献策の意味もよく分かる。
「リュウス市民にとって、ラウリスの奪還は悲願というわけか。それを私が成せば、心証は大分良くなると」
「良くなるって言いますか。我が君を王としてリュウス王国の復興、という話になってもおかしくないですよ」
「確かにな。結局、リュウス王国そのものは税は重いわ民を守らんわで最悪だったが……。まともな人物の下で再統一された方が良いと思う奴は多いだろう」
話が一気にでかくなったな。
しかしそれは流石に気が早いというか。本音を言えば絶対に嫌だが。
「まあ落ち着いてくれ。ラウリス奪還が効果的な手段だというのはよく分かった。だが私はそれを単独でやるつもりはない」
「それはどういうことですの?」
ラウリスの状況を見たことはないが、他者と組むかどうかは奪還の成功率にはあまり関係しないだろう。
しかし、何故こんな話になったかを考えれば、私と仲間たちだけでそれを成し遂げることはベストとは言えない。
それはつまり、リュウスの軍事を司る良民軍、リュウシュク市の名誉に傷をつけることにもなるからだ。
だからラウリス奪還は、あえて良民軍やリュウス同盟の諸都市と協力して行わねばならない。
「……本当に、貴方という人は……」
「まあこういうところが、あんたの良いところかな」
「現実的に考えればそれが最も良い方法かも知れませんね」
皆は私の人の良さ(?)に呆れ顔ではあったが、理解を示してくれる。
「では……さっそく私がリュウシュクを訪問して、ソダーン司令官と交渉して参りましょうか?」
「ふうむ……」
エリザベルがやる気を見せてくれるが、私は考え込んだ。
ソダーン司令官はかなり頑な態度だったようだし。湖賊を撲滅することを差し引きしても、そう簡単に話を聞いてくれるだろうか。
「ここはマルギルス様とソダーン司令官が直接お話になった方がよろしいかと」
「そうだな」
ソダーンとの会談については、イルドの意見を採用することにした。
それによって、リュウス大会議に向けた私達の行動方針がほぼ固まったことになる。
まず、湖賊を撲滅する。
その準備として、レイハたちには早速出発してもらわねばならない。
湖賊を撲滅してから、リュウシュク市へ向かいソダーン司令官と面会する。ここで、ラウリス奪還の共同作戦を了承してもらえるなら良し。悪くても、私がラウリスを奪還することを了解してもらう。
湖賊撲滅、ラウリス奪還の『武勲』を引っさげてリュウス大会議へ出席。リュウス同盟全体との対暗鬼同盟を正式締結する
大会議の際には、私が王として国を建てることも同時に承認してもらう予定だ。
「うーむ。完璧じゃないか」
長い会議の結果をまとめたところで、私は大きく頷いた。
湖賊にしても、ラウリスに巣食う暗鬼にしても魔法使いが倒すべき敵であるし(湖賊はまあ微妙だが規模が規模なので)。
個人的には、廃都の探索や奪還というのも面白そうな冒険だと思う。
いや、そんな風に気楽に構えていると、また何かとんでもない事態になるんだ。気をつけよう。
「まだ計画ができただけですわよ? 気楽になさらないで」
「……うむ」
「いいじゃないですかぁ~せっかくの宴なんですからぁ」
「そもそも何で宴が始まってるんだ?」
会議の後。
どういうわけか、そのまま司令室で酒盛りが始まってしまった。
しかも何故か野郎どもばかり。
イルドは乾杯の後の数杯で早くもできあがっていた。
会議中の生真面目で冷静な態度と落差が凄すぎる。
「まあまあ。そもそも、建国を決めてからあんたもずっと働き詰めだろう? 息抜きだよ」
セダムが干物を肴に飲みながら言った。
こいつら、最初から仕組んでいたのか……。
「マルギルスさまはどぉも、じょせいじんがいると固くなりますからねぇ~」
「いや、クローラが居ると、だろ」
うるせー。
最近の働き過ぎを気にしてくれたのはありがたいがな。
いやそもそも、この世界には休日という概念あったか?
モーラや使用人たちが休暇をとってる姿を見たことがないんだが……。
「ねぇねぇマルギルス様ぁ。クローラさんとはどれくらい進んでるんすかぁ?」
「ばっかおめえ。あのクローラ姉ちゃんの態度見りゃわかるだろ?」
赤ら顔のテッドとジルクまで絡んできた。
酔っ払うと職場の愚痴か女の話か。こういうところは異世界でも変わらないな……。
「あのな、私とクローラはそんな関係じゃない。年が違い過ぎるだろうが」
「ひゃっ」
テッドの額にチョップしながらきっぱりと断言する。
しかし彼はひょいと首を傾げて私の手刀を回避していた。
「それそれぇっ。前から不思議だったんすよねぇー。マルギルス様のそういうところ」
「ですよねぇ~。モーラが子供だからてぇださないっていうのはいいんですがぁ」
「年が違うって、なんか関係あるですかい?」
酔っぱらいどもが妙なことを言い出した。
イルドは前から私とモーラをくっつけようとしているが……。あと二・三年もしたらモーラだって、『ジオさんのパンツは自分で洗ってくださいっ』とか言い出すに決まっている。
それは寂しいが、娘なんてそんなものだろう。想像だが。
いや……なるほどそうか。
「なあもしかして。こっちじゃ、恋愛とか結婚で年齢の差とか、あんまり気にしないのか?」
「……まあな」
唯一、顔色の変わっていないレードに尋ねると、重々しく頷いた。
五百歳のエルフ巫女に懸想しているらしい彼にとっては重要なんだろう。
しかしまあ、だからつってなぁ。
これまでの経験からして、恋愛みたいな重労働をまたやりたいとはあまり思わない。
ましてや、クローラが私に好意を持っているなどということは……ちょっとはあるのか?
「いやいやありえんて。そういう勘違いが破滅のもとなんだよ。私は詳しいんだ」
若い女性がちょっと親切にしてくれたくらいで、『この子、俺に気があるんじゃ』とか錯覚するのは中年男がよくかかる病気のようなものだ。
その病気のせいで人生を台無しにした奴を何人か見たことがある。
「はぇー。じゃああれっすか? クローラさんよりレイハさんが好みとか? まぁーおっぱいは一番でかいっすよね」
「つかよ、エリザベルお嬢やディアーヌお嬢だって、マルギルス様が誘えば女房でも愛人でもなってくれるんじゃねえです?」
チョップを警戒して上体を揺らしながら、テッドがまた余計なことをいった。ジルクもこれ幸いと女性陣の名を挙げていく。
なんだこのセクハラ軍団は。
レイハとディアーヌの感情は忠誠心と依存心だし、エリザベルもはっきりいってそれに近いと思っている。
もしも命じれば結婚してくれるかも知れないが、私はごめんだ。少なくても子供と結婚する趣味はない。
「左様!」
テーブルをぶっ叩いて、サンダールまで立ち上がった。
「我が君ぃ! いやしくも王となられるのであれば、お世継ぎをつくるのは義務でございますぞ!?」
……むう。酔ってるくせに的確な指摘だな。
「まあ、後継者と結婚のことはおいおい考えるさ……。私みたいなおっさんと結婚したがる女性を探すのがまず大変だろうがな」
場を収めるために老騎士の助言には逆らわず、穏当に答えておく。
が。
「お前ふざけるな。……ふざけるなお前」
レードは話題を変えることに反対のようだった。
というか何で二回言う?