名誉と武勲
レイハによる湖賊撲滅計画。
湖賊を生贄に、リュウス同盟の裏社会に徹底的に私への恐怖心を植え付けようという筋書きである。
さらに二・三細かい点を打ち合わせて、計画は概ね完成した。
「ハリドに対してはこれでよろしいでしょう。……私もレリス市民として彼の悪評はさんざん聞いてきましたが……それをあっさり壊滅させる計画を立てる場面に居合わせるとは」
「そいつは俺も同じ気分だな」
イルドとセダムがこうなのだから、この計画が上手くいけばレリス市民は驚愕するだろうな。
裏社会への威圧と同時に一般市民への宣伝効果も期待できそうだ。
「では……リュウシュク市に対しては、どのように対応いたしますか?」
「ハリドを倒して正しい情報がリュウシュクに届くようにしても、世論はそう簡単には変わりませんわね」
「暗鬼と戦うっていう連中の存在価値を俺たちが奪うと思われてるってのを、どうするかだな」
「うむ……」
皆が意見を交わし合うのを聞きながら、私も考える。
今まで聞いたリュウシュク市の情報の中で、特に興味を惹かれた……というより感心したのは彼らがリュウス同盟を守るために使った戦略だ。
最低限の人員を各都市に常駐させると同時に、いざ暗鬼が出現するや大型船で軍隊を迅速に現地へ送り届ける。
リュウス湖という地の利があればこそだが、実に合理的で効果的だ。
「私と彼らの利害が対立している、と考えるから話がおかしくなるんじゃないか?」
「それはどういう意味ですの?」
「逆に考えよう。彼らがやっている軍隊派遣業を、私達が手伝ってやるんだ」
「……例えば、どうやって?」
まず、ゴーレムを優先的にリュウシュクの『中央良民軍』に配備することが考えられる。単純な戦力向上という意味ではこれが一番効果的だろう。ゴーレムは魔術師ギルドを中心に生産することになっているが、実際に彼らが生産を始められるまでにはまだ数年かかる。
それまでの間は私が自作して各都市に配布するしかないからな。
また、ポーションや魔法の武器などを提供しても良いだろう。
そして一番重要なのは、彼らがすでに用意している対暗鬼の警戒網、情報網を強化し、なおかつこちらも活用できるようにすることだ。
最初に良民軍が暗鬼の情報を掴み軍を派遣する。そこで、必要なら私に援軍要請をしてもらう。このシステムが成立すればかなり効果的だろう。
「なるほど。……確かに連中、各都市に早馬や高速船を用意しているしな」
「暗鬼についての情報が、最も早く集まるのが良民軍であることは間違いありませんね」
重要なのは、情報。そして時間だ。
先日、奥の村が賊徒に襲われた時も、奴らの接近にもう一日早く気付いていれば、被害は出さずにすんだだろう。
また、社会に潜む暗鬼崇拝者を見つけ出すのにも地元の組織との協力は不可欠なはずだ。
「つまり、リュウス同盟の暗鬼対策について、我々が主導するのではなく……」
「良民軍の活動を支援する……ということですの?」
「その通りだ。それなら、彼らも嫌とは言わない……少なくても交渉の余地はでると思う」
うむ。悪くない考えだ。
……ところが、それを聞いた皆は眉間にシワを寄せて黙り込んでしまった。
「…………」
どうした? いや、もしかして。
「マルギルス様。本当にそれでよろしいのですか?」
「なんか、納得できねー……」
常識人筆頭イルドと、武闘派筆頭ディアーヌが珍しく声を揃えた。
ああ、やっぱり……。
「マルギルスの考えは立派ですわ。でも……それで本当によろしいんですの? 現実に最も力を持つ貴方が、そんな、下請けのような……」
「あ、あのっ。クローラお姉さまは、我が君の名誉を思っておっしゃっているので……」
「俺は、あんたが良民軍の司令官になったっておかしくないと思うがな」
そういうことなんだよな。
彼らは、ジーテイアスが、というよりも私が良民軍の風下に立つのではないかと危惧してくれているのだ。
私自身の感情でいえば、名誉なんか欲しい奴にのしをつけてくれてやりたいが。
「諸君らの気持ちはありがたい。ただ私は自分の名誉よりもリュウス同盟全体の安全を優先したいんだ。これを、私の生まれた世界のことわざで『名を捨てて実を取る』という。……とはいえだ」
「左様。とはいえ、名などどうでもいいというわけには行き申さぬ」
とはいえ仲間たちの気持ちと……『名誉』が持つ厄介な力についても無視するわけにはいかないだろう。
「サンダール卿、何か考えがあれば教えてくれ」
「今までリュウシュク市民たちは、歪んだ情報にたって我が君を見ておられた。であればこれから、本当の我が君のご威光を示してやればよろしいのですぞ」
老騎士は自信満々に分厚い胸をそらした。
「……まさか、リュウシュク市のまわりに隕石を落としまくれっていうんじゃないよな?」
「いやいや」
少々不安になったが、サンダールは首を横に振った。
彼はジーテイアス城にやってくるまで、リュウス同盟の諸都市を巡っている。ある程度は、リュウスの人々の気持ちを想像できるのだろう。
「武勲ですな! リュウシュクに、いやリュウス中に鳴り響くような格別な武勲を打ち立てるのです!」
「武勲て。マルギルスは暗鬼の軍団五千を一人で滅ぼしているのですわよ?」
「確かに凄まじい武勲ですな。しかしそれは、あくまで東方の都市を救ったという話に過ぎませぬ」
「それで十分だろ普通……」
クローラやセダムがいろいろ突っ込みをいれるが、サンダールは涼しい顔だ。
「武勲とは、ただの武力の証明ではありませぬ。リュウスの人々が心から敬服し喝采を送る。そんな冒険を成し遂げることこそ、真の武勲と言えましょう」
なるほど。
人々から認められるために怪物を倒すとか宝物を見つけるとか、ファンタジーの常道とも言える作戦だな。もっとも、普通は目上の者から命令されたりするパターンが多いけども。
売名のために危険を犯すのは趣味ではないが。情報戦とか広報活動と言い換えれば、必要なことは理解できる。
何かやって改めて名声を高めれば、ソダーン司令官やリュウシュク市民の印象も良くなるだろう。そうすれば、後の話がスムーズに行く可能性がある。
「で、その冒険とは?」
「全リュウス市民の悲願たる、廃都ラウリス奪還! それこそが、我が君の武勲に相応しいのであります!」
屈強な老騎士は大見得を切った。
仲間たちも、『おおっ』という顔をしている。
……廃都って何だっけ。と聞きづらい雰囲気だな。