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カルバネラの兄妹

 結局、アルノギアという騎士が巡回から帰還するのが明日だというので、白剣城に宿泊することになった。


 この世界セディアの夜は早い。燃料が貴重品であるため、日が落ちれば人々は早々に眠りにつく。私たちは、参謀に案内された客室(紳士的・・・なことに、クローラに配慮して衝立が用意されていた)にいた。

 もちろんまったく眠気のこない私がカルバネラ騎士団について説明を求めたところ、セダムは待ち構えていたかのように語り始めた。暖炉の前の安楽椅子に腰掛けて語る姿が、実に様になっている。


「白剣城の東側には『黄昏の平野』が広がっているが、昔はあそこは『曙の平野』と呼ばれていた。どうしてそうなったかについて説明することで、カルバネラ騎士団の成り立ちも理解できる」


 カルバネラ騎士団の創設者にして初代団長はギルザール・ガル(大騎士)・カルバネラ。

 150年ほど昔、彼の率いる騎士団は『曙の平野』で行われた人類と暗鬼の決戦で多大な功績をあげ、北方の王国シュレンダルから、その地に建設されたラストランド大要塞を褒美として与えられた。


 しかしその30年後、曙の平野でアンデッドが大量に発生する『死者の嵐』という事件が起きる。原因も不明のまま、増え続けるアンデッドに大要塞は飲み込まれた。ギルザールはこの時、大要塞を護って戦死したとも、アンデッドの群れに混じって今でもさ迷っているとも言われている。

 騎士団は人々とともに西へ撤退し、新たに白剣城を築いてその地をアンデッドや暗鬼から護ることを誓った。


「この事件の後、曙の平野は『黄昏の平野』と呼ばれるようになったのさ」

「アンデッドもやっぱりいるのか……。あ、ではなく。つまり、ええと120年前のアンデッド大量発生の事件でカルバネラ騎士団は本拠地を追われ、初代団長も亡くなったと。ああ、その責任をとらされて、カルバネラ家は騎士団長を務められなくなったわけか?」

「直接の原因はもう一つある。15年前だったか、当時の騎士団長がアンデッドからラストランド大要塞を奪還しようっていう大規模な作戦を強行してな……」

「ああ……」

「大失敗、だったのですわ。しかもそのために、5年後の暗鬼の巣の発見時に彼らは十分戦えなかったのです」


「まあ、その騎士団長てのがあのギリオンの父親でな。団長の座を下ろされ、今は廃人同然だという話だ。今の騎士団長は、当時の副騎士団長だな」

「彼は聡明な方ですわ。ご子息のアルノギア様も少々線が細いですが、ご立派な騎士でいらっしゃいますから。お戻りになればきっと的確な対処をしてくださるでしょう」


 ちなみにカルバネラ騎士団の組織は、騎士団長の下に司令部があり、第一から第四中隊が編成されている。第一中隊の隊長が現騎士団長の長男であるアルノギア、第二中隊の隊長がギリオンなのだという。


「あの、女性騎士は?」

「彼女はリオリア・カルバネラ。ギリオンの妹だな。もっとも母親は違う。父親が同じだというのも信じられんが」


「兄と違って彼女はまともな騎士ですわね。第二中隊の副隊長を務めております。まだ少し経験が足りませんが……」


 ギリオン君の評価ひっくいな。

 そこへ、ノックの音が響いた。


「失礼いたします。セダム殿、クローラ殿。そして、だ、大魔法使い殿。起きていらっしゃいますか?」


 若い女性の声。丁度話題に出た女性騎士、リオリアの声だった。私は、セダムが何か答えるかと思っていたのだが、セダムがこちらをじっと見るので仕方なく。


「ああ、まだ起きている。何か御用かな?」


 クローラが口元をひくつかせてこちらを見ていた。笑うなこら。


「良かった。失礼ですが、開けていただけませんか? 遅くなりましたが、晩餐の準備ができましたので、お越しいただければと」


 晩餐。それは予想していなかったので、既に保存食料を食べてしまっていた。しかしこれを断るのも失礼だしな……。


「あまり空腹ではないが、せっかくの御厚意であればお受けしよう」


 セダムに相談せずに決めてしまったのだが、彼はにやりと笑うと先にたってドアを開ける。

 燭台を手にしたリオリアの姿が薄闇に浮かび上がった。改めてみると、勝気そうなつり目の美女だ……美少女かな? しかし、今その表情は緊張で強張っている。


「マルギルス殿は喜んで晩餐に参加されるそうだ。俺達も良いのかな?」

「ありがとうございます、兄も喜びます。ああ、もちろん。貴方達にも是非」


 前半が私、後半がセダムとクローラに向けた台詞だ。

 しかし、兄が喜ぶ? まさか主催は……。


「おう、魔法使い殿! じゃんじゃん喰ってくれ! この城の料理人は俺様が見つけてきたんだ、良い腕だろう!?」

「は、はぁ……」


 城の食堂で私たちを待ち構えていたのは、やはりギリオンだった。長く重厚なテーブルの上には湯気を立てる料理が所狭しと並べられている。ものすごく良く似合う組み合わせだ。

 そして私は彼の隣に座らされ、接待(?)責めにあっていた。恐らくギリオンにとって、『もてなし=旨いものを食べさせる』ことなのだろう。確かに料理はどれも旨かった。


「この鳥の炙りはな、馬乳酒に一晩漬けてから焼いてるんだ。柔らかいだろぉ?」

「ううむ……旨い……うぷ……」


 少し酸味と甘味を帯びた鳥の腿肉を齧り、肉汁の多さに感心した私だが、ちょっともう許容量が……。


「兄さん、あまりしつこく勧めるのはマナー違反だよっ。魔法使い殿が困ってるじゃないか」

「うるさい! お前は口を出すな! いま、大事な話をしているんだっ!」


 どこが大事な話なんだ……。しかし、いわば彼らはスポンサーだ。これくらいは我慢して、むしろ隠し芸の一発も見せて……。


「!?」


 などと、自然と会社員モードに入っていた私に、セダムとクローラの冷たい視線が突き刺さった。


「ギリオン、そろそろ大事な話とやらをしてもらえるかな? マルギルス殿は退屈されてるようだ」

「マルギルス殿の貴重なお時間をくだらない雑談で浪費していただきたくなくてよ?」

「なんだぁ、冒険者の分際でぇ!」

「兄貴! いい加減にしなっ!」

「ぶっ!?」


 両手でテーブルをぶっ叩いて歯を剥いたギリオンの横っ面を、リオリアがぶん殴った。平手とかではない、骨と骨がぶつかる音が響くような本気の右ストレートだった。

 なんなんだこの兄妹は。セダムとクローラは平然としているところを見ると、これが平常運転なのか?


「……申し訳ないっ。大魔法使いマルギルス殿。どうか、兄の話を聞いていただけないでしょうか?」


 リオリアはそのまま直立不動の姿勢をとると、右手を胸にあてて深く頭を下げた。ギリオンはギリオンで、赤く腫れた頬を気にもせず、そっぽを向いてワインを呷っている。


「……良いだろう。すぐに話をはじめてくれるなら」


 ギリオンに、こっちを向けとか妹に謝らせるなとか説教したい気もしたが、それ以上にリオリアの気迫に押されて私は頷いていた。

 ギリオンはワインを飲み干してから、ようやくこちらを向いた。


「話は、簡単だ。魔法使い殿。あんたを俺様の部下にしてやろう!」

「……」


 まぁ確かにこういうことを言う奴も出てくるか……と、ぼんやり思った。顔は動かさず視線だけをセダムとクローラに向けると、セダムは舌打ちしてそっぽを向き、クローラは青筋を立てて物騒な笑みを浮かべていた。


「あ、すいません。それは嫌ですね」


 思わず素で言ってしまった私を誰も責められないだろう。


「なんだぁっ!? この俺様のっ! カルバネラ家嫡男のっ誘いを断るだとぉっ!?」


 丸太みたいな腕でテーブルの上の皿をなぎ払い、ギリオンが怒鳴った。


「……。今のところ誰かに仕えるつもりはないのでね」

……日本にいたころなら、こんな風に怒声を直接向けられたらそうそう冷静ではいられなかったが。たった二晩しか経っていないのに私も図太くなったものだ。

「こっ……!? 俺様はカルバネラだぞっ!」

「兄貴っ!」

「がっ!? あがががっ!?」


 拳を握って振り上げたギリオンの腕をリオリアが掴んだ。掴んで、関節を捻りあげ、痛みでつま先立ちになった巨体を軽々と引きずりはじめる。


「あだだっ! リオっ! お前っ妹のくせにっ……あだだだっ」

「すいませんっ! 魔法使い殿っ! セダムも、クローラも……。まさかあんなことを言い出すとは……。あとで必ず謝罪させますからっ!」


 ギリオンは罵り声を上げながら、リオリアはぺこぺこと頭を下げながら(そしてギリオンを引きずりながら)食堂を去っていった。


「どうせ、下らない話だろうと思ったんだ」


 セダムは一番上等なワインをグラスに注ぎながら呟いた。


「……それより、騎士団長とその息子とやらは本当にまともなんでしょうね?」


 私は祈るような気持ちで聞いた。

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