湖賊対策
「リュウス湖は夜が案外良いんだよな。月や星が映ってな。酒が美味ぇのなんの」
「レリス市に居れば夜釣りもできるっすよね」
郷土の誇りを汚した私への糾弾が一段落し、リュウス湖談義がはじまっていた。
普段会議ではめったに発言しないジルクやテッドも楽しそう。なのは良いのだが。
「んんっ。……さて、諸君。そろそろ会議を再開しようか」
「……はっ」
イルドが姿勢を正し、皆もそれに続く。
そう、ここはリュウス大会議をどう乗り切るかを検討する場なのだ。
レイハたちの報告を聞いて驚いたり呆れたりしていたのは、その準備段階に過ぎない。
「やはり最優先すべきは、リュウシュク市への対応でしょうか?」
「まあ、そうなるな」
エリザベルが思案気に述べた意見に私は頷いた。
シルバス男爵たちの件も気にはなる。
だが、結局のとところ同盟については、どう転んでも反対されることはない。それならば、やはり明確に反対を打ち出しているリュウシュクへの対処を優先すべきだろう。
「まず、余計な邪魔をしてくれた湖賊は黙らせるのは前提、で良いのか?」
「……そうだな」
謀略を仕掛けられている、という実感はないが。だから放置して良いという話ではない。
そもそも、同盟の最大戦力を持つ軍隊に余計なリソースを消費させている時点で、大湖賊ハリドは暗鬼対策上の邪魔者ということになる。
私の魔法の力を人間相手に使うのは最小限にしたいが……これは『最小』の範囲に含めていい案件だろう。
「あのう、我が君? ハリドと取引することはできないでしょうか?」
「お前、何いってんだよ」
おずおずとエリザベルが言った。
「彼がリュウス同盟に害を為す存在であることは分かっております。しかし、犯罪者には犯罪者なりの秩序というものがあるはず。それを崩すのはかえって危険ではないでしょうか?」
「……なるほど」
今現在、リュウス同盟各都市の裏社会はハリドが牛耳っている。
良くも悪くも安定しているわけだ。
それを単純に排除しただけでは、各都市で混乱が起きる可能性が高い。ということか。
「ハリドは下部組織を厳しく統制しているようですので、仰るとおりかと」
「上の重しが取れれば、下が勝手に動き回るってことか」
レイハの保証もあって、皆が渋い顔になる。
「とはいえ、だ」
犯罪組織の頂点を潰せば犯罪そのものがなくなり、平和になる。などという夢想を持つ年ではない。
かといって。
弱者が食い物にされているのを横目で見ながらハリドと握手できるほど、私の神経は太くないのだ。
「原則的に言えば、治安の維持というのは各都市の施政者がその責任を負うべきだよな」
「……まぁ、確かに」
「ということは、私がハリドを倒した結果治安が乱れたところで、それは今までハリドや犯罪組織を放置してきた施政者側が悪い、と言えないか?」
「……原則を言えば、仰る通りですね」
急に建前の話をはじめた私に、エリザベルは頷いた。
彼女自身も、本心ではハリドと仲良くなどしたくないのは分かっている。
外交官という役割上、交渉という選択肢を会議の場に出して皆の意見を共有しようと思ったのだろう。
「混乱を恐れて大きな悪を見逃すのは現実的で、仕方のないことかも知れない。が……大魔法使いのやるべきことではないな」
「では、どうなさるのですか?」
エリザベルが聞く。
幸い彼女の顔には、不満ではなく期待の色があった。
「まず、ハリドを倒すのなら徹底的にやる。リュウス同盟の悪党のトラウマになるくらいにな」
「トラ……何ですの?」
「『悪事を働いたら大魔法使いに豚にされる』という悪夢を見るくらいって意味かな」
「……」
私としては過激な発言だったろう。
皆は息を飲んだ。
「その上で、各都市の犯罪組織がまだ派手な悪事を働くようなら、その組織も潰す。各都市の治安維持にも可能な限り協力する。そうやって、少しずつ平穏に近づいていくしかないだろう」
先ほど言った建前を忘れたわけではない。
だが、分かった上でそこまでやる覚悟がなければ、ハリドを倒すという選択肢を選ぶべきではない。
まぁ、レリス市の盗賊ギルドは比較的大人しいと前にセダムやフィジカに聞いたことがある。
各都市のギルドや組織もそのレベルに落ち着くのが、当面の目標で良いだろう。
「あんたがそこまで言うなら、反対する理由はないな」
「はい。私もできる限りお手伝いいたします」
「俺に任せてくれよ我が君!」
「それで、具体的にはどうなさるおつもり?」
クローラのもっともな質問に、再び場が引き締まる。
「うむ。……レイハ、何かいい考えはないか?」
「……」
「はっ。万事、謀略を生業とする氏族であり、従属する者たる私にお任せください」
一瞬、皆は呆れた顔をしたが。
いや私にだっていくつかアイディアくらいはありますよ?
だがこういうことはまず専門家の意見を聞くべきだろう。
そこは皆も同意見のようだ。
諜報無双っぷりを披露したばかりのレイハが自信満々に胸を張ると、一同は彼女の方へ期待に満ちた目を向ける。
「レリス盗賊ギルドの幹部に、ハリドのスパイがおります。そやつを使って、湖賊の本拠地を発見いたしましょう。そして……」
レイハは嬉しそうに、大湖賊ハリドを陥れる謀略を語る。
レリス市の評議長ブラウズ氏や、仲間たちの援護、私の呪文の使用も前提になる大規模かつ綿密かつ、悪辣な策だった。
「……」
「やっぱ怖ぇーわ、姐さん」
「某としては、聞かなかったことにしていただきたいですなぁ」
「如何でしょうか、主様?」
周囲のやや引き気味の賞賛よりも、私の褒め言葉一つがほしいのだろう。
レイハは片膝をついたまま、紫の瞳をキラッキラッさせて聞いてきた。
「最高」
そう言うしかない。