大湖賊
リュウシュクとシルバス。
私に対する態度の違いは、何が原因なのだろう? もしかして、受け取っている情報が違うのかも知れない。
両都市の首脳が、意図的に歪められた情報を基に判断しているとなれば、これは大きな問題である。
「主様のご慧眼、天地をあまねく見通しておられます」
「いやそれほどでも」
「調査の結果、リュウシュク市へ入る主様に関する情報を歪めている存在がございました」
半分ヤマカンだが、どうやら正解だったようだ。
しかしレイハと四姉妹が感服しきった顔で賛辞を述べるものだから、むしろ居心地が悪い。
「もしかして盗賊ギルドか?」
「盗賊ギルドよりも上……いいえ、奥の存在、というべきね」
セダムの質問への答え。
盗賊ギルドより、奥?
以前、レリス市の盗賊ギルドとは暗鬼崇拝者捕縛のために間接的に協力したことがあったが……。
「ということは、湖賊ですわね。それも、大湖賊ハリド」
「御明察でございます、奥方様」
むむ。知らない用語が出てきたな。いや想像はつくけども。
「湖賊というのはな……」
私の顔を見たセダムがすかさず解説を始めた。
湖賊。
文字通り湖の賊である。リュウス湖を多数行きかう船を襲い、金品を強奪する。
大部分は、生活に困窮した漁民や運送業者が、まれに略奪に走るというパターンだ。
ただし、クローラの言葉にあった『大湖賊ハリド』は例外だ。
数十隻の船と数百人の手下を使い、リュウス湖全体をまたにかけて略奪行為を働いている。
あまりの被害にリュウス同盟の各都市は裏で彼と交渉し、多額の『通行料』を支払って難を逃れている。
それでも、湖岸の漁村や、高価な商品を積んだ商船は不規則に襲撃されるという。
リュウス同盟はリュウス湖の水運で成り立っている。その生殺与奪の権を握るハリドの影響力は凄まじく、今ではほとんどの都市の裏社会……すなわち盗賊ギルドをも支配下に置いているという。
「……で、そのハリドが私の悪い噂を触れ回ったということなのか?」
「左様でございます。私たちが調べたところによりますと……」
レイハたちの調査によれば、ハリドの狙いは私ではなくリュウシュク市だという。
正確には、リュウス同盟の治安を護っている『中央領民軍』だ。
良民軍は以前からまじめに湖賊の根絶に向けて活動している。ここ数年はさらに取り締まりを強化し、ハリドの本拠地の発見も近いといわれている。
もちろんハリドも裏から表から抵抗し、熾烈な戦いは続いている。
「それで、リュウシュクに主様に野心ありと吹き込み、良民軍の矛先を変えさせようとしているのでございます」
「はぁ……なるほど……」
ハリドにとって最も都合が良いのは、私と良民軍が戦い共倒れになること。そうでなくても、良民軍が私を警戒することで時間が稼げる、といったところらしい。
「リュウスで戦力といえば、カルバネラ騎士団か良民軍。もしくは魔術師ギルドってところだからな。騎士団があんたに丸め込まれたという情報があれば、良民軍を使おうとするのも分からんでもない」
セダムは納得したようだが、私は釈然としなかった。
理屈としては分からないでもないが……こういう『謀略』が自分を標的にするっていうのがな。
暗鬼崇拝者が戦族やディアーヌに私を狙わせたことはあるが、あれは私にとっては『冒険』にカテゴライズされる経験だった。
どうにも妙な気分である。
「それにしても、ハリド自身もマルギルスについて十分に知らないんじゃありませんの? 同盟に反対された程度で怒って、良民軍を滅ぼすとでも思っているのかしら」
「おっしゃる通り、愚劣極まりございません。ですが、自らの愚劣さに気付かぬ者とは時にやっかいなのでございます」
もし私が良民軍を駆逐したとして、ハリドはその後どうするつもりなのだろう。
私に取り入るか、排除する自信でもあるのか?
私が聞くと、レイハは綺麗な眉を少し歪めた。
「情けなきことながら、直接ハリドから情報を得ることは叶いませんでした。盗賊の元締めというだけあって、それなりに防諜も厳重で……」
「それはそうだろう。気にするな」
いくら二十一レベル盗賊のレイハでも、少人数、時間制限がある中で盗賊ギルドの上位組織を丸裸にすることはできなかったようだ。
残念ながら、ハリドの本拠地なども発見できなかったという。
長い耳をすこしヘタらせて申し訳なさそうにいうレイハに、鷹揚に頷いてやる。可愛いな、と内心思ったのは内緒だが。
「ただ彼奴は優秀な暗殺者を子飼いにしているという情報もございます」
「……軍隊の司令官は暗殺できなくても、魔法使いならできる、ってか? やはり予習が足りないようだな」
セダムが渋い笑みを浮かべているが。そこは私に言わせてほしかったな。
「まーでもよ。それなら、その湖族? ってのをぶっ殺せば良いんだろ? 俺がやってこようか?」
「……お願いしますから黙ってて頂けますかねぇ、お姉様? それと湖族じゃなくて湖賊ですからっ」
「うぐぐっ」
エリザベルがディアーヌに喉輪を決めた。この従姉妹も打ち解けたものだなぁ。
「そういう簡単な問題でもないんだ、ディアーヌ」
「そりゃあな。悪い噂の源を断ったからといって、リュウシュクの世論がそうそう変わるわけでもない。それに、利害が対立してるのは確かだしな」
「かと申して、捨て置くわけにはいきますまい」
そう。
例えばハリドをどうにかして黙らせたとしても、リュウシュク市との根本的な対立理由はなくならない。彼らは軍隊派遣業のシェアを私に奪われることを恐れているんだからな。
とはいえ放置しておけば、ますます状況が悪くなる可能性は高い。
全くもって面倒極まりないな。
が。
「まぁしかし、ディアーヌの気持ちも分からんでもない」
「ごほっ! だ、だよなぁ、我が君!」
「これまで聞いた話がなあ。地味でどろどろしてるからな。こういう分かりやすい悪党が居てくれると、むしろほっとする」
私の発言は思ったほど同意は得られなかったようだ。
レイハやディアーヌは激しく頷いているが、他の皆はジト目になっていた。
「大魔法使いの余裕、ってヤツか? 羨ましいね」
「はは……。それになぁ、海賊や山賊ならともかく、どうも湖の賊と聞くとしょぼい感じがしてなぁ……」
「……」
正確なデータは分からないが、リュウス湖は琵琶湖の数倍のスケールを誇る巨大な湖だ。
リュウス同盟という文化圏の生命線であると同時に、この地の人々の心の拠り所でもある……。
「しょぼくて悪かったな」
「レリス市民にとっても、故郷同然なのですが……」
「私たちの目の前で、リュウスを軽んじるとは良い度胸ですわねぇ?」
セダム、イルド、クローラ。ジルクたちも。目がちょっと怖い。
リュウス同盟出身者達が、私に見せたことのない表情を浮かべている。つまり、怒っていた。
どうやらリュウスっ子の逆鱗に触れてしまったようだ。
すまんすまん、と平謝りしながらも、私は少し嬉しかった。
ただ敬意や恐れだけでなく、怒りという感情を向けられるくらいには、私も彼らと打ち解けているのだと。