ノクスの奮闘
数日後、ノクス青年が私のもとにやってきた。
「お疲れ様だったな」
「は、はひっ」
相変わらず緊張しっぱなしだな。
生活改善プロジェクトのため、彼が城内各所に顔を出したことは聞いている。
いろいろ苦労したようだが、結果はどうだったろうか?
会社員だった頃も、若い部下に仕事を任せた時はやきもきしたっけな……。
「さて、ここまでの手応えはどうだったかな?」
「はひっ。そ、そのっ。まず、メイドや使用人の手荒れの件なのですがっ」
「ふむふむ?」
「アンナさんたちに話を伺ったところ、どうも、手荒れというのはお湯を使うと余計にひどくなる、ら、らしいんです」
「……マジで?」
「ひっ、す、すみませんっ」
ノクスの報告はのっけから衝撃だった。
何でも、お湯を使うと余計に手が乾燥してしまうのだとか。
アンナは、城に来る前からイルドに仕えている古株の使用人だ。彼女が言うならそうなんだろう。
「いや、すまん。別に君が悪いわけじゃない。……しかし、そうなのか……」
「は、はい」
……知らなかったなぁ……。
イルドも何も言わなかったが……いや、所詮彼も男だ。
普段、水仕事なんかしないものの浅知恵だったということか。これは気まずい。
「そ、それでですね。手荒れについて、医務官殿に相談してみたんです」
「!? ほう、それで?」
気落ちしたが、ノクスの言葉に顔をあげる。
医務官サリアによれば、シュルズ族に伝わる軟膏を使えば手荒れはかなり改善するらしい。
ただし、材料になる薬草が希少で大量には生産できないということだったが。
「その薬草自体は確保できているのか?」
「はあ。いま、薬草園で数株栽培しているようです」
「だったら問題ないな」
「ええ?」
ここにきて、新たな呪文の活用方法が閃いたぞ。
【植物支配】。一定範囲内の植物を操って敵を攻撃させたり、巨大化させることができる呪文だ。
これでその薬草を巨大化させれば、数の問題は解決できる。
そう考えると、手荒れ用だけじゃなく薬草園の希少な薬草の増産も可能じゃないか?
「よし、良いぞノクス。お手柄だっ」
「そ、そうなんですか!? こ、光栄ですっ」
しかし、この場にイルドがいたら即座に軟膏を商品化しようとか言い出しただろうな。
それも悪くはないが、まずはご婦人方の肌を護ることを優先せねば。
「じゃあ後でサリアのところにいくか」
「そ、そうですね。それで、次は『消えない炎』の件なんですが……」
「ほうほう?」
ノクスはギャレドに相談したという。
ギャレドは戦斧郷から派遣してもらっているドワーフの鍛冶師だ。武具が専門だが、製鉄や炉の扱いに詳しい彼を頼ったのは正解だったようだ。
ギャレドの見解では、『消えない炎』の火力に合わせて設計し直したボイラーなら使用に耐えられるらしい。
ただし、常に水を通して湯を沸かし続けないとやはり熱でダメになってしまう。
「水道を通すという手もあるそうなんですが、必要な工事の規模が凄いことになってしまうそうです」
「そこが問題か……」
「そ、それでですね。これは僕の考えなんですが……ボイラーに水を補充させるのをゴーレムにさせるというのは、どうでしょうか? ゴーレムなら、その他の作業もさせられますし」
「ふむ……!」
確かにゴーレムなら一度命令すれば永遠に同じ行動を取り続けることができる。
彼も先日のロボ一号のテストを見ていたのだろう。
さらにノクスは、兵士の夜間巡回の業務にボイラーの状態確認を含める、という案を出してきた。
なるほど、それなら仕事の量としてはほとんど変わらずに安全を確保できる。
真面目なだけかと思ったが、案外柔軟な発想をするなあ。……彼への評価を改めねばならないな。
「井戸から水を汲んでボイラーに補充するか、ポンプを設置してそれを操作させるか……やり方はいくつか考えられますね」
「そうだな……。そのあたりは、建築の家のドワーフと相談した方がいいだろう。あとで、幻馬を貸すから戦斧郷にいってきてくれ」
「は、はひっ。……あの、実はもう一つっ。あ、灯りについても考えたのですがっ」
「おお、まだあるのか」
またしても背筋を伸ばし、裏返った声を出すノクス。
彼のアイディアは、【永続する明かり】による照明を室内だけでなくジーテイアス城全体のライトアップに使ったらどうか、というものだった。
(いや、ライトアップという用語は使わなかったが)
「と、遠くからでもお城の凄さっていいますか、マルギルス様の凄さを見せつけることができるんじゃないかな、と……」
「むう……」
「あっ。す、すみませんっ下らない話でしたねっ? すみませんっ」
私が唸ったので彼は凄い勢いで頭を下げ始める。
「いやいや、そうじゃないっ。感心したんだ」
「ほ、本当ですか……? あ、ありがとうございますっ」
正直、イルミネーションの類はあまり好きではないのだが。来客とかあったときにやったら効果的だろうなとは思う。
「そっちの話も、建築の家のドワーフに相談してみてくれ。デザインとかいろいろあるだろうしな。そういうことなら、クローラかエリザベルあたりの意見を聞くのもいいかもな」
「わ、分かりましたっ」
謝る時と同じ勢いで頭を下げるノクスへの評価をまた上げる。
こいつ、使えるな。
実際、この場で出た以上の人数に意見を聞き、頭をひねったのだろう。
顔を青くしたり赤くしたりしながら城内を駆け回る姿が、目に浮かぶようだ。
「これで城のご婦人方の苦労を少しは減らせるな。ありがとうっ」
恐縮しつつも嬉しそうなノクスの肩をばんばん叩く。
私も嬉しかったというのも確かだが、ここでノクスに成功体験を味あわせてやりたかった。
これで少しは自信をつけてくれれば良いのだが。
しかし。昔私を褒めてくれた上司や先輩も、こんな気持だったのだろうか?
いやいや。
『王』とかになったとしたら、『こんな気持』どころでは済まなくなるんだろう、な。
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。