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「ゴーレムとレードさんの試合だって!?」
「この城、おとぎ話みたいなことがしょっちゅう起きるよな……」
「俺、レードさんが戦うところ初めて見る……」
動く石像とレードの戦い。
話はあっというまに城中に広がって、兵士や使用人、戦族達も中庭に集まってきた。
レードは元々暗鬼狩りとしてこの世界で有名だ。
それがオグルを軽々と叩きのめした動く石像と試合をするというのだから、興味を持つなというのが難しいだろう。
「どうなんだ、実際。あのゴーレムでレードの相手になるのか?」
「うーむ」
セダムも興味津々という顔で聞いてきた。
もちろん、私だって分からない。だから試合をさせてみるわけだが……。
「まあ勝てはしないだろうなぁ」
『D&B』においてゴーレムは強い部類のモンスターではある。
ただ動く石像のレベルは十六。しかも、今回は急造品であるため、非魔法攻撃無効とか特殊能力は再現できていない。
普通に考えればレベル二十一戦士の敵ではない。
「おーい、あんまり無茶はするなよ?」
「ふん」
自分で提案しておいて今更心配になったが、レードは手加減など考えてもいないようだ。
……まあ、やばかったら途中で止めれば良いか。
中庭の中央で対峙する二つの巨大な影に近づく。
動く石像は最初と全く変わらない姿。
レードは革のズボンにごついブーツ。上半身は裸という、どこの蛮人王だといいいたくなる格好。こいつ寒くないのか?
武器は愛用の大剣ではなく、同じサイズの木剣を担いでいる。
「バッティングやローブローは反則だ。正々堂々戦うように」
「……」
「?」
私の飛ばした異世界ジョークは当然不発だった。
「あー、ええと」
「ここは、『ランガー』ですぞ」
皆のところまで下がり、どういう合図で試合を始めようか考える。
即座にサンダールが囁いてきた。
ランガーというのは戦いの神の名で、突撃したり戦いを始める時にはその名を唱えることになっているらしい。
「よし。では……ランガー!」
「うぉぉ!」
「戦士長ー!」
「レードさん頑張れー!」
私の合図で歓声を上げたのは観客だけで、当事者は無言だった。
まあ、兵士とか戦族とかが騒ぐのは良い。付き合いのあるレードを応援するのも当然だろう。
だがその中に聞き捨てならない声が混じっていた。
横目でみれば、つまらなそうなクローラの横でモーラが真剣にレードを応援している。
……まあ、そんな細かいことを気にする暇はないな。
「やれ! ロボ一号! ボコボコにしろ!」
「……」
私の冷静な指示を受け、ロボ一号こと動く石像がレードに向けて突進した。
両者の身長はロボ一号の方が頭ひとつ分大きい。体重は倍以上だろう。
バレーボールほどもある巨大な拳が上から横から、レードに襲いかかる。
その威力はオグルの顔面を陥没させるほどだ。いくら彼でも当たればただでは済まない。
「レードさんあぶなーい!」
一発くらい当たった方が検証になるかな。
が。
「……むう」
「ダメだなこりゃ」
凄まじい破壊力を秘めた石像の攻撃は、レードの身体に触れることすらできない。
木剣を上段に構えたままの戦士は、拳の軌道が見えているように適切なステップでその間合いから逃れていた。
いや、実際見えているのだろう。
「やはり速度、か?」
「いや……リズムだな」
「左様。ああも単調で型通りの攻撃では、避けてくれと言っておるようなものですな」
確かに動く石像の攻撃……拳の速さそのものは並の戦士の剣撃程度はある。
ただ、構えて殴る動きのパターンが少ない上にリズムがまったく同じだった。
先程のオグルのように向こうから攻撃してくれれば別だが、冷静に回避専念されたらどうしようもないか。
「まあ、暗鬼を相手にさせるんだろ? ならそんなに気にすることはないだろ」
「そう、だなぁ」
「おっ!?」
仏頂面の私を宥めるようなセダムに頷いた瞬間、場が湧いた。
レードが初めて攻撃に転じたのだ。
突き下ろす右拳に合わせて巨漢が鋭く踏み込む。
踏み込みの勢いが、百パーセント攻撃に転化されるのが傍目にも分かる。
大剣が鋭い弧を描き、動く石像の頭部を薙いだ。
《ゴッ》
轟音に合わせて石像の足が浮き上がり、真後ろにぶっ倒れる。
ただ頭部を叩いただけではない。
石像の運動エネルギーの流れを完全に見切った上でのカウンターだった。
「……」
見事にひっくり返った動く石像。
生身の生物なら首が吹き飛んでもおかしくない攻撃だったが、ダメージを受けてはいないようだった。
急ぐでもなく慌てるでもなく、淡々と起き上がろうとしている。
レードもそれを待つことなく、四つん這いの石像の首あたりを狙って木剣を振り上げた。
「待ったまった! それまで! 勝負ありだ!」
動く石像の攻撃耐性を確認したくもあった。が、レードにやらせると耐性が分かった時にはバラバラにされてそうだ。
私は慌てて双方を止めた。
「すっっげぇぇぇ!!」
「戦士長ーー!!」
「お見事ぉぉ!」
試合とはいえレードが戦うところを見た者はこの中には少ない。
それだけに皆の興奮は凄まじく、口々に戦族戦士長を称えた。
「レードさん、凄いですね! はい、どうぞ!」
「……ああ」
満面の笑みを浮かべたモーラが、レードにタオルを手渡す。
レードは一瞬だけモーラに目を向けてからタオルを受け取った。
……何だろうこの想い。
『娘がアイドルに夢中で相手してもらえない父親』とか、こんな気分なのだろうか。
ん?
……綺麗にたたまれたタオルが小さい手から巨大な手に渡る光景の中で、何かが私に引っかかった。
それが何かはっきりしないうちに、汗を拭うレードと、モーラがこちらへやってくる。
「流石だな。まだロボ一号はぴんぴんしてるけどな。まあ試験としては十分だったよ」
「小鬼と巨鬼相手ならアレでも問題ないだろう。まあ戦族を相手にするとしたら全く足りんがな」
厭味ったらしい私の台詞に、唇を吊り上げるドヤ顔で対抗してくる。
全く可愛げのない戦族だ。
こんな男に娘はやれん! いや娘じゃないんだが。
レードの感想を聞いているうちに、観客たちは各々解散し自分の仕事へ戻っていった。
私も生徒達と動く石像を連れて錬金工房へ行こうとすると。
「あの、マルギルス様っ」
「どうしたね、モーラ?」
モーラが不安そうな顔で声をかけてきた。人目が有るときは、ジオとは呼ばれない。
「お疲れなんじゃないですか? 目の下に凄い隈が……」
「ああ。……ロボの開発で少し忙しくてね。これからは大丈夫だ」
「そうですか……。これから寒くなりますし、絶対無理しないでくださいね?」
「心配かけるな、モーラ。君もあまり一人で仕事を背負い込まないように」
背後でクローラが頷く気配を感じながら、モーラの頭を撫でてやる。
むむ。
嬉しそうに胸の前で組まれたモーラの手。
さきほどの引っ掛かりの正体が分かった。
「なあ、ログ」
「なんですか先生?」
錬金工房で作業をはじめる前に、私はログに聞く。
彼らは勉強や作業を以外の時間を、モーラ達メイドの手伝いをして過ごしているはずだ。
「ここのところ大分気温が下がってきたよな? 水仕事とか、大変じゃないか?」
「そりゃ大変っすよ。でも養成校でやらされてたのに比べれば楽ですけど」
ログは年の割に無骨な手を広げて見せた。霜焼け、あかぎれで痛々しい手を。
そんな手の割に、笑顔は明るいのだから余計こっちの心にくるんだよな。
モーラの手もまったく同じだったのだ。
「これからは王とかになるんだしな」
今まで、魔法や現代知識を使って城の設備等に手を改良することには多少の躊躇があった。
この世界の文明・文化を尊重すべきと思っていたし、実際昔思っていたよりも生活は快適だった。
……ただそれは、私が仮にも城主として、皆の奉仕を受ける立場だったからなのだ。
「この城……いや国内限定ってことで何か考えるか……」
王となる身として、自分の技術をもっと積極的に皆のために活用すべきではないか?
ゴーレム作製が一段落したところで、新しい――そしてやり甲斐のある――仕事が見つかったようだ。