ゴーレム大地に立つ
魔術師ギルドで『ゴーレム作製』を宣言してから数ヶ月。
ようやくここまでたどり着くことができた。
「長かったなぁ」
中庭に仁王立ちする動く石像を見上げ、私は感慨にひたった。
「この威容! 老骨も滾るものがありまする!」
「ゴーレムってのは一度しか見たことがないが、こんなに強そうじゃなかったな」
見物にやってきたサンダールとセダムも口々に褒め称える。
さらに戦族の居住地の方から、デカイ人影がチラチラこっちを窺っているようだ。
一方。
「もう少し気品のあるデザインにはできませんでしたの?」
「美術品として展示するには無理がありますね」
「ちょっと怖い感じ……」
「えーいーじゃねーか!」
クローラ、モーラ、エリザベル。女性陣からは不評だった。
ディアーヌはまぁ、あれとしておこう。
実際、ドワーフに造形を頼んだときに、あえて少しツルリとしたシルエットを指定してるからな。
特に深い意味はないのだが……ゴツくて一本角やV字角を着けるようなゴーレムは、もっと強力にしておきたいということだ。
「えっと、先生? これからどうするんですか?」
「ギュルルッ」
一番冷静なのは生徒たちだった。
質問してきたテルの横では、恐竜もどき達……確か陸走竜といったか……が行儀よく座っている。
「私もこの世界……いやこの大陸にきてから初めてゴーレムを造ったからな。戦闘力を試してみるんだ」
「凄ぇ! これが戦うところが見られるんですか!?」
「ああ、もちろんだ」
ログが珍しく無邪気に目を輝かせた。
私は機嫌を良くして大きく頷く。
「相手は……まあいつも通りでいいな」
ということで、私は【鬼族小隊創造】を唱えた。
「グルウッ!」
「ガアアッ!」
「ガアッ」
六体の赤褐色の巨体。
オグル達が斧や槍を振りかざし、動く石像に殺到する。
動く石像の方が頭ひとつ分ほど大きいが、一度に攻撃できるのは三体ずつか。
《ガッ ガッ ガッ》
三度、硬い音が響く。
「ガッ!?」
攻撃したオグルたちの動きが驚いたように一瞬止まる。
動く石像は一歩も動かず、傷一つついていない。
「わっ、すげぇ!」
「ふふふ。差し詰めジーテイアスのゴーレムは化け物か、といったところかな」
「?」
さらに別のオグルが動く石像に殴りかかろうとするのが見えた。
ここで初めて、動く石像に攻撃命令を下す。
「オグルを倒せ、ロボ一号!」
「……」
別に、目が光ったり独特な効果音を発したりはしないのだが。
とにかく私の命令通り、石の巨体は両腕を大きく振り回した。
《ゴッ》
「グギャッ」
攻撃をしかけた二体のオグルのうち、一体は石の拳で顔面を潰されぶっ倒れた。
しかし一体はその腕をかいぐぐり、板金鎧の装甲を模した石像の胸板に斧の一撃を加える。
「……」
「ガッッ」
当然、その一撃にも動く石像はひるまない。
逆にオグルの手首を掴み、大きく振り回す。
「グァァッ!?」
「おぉーっ!」
男どもが歓声を上げる。
動く石像はオグルを仲間二体に向けて叩きつけ、まとめてなぎ倒していた。
「グッガアッ……」
「ギルルッ!?」
暗鬼で言えば巨鬼に匹敵するオグルを、投げ飛ばしたのではなく、投げた。
その勢いは、衝突した三体のオグルのうち一体は首があらぬ方へ折れ曲がり、残る二体も立ち上がることができないほどだった。
その勢いに伏せていた陸走竜二頭まで、怯えたように後退る。
「グルウァッ!」
「……」
「もういい、そこまで! そこまで!」
どこまでも忠実に、戦いを続行しようとする二種類の従者を私は止めた。
「むう! これは凄まじいですな!」
「……オグルさんが可哀相……」
観客の反応は極端だった。
モーラが涙目になっていたので、慌ててオグルたちに【魔力解除】をかけて消滅させておく。
しかし、動く石像の戦力はしっかり確認できた、と思う。
「……品格はありませんが、これが多数都市に配備できるなら心強いですわね。ヘリドールも喜ぶでしょう」
「今度の会議の交渉の場で、とてつもない切り札として使えますねっ」
クローラとエリザベルも、ゴーレムの強さだけは認めざるを得ないだろう。
ただ、私としては見落としが何かないかと気になった。
「どうだろう? このゴーレムなら、暗鬼に対して有効な戦力になると思うか?」
「そうですなぁ……」
サンダール卿は、厳つい顎を撫でて考え込む。かなり熱中していたわりには慎重な態度だった。
「単純な強さ、という意味では申し分ありませんな。巨鬼数体を十分撃退できましょう。小鬼の群れも問題にはならぬでしょうが……」
「気になるのは攻撃範囲と、速度だな」
「うむ」
セダムとサンダールが頷きあう。
「無数の小鬼を相手にするのに、両手でいちいち殴っていたんじゃ日が暮れるぜ」
「まあその点は何か武器を持たされば解決するでしょうな。長柄の鉄球棍がお勧めですぞ」
なるほど。さすがは百戦錬磨の冒険者と騎士だ。
さっそく、戦斧郷に依頼することにしよう。
……ゴーレムハンマーとは、格好いいな。あのパワーで鉄球を振り回したら、ちょっとした無双系ゲームになる。
「暗鬼というのは普通の軍隊とは違いまする。どこにどれだけ現れるか分かりませぬ」
「いくら強力でも、暗鬼が出現したその場所に配置……移動できなければ意味がないか」
「それに暗鬼が狙うのは常に人間だからな。ゴーレムを無視して人間だけに襲いかかるかも知れん」
次の指摘ももっともだった。
だがそれについては問題ない。
「移動速度は心配いらない。あれでも、並の兵士程度には走れる。疲れることがないから、全体の行軍速度だけなら人間よりよほど早いぞ」
「本当か?」
疑いの目を向けられたので、私は動く石像に『上の中庭』をランニングするよう命令した。
《ドスッドスッドスッ》
と、漫画みたいな地響きを立てながら走る動く石像には、流石にみな絶句する。
というか何百kgかある石の塊が時速二十キロくらいで爆走する様子は正直こわい。
ああの勢いで突っ込むだけでも相当な威力の攻撃になるだろう。
「……あれを各都市に配備したとして。悪用されぬよう、『プログラム』とやらは慎重にせねばなりませんわね」
少し青ざめたクローラに、強く同意する。
「……おい」
「ん?」
中庭をぐるりとランニングしている動く石像を眺めていると、頭上から声が降ってきた。
見上げるまでもなく、戦族の戦士長、レードである。
「あの石像がうちの居住地に踏み込んできて、武具の手入れの邪魔をした。苦情を申し立てる」
「……なんだそれは」
レードも最近、少しずつ喋るようになってきている。
それは良いことなのだが、時々意図が分からない発言があるのは困るな。しかも、苦情を申し立ててるはずの私の方を見もしない。
「ジオさん、ジオさん」
「……なるほど」
背後からモーラがこっそり(いやまる分かりだが)私の袖をひき、指差す方向には動く石像があった。
それはレードの視線の先にもあるものだ。
「なんだ、要するに動く石像と戦ってみたいのか? それとも命令して遊んでみたいのか?」
「っ……」
レードは不機嫌そうに口をへの字にしてそっぽを向く。どっちかが正解だったようだ。
……21レベル戦士。今のところこの世界最強の戦士相手にどの程度ゴーレムが戦えるか?
これは私も純粋に見てみたい。
「戦力評価なら、やはり限界までやってみるのも必要だな。レード、苦情を言うなら直接動く石像に言ってみるかね?」
「良いだろう」
「おおっ。暗鬼狩りとゴーレムの対決とはっ!」
「これは見ものだな」
「すっげー! どっちが強ぇんだ!?」
引き結んでた唇を緩め、犬歯をむき出しにして笑うレード。
男性陣(とディアーヌが一名)は大いに盛り上がった。
「殿方というのは本当に子供ですわねぇ」
「あはは……そうですね」
「ゴーレムが壊れたら困ると思いますけど……」
女性陣の方から何か聞こえたが、気にしないでおこう。