アルケミーズハイ
王になる。
そう宣言すると、仲間たちはみな大いに喜んでくれた。
あの会話の後だったので、クローラは微妙に膨れ面だったが。
モーラなどは、泣いて抱きついてきて宥めるのが大変だった。意外だったのは、(見かけはともかく)かなりクールな性格だろうと思っていたエリザベルまで、涙ぐんでいたことか。
ただし、私がそう決めたからと言ってその日にハイ建国、という流れではなかった。
『王である』と名乗るだけなら、別に誰に断る必要もないのだ。
リュウス同盟近辺ではかなりの有名人である私であれば、『今日からうちは国になったから』と宣言しても苦情はこないだろう。
ただし、周辺への影響や体面を考えた方が良いのは確かだ。
そこで、例の『リュウス大会議』の場で建国を宣言し、各都市の代表から承認を受けようという話になった。
このあたりの戦略は、すでにイルドやエリザベルが中心になって考えてくれていたようだ。
「やっぱり、私の言ったとおりになりましたね。このお城、これからもっともっと発展しますよ。……いいえ、させてご覧にいれますわ」
「う、うむ。これからもよろしく頼む」
エリザベルは、先程の涙の余韻など感じさせない完璧な笑みを浮かべて宣言した。
……もしかして彼女の能力を過小評価していたのかも知れないな。
頼もしさと、少しばかり薄ら寒いものを感じながら私は頷いた。
というわけで、リュウス大会議でやらねばならないことが増えたのである。
当初の目的は、我々とリュウス同盟全体との間に対暗鬼同盟を結ぶこと。
そこに、私達の国を承認してもらうということが加わった。
まあ、これまでのリュウス各都市の反応を見る限りあまり問題はないだろう。
唯一、反対する可能性があるのが例のリュウシュク市だが……偵察に出ているレイハたちがそろそろ帰還するらしいので、報告を聞いてから対策を考えよう。
レイドやクローラ、エリザベルなど政治や外交関係で動ける仲間たちも事前の調整や交渉のため、これからレリス市やリュウス同盟の諸都市との間を行き来することになっている。
そんな彼らの努力に応えなければ、王とはいえないだろう。
リュウス大会議への参加を決めてからすでに一ヶ月近く経過している。残る二ヶ月……いや、余裕を見て一ヶ月というところだ。
その期間で、私も自分の仕事をきっちりやり遂げねばならない。
三十日後。
秋の気配が色濃くなったジーテイアス城。錬金工房。
「まーざれよーまーざれー……」
将来の王としての使命感を新たにした私は、もう何百回繰り返したか分からない作業に集中していた。
片手のビーカーの中の灰色の粘液をガラス棒でひたすらかき回す。
粘液は、『霊素』『水の元素』そして『石の粉末』の混合物である。
やがて、灰色の粘液はぼんやりと発行しはじめる。これで、動く石像の原料、『生きている石』へと変性した。
「そしてーちかのーかんおーけーえとー」
生きている石でいっぱいのビーカーを、無心のまま地下室へと運ぶ。
だだっぴろい地下室の中央に置いた石棺。その小さな注ぎ穴へ、慎重に粘液を注入した。
「そーとそそぐよーそーっとそーっと……お」
真っ暗だった注入口の縁に、ほのかな光が届いた。
空洞の石棺内部に、生きている石が一杯になった証拠だ。
「よしよし、だいたい計算どおりだな。これでようやくゴーレム製造の第二段階は終了だ」
ここ十日ほどかなり根を詰めていた作業が無事終わったようだ。
私はほっとため息をついてから、見学者たちへ視線を向けた。
「……それはようございました」
「は、はい、先生」
「……」
ん?
クローラだけでなく、生徒達三人の様子が少しおかしい。みんな瞳を上に……端的にいえば白目を剥いている。
「何か難しいことがあったかな? 質問があれば……」
「そうじゃないですわっ」
クローラが、つかつかと詰め寄ってきた。
「いろいろ言いたいことはありますけれども、あの間抜けな歌は何なんですのっ!?」
「マヌケ!?」
思ってもいなかった指摘に私は絶句した。どうも、生徒達もクローラと同意見らしい。
作詞作曲私である、ゴーレム作製ソングは不評だったようだ。
子供はこういうの好きだと思ったんだがなぁ……。
「いや、ほら、この作業中は生きている石に錬金術師の意志を反応させないように雑念を払う必要があるといっただろ? そのために無心になれる歌でも歌ったらどうかなと……」
「むしろ陰鬱な念が湧いてくると思う……」
生徒達を代表するように、金髪の少女ダヤが言った。
クローラも激しく頷いている。
「うーむ、そうか。じゃあやはり地道にメンタルトレーニングするしかないなぁ」
「はいっ。頑張ります!」
今度はログ少年が気合を込めて返事をしてくれた。
「……それよりマルギルス、貴方は大丈夫ですの? 顔色が悪いですわよ?」
「そうか?」
ここのところ城主の仕事に足してゴーレム製造にかかりきりだったせいで、確かに睡眠時間は減っていた。
私のキャラクターとしてのCON(耐久値)は十六。これは、マラソン選手でいえば国レベルに匹敵する数値である。
実際、さほど疲労は感じていない……いや、そうでもないかな?
「何だかそう言われると、疲れているような気がしてきた」
この世界へ転移してきてから、仕事的な意味でここまで肉体を酷使したことがなかったので感覚を忘れていたのかも知れない。
これは確かに、残業続きでハイになった状態かも知れない。
「少しお休みなさい? 精神修養でしたら、私でも少しは彼らに指導できますわ」
「いや、心遣いはありがたいがこれからすぐに第三段階に取り掛からねばならないんだ」
心配そうなクローラを押しのけて、私は呪文を唱える。
「……わっ」
「凄い……」
見えざる運び手によって、石棺の蓋が外される。
そこに横たわっていたのは、全身鎧を彷彿させる体高二・五メートルほどの石像だ。
ちなみにこの鋳型(石棺)は例によって戦斧郷のドワーフに特別注文した品である。ドワーフ凄え。
「光ってる……」
「それになんだか……動いてない?」
少年少女が恐る恐る近づいて観察したとおり。
石像はそれ自体がぼんやりとした光を放ち、さらに呼吸でもしているように微かに脈動していた。
「これが、動く石像……ですのね?」
「いや、これはまだ身体だけだ。これから、この石像に『心』を授ける」
「心?」
「これさ」
私は懐から一枚の紙を取り出した。
この世界で紙といえば羊皮紙だが、これは特別にドラゴンの革で作った竜皮紙である。
レリス市の写本師ギルドに無理をいって売ってもらった貴重な素材だ。
その竜皮紙に、これも錬金炉で精製した種々の材料を混ぜて作った特殊なインクで書き込んだ文字が、ゴーレムの『心』である。
「何ですの……? ……『ひとつ、私はジオ・マルギルスもしくはコマンドワードを唱えし主の命令にのみ従う』。『ふたつ、私は主の命令に反しない限り可能な限り人間を保護する』……?」
眉を細めたクローラが読んだように、書き込んだのはいわばゴーレムが動く際の優先事項や禁則事項だ。いわば、ゴーレムを動かすためのプログラムである。
「……では。私、ジオ・マルギルスはこれより生きている石に心を授け、忠実にして強靭なる動く石像へと生まれ変わらせん」
私は厳かに唱えながら、竜皮紙を石像の頭部へ触れさせる。
特殊インクによる魔法効果で、竜皮紙はうごめく石に溶け込み、同化していった。
「……あれ? 光らなくなった……動きも……」
観察力鋭いテル少年がいうように、その瞬間に石像の発光や脈動は停止した。
これは失敗では、もちろんない。
「よーし……それでは、起動してみよう。私のゴーレム一号を……!」
「……やけに嬉しそうですわね?」
どうも私はかなりニヤニヤしていたようだ。
しかしこれは止むを得ない。
大きさこそパワードスーツレベルだが、これも立派なロボットである。
ロボットを操るのは男のロマン。女子供に用はないのだ。
「では行くぞ! ○○○……!」
『人型ロボットを起動する熱血キーワード』。
私が何と叫んだかは、想像にお任せする。