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クローラ・アンデルと私

 「おう」


 私は呆然と呟いた。

 聞き間違いか? と、かすかな望みを抱いて見回すが皆の表情は真剣そのものだった。


 「王、か……」

 「……マルギルス様、これはこの場にいる全員からのお願いです。ダークエルフの皆さんもきっと同じ思いでしょう」


 レイハとダークエルフ四姉妹は、まだリュウス同盟への偵察から帰還していない。

 ……まあ、イルドの言うとおりだろう。


 しかし、ということは何だ? 例えばレードまで同意しているのか?


 「……」


 私の視線に気付いて、天井すれすれにあった厳つい顔が小さく頷く。

 クローラ、トーラッド、フィジカ、テッド、エリザベル、ディアーヌ、サンダール。みな同じだ。

 モーラすら、胸元で手を合わせてこちらを見つめている。


 どうやらこの会議が始まるまえに話を合わせていたらしい。

 こんなサプライズってあるか?

 お父さんの誕生日パーティじゃないんだぞ。


 「マルギルス様?」


 イルドが再度声をかけた。今度は若干不安そうだ。

 私はからからに乾いた喉から、ようよう返事を絞り出す。


 「みなの気持ちはありがたい。……だが急な話だしな……少し、一人で考えたい」

 「……承知いたしました」


 イルドをはじめ、皆が深く頭を下げる。

 私はふらふらと立ち上がり、上階の自室へ戻る。

 螺旋階段を踏む足がみょうにふわふわと頼りない。




 「……はああっ」


 自室へ戻った私は気の抜けた声を出しながらベッドに突っ伏した。


 「分かってはいる。……分かっちゃあいるんだ」


 そう、分かっている。

 今の私は城を領有し、村を保護し、他国と同盟し、旅人から通行税を徴収している。誰が見ても一つの国とその王だ。


 こうなるまでに様々な選択肢があった。

 そもそもカルバネラ騎士団から砦を受け取ったこと、そこにイルドたち仲間を呼び寄せたこと、他の勢力と同盟を組もうとしたこと……。


 いつでも目的は、暗鬼から人々を護ること。そのための同盟を作り上げることだった。

 だが一方で、これはまるで国造りだな、と思ったことも度々ある。

 正直にいえば、『自分の城』『自分の仲間』が徐々に増強していくのは楽しかったしな。


 だが、それとこれとは別だ。


 私が王? 王様? 陛下とか呼ばれちゃう?

 そんな馬鹿な。私はただのおっさんだ。


 「……だが……私は魔法使いだ。……大魔法使い」


 自分に言い聞かすように繰り返す。

 私のこの世界セディアでの仮面、そして責任の名だ。


 ただ暗鬼を倒すだけなら、仮面はこの一枚で足りる。

 だがこれから、リュウス同盟や北方の王国シュレンダル、その他の国々と同盟を組むためにも『一国の主』という新たな仮面は絶対に必要になる。


 そして、現実的な問題もある。


 「……」


 私はのろのろと起き上がり、窓から中庭を見下ろした。


 きゃわきゃわと、少年少女が年下の小さい子供たちと遊んでいる。

 巨大な二足歩行の恐竜もどきが、愛玩犬よろしく子供たちともじゃれているのが異様だったが、まぁ平和な光景だ。


 小さい子たちはセダムの家族だ。

 彼は本業である冒険者をやめ、家族を連れてジーテイアス城に移住してくれた。

 それはつまり、セダム本人だけでなくその妻や子供たちの未来すら、私に預けてくれたということだ。


 当然、セダム一家だけの話ではない。イルドはもとからだし、シュルズ族や村人たち……。

 彼らの未来を預かるのは、今のままの城や、いわゆる現代の会社組織のような存在では不可能だ。


 私が死んだらはい解散、とはいかないのだ。

 たとえ私がいなくなっても、その後継者が領地を引き継ぎ仲間や領民を護る……そのためのシステムがこの場合の『国』なのだから。


 「そうだな、もうやるしかないぞ」


 結局のところ、理屈ではすでに答えは出ていた。

 感情的に、『王』などという大層な仮面を被るのが嫌だっただけである。

 何十年も浸かってきた『人間はみな平等』という価値観(まあそれが建前だとしてもだ)は、そう簡単には変わらない。


 「……領主として犯罪者を処刑までして今更何をいってんだ、って話だよな……」


 自分でも嫌になる性分だが、長い長い自問自答の末、ようやく決意が固まり始める。

 と、そこへ。


 「マルギルス? よろしくて?」


 作法に則ったノックと、気品ある声が響いた。

 言うまでもなくクローラだ。


 「ああ、構わない。入ってくれ」


 なるほど。

 私が中々戻らないので、偵察か説得のために彼女が派遣されたのだろう。悪くない判断……いやベストな判断だ。


 「失礼いたしますわ。お茶とお菓子はいかが?」


 やや硬い表情のクローラは、茶器とクッキーを持参してくれていた。

 それは珍しかったのだが、さっさと茶を淹れはじめる強引さはいつもどおりだった。




 「ふう。美味いな」

 「良う御座いました」

 「そういえば、君に茶を淹れてもらうのは初めてだったな」


 テーブルに差し向かいで座り、温かいシル茶を味わう。

 乾いた喉にさわやかな酸味が心地よかった。

 私の軽い冗談に、クローラは白い頬を赤くする。……いや、というより顔色自体が青白い、のか?


 「本来なら給仕など、貴族にして魔術師であるわたくしの仕事ではありませんわ」

 「なら、余計貴重なお茶ということだな。味わって頂くよ」

 「そ、そうなさいませ……」


 「それで……」

 「マルギルス」


 ようやく固まった決意を口にしようとすると、クローラがそれを遮る。

 ここでようやく、カップの持ち手を優雅につまむ彼女の指が小さく震えていることに気付いた。

 クローラも、相当な覚悟を持って私を説得するつもりらしい。


 「貴方はこれまで国を造り王になろうなどと考えもしてこられなかったでしょう。ですが、ことここに至っては、それは最早必然というべきですわ。そもそも……」


 クローラは理路整然と、現在の領地を国としてまとめることの必要性を説いた。

 ぶっちゃけ、先程まで――これまで私が考えていたこととほとんど同じである。


 「貴方のような強大な力を持った存在には、国と民という枷でもないかぎり他の支配者は安心いたしませんわよ?」


 しかし、彼女の怜悧な声できっぱり言われると、自分の考え以上に説得力があるから困る。

 いや、むしろクローラはあえて辛辣な表現をすることで私を叱咤しているつもりなのだろう。

 これまでも何度か感じてきた、貴族令嬢の厳しい優しさに少し口元が緩む。


 「何を笑ってらっしゃるの?」

 「いや、すまん。何でもない」


 クローラと私はシル茶を一口飲んで息を整える。

 しかしまだ、緊張が解けた感じはしないな。

 私がごちゃごちゃ反論すると思って、その前に言うべきことを言ってしまう作戦なのだろうか。


 「……貴方は、貴方は何を迷っていらっしゃるの?」

 「あ、ああ。まぁ、私などが王に相応しいのか、とね。君も知ってのとおり私はこの世界の人間でもないし……」

 「そのようなことは問題ではありませんっ!」


 金髪美女はぴしゃりと言った。

 ……まずい。これは、話の持って行き方を間違えた。


 「いや……」

 「貴方っ。貴方は、ご自分がどれだけ英雄的な偉業を成し遂げてきたか、お忘れなのですかっ!?」


 私がまだ腹を決め兼ねていると誤解させてしまったようだ。

 細く綺麗な眉をきりきり・・・・とつり上げ、ついでに仁王立ちになってクローラは力説をはじめた。


 「そもそも腑抜けたカルバネラ騎士団を叱咤して暗鬼の巣を破壊し! レリス市に潜む暗鬼崇拝者デモニストを滅し! ……フィルサンドの街を五千の暗鬼の軍団レギオンから守ったのはマルギルス、貴方ですのよ!?」

 「お、おう……」


 褒められているはずなのだが。

 クローラが金髪を乱して叩きつけるように叫ぶと、怒られているような気分になってくる。


 「そして、ただ暗鬼を倒すというだけでなく全世界の人々のために同盟を築こうという見識と智謀! そして何より、それだけの力と実績を持ちながら貴方はひとつもそれを誇示しない!」

 「そ、そうだな」

 「良い加減に自覚なさいな! わたくしがどれほど貴方のことを誇りに思っているか!」

 「ん?」

 「そうですわっ! セダムもモーラもレイハも、あのレードさえっ……何ですの?」


 いま、『貴方を誇りに思っている』の主語が『わたくし』だったような気がするのだが。

 まあ彼女も少しは、私の行動を認めてくれているということだろう。

 確かにそれは、私にとっても誇らしいことだな。


 「何でもない。……いや、というかだな、クローラ……」

 「ただもしも」


 クローラの声がいきなりトーンダウンした。

 すとん、と椅子に腰を落とし、うつむく。


 「ど、どうした?」

 「ただもしも……。貴方が本当に王になりたくないというのでしたら……」


 クローラは悲しげに続けた。


 「全てを捨てて、去ってもよろしくてよ? 貴方が本心ではわたくしたちのことを重荷と思っておられるのなら……」

 「……クローラ……」


 クローラの思いやりは本当に嬉しいし、有難かった。

 彼女は、私が本当はただのおっさんだと知った上で厳しく現実を突きつけ、一方で逃げ道すら用意してくれたのだ。

 ……こんな子とあと二十年早く出会えていればな、と本気で思う。


 「……ジオ?」


 しみじみと感慨にふけっていると、クローラが上目遣いに見つめてきた。青い瞳が少し濡れている。


 「そこまで私のことを考えてくれて、本当にありがとう。だが……」




 国を造り、王となる。

 その覚悟を伝えると、彼女はもちろん大変に喜んでくれた。


 ただ、失敗だったのは。

 逃亡を勧めてくれるまえに、その決心は定まっていたと口を滑らせてしまったことだ。


 当然、滅茶苦茶怒られた。



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