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白剣城

 白剣城には、数時間で問題なく到着した。

 平野に散在するなだらかな丘の上に建てられた城壁は、高さ15メートルはあるだろうか? それに比例したスケールの城門に多数の防御塔を備え、純白に染め上げられている。これは確かに、白い剣の城だな。


 セダムの話では、ユウレ村やその周辺でモンスターの被害などがあった場合、住民はほとんど白剣城のカルバネラ騎士団を頼るそうだ。

 白い城の東側には、赤茶けた荒野が広がっている。

 ここは人間の領域と怪物の領域を分ける境界線なのだろう。


 カルバネラ騎士団は、何百年か前の暗鬼と人類の大戦争で活躍した北方の王国シュレンダルの騎士団を母体にしているのだという。

 永らくリュウスの東側の治安を護ってきた彼らの能力は高いが、ここ10年ほど暗鬼の出現が減っていることもあり士気の低下が心配だ……とセダムは言っていた。



 私もいま、それを実感しているところだ。

 二重になった城門をくぐり、騎士団長への面会を求めたセダム、私、クローラの三人は一応丁重に扱われ、会議室のような場所に通された。

 しかし、そこで待っていたのは騎士団長ではなく、参謀だという中年男だった。


「高名な冒険者である君のことだから、嘘はついていないと思うのだが……」


 エスピネ、という名の参謀はいかにも、『嘘だろう』という顔でこちらを見ながら言った。

 まぁ予想通りの反応ではある。


「セダムだけならいざ知らず、レリス市魔術師ギルド5席のこのわたくしを疑うと仰るのかしら?」


 確かレリス市には正式な魔術師が12人といっていたが、5席って偉いのだろうか。しかし、参謀は焦ったようだ。


「い、いいえ。しかし、その、そちらの男が魔術師を石にしただの、隕石を降らしただのと……。あまりにも荒唐無稽ですぞ」

「すまないが、騎士団長に直接会わせてもらえないか? でなければ、第一中隊長でもいい」

「騎士団長アムランド・ガル・サーディッシュ卿は体調不良だ。第一中隊長のアルノギア殿も巡回中で……」


 ここまで拒絶されるとは思っていなかったな。どうするのかと、横目でセダムの様子を見ると。


「……それなら、アルノギアが戻るまで待たせてもらう」

「いや、当城に司令部の許可のないものを宿泊させるわけには……」

「……ちっ」


 舌打ちしたっ!? ……そうか、セダムは頭の固い相手とは話せないタイプなのか。


「団長の部屋まで押しかければ良いのではなくって?」


 ……クローラは論外のようだ。

 私が交渉するしかないのか? 粘り強く交渉するのは構わないが、先にセダムかクローラがキレそうだ。


「申し訳ないが、その男の素性をもう一度確認した方が良いのではないか?」

「この方が詐欺師だとでも仰るのかしら!?」


 いや、怒ってくれるのは嬉しいのだが……。

 私が彼女を制して参謀氏に話しかけようとした時だ。


 乱暴に扉が開け放たれた。続けて巨体の男がのっそりと入ってくる。

 巨体……一番的確な喩えは『力士のようだ』だろう。体重200kgくらいありそうだ。騎士の鎧を身につけられているのが信じられないが、特注なんだろう。まだ年は20歳前後のようだが、成人病は大丈夫だろうか?


「なあに、俺の城で騒いでんだぁ?」


 そして第一声がこれだ。まさかこいつが騎士団長なのか?


「……ギリオン殿。この城は騎士団全体が所有するものですぞ」


 セダムやクローラの視線が氷点下なのは当然だが、参謀の対応も冷たいものだった。私の懸念も一瞬で氷解する。


「はぁ? 俺様はその騎士団の創始者の直系だろ? 俺様の名前はギリオン・ギル・カルバネラ! この騎士団はカルバネラ騎士団! つまり俺様のモノってことだろーが」

「騎士団の規定にそのような条項はございません」


 なるほど。自覚してないだろうが、分かりやすい説明をありがとう。会社員だったころはたまにこういう手合いは見てきた。……ここでこの男の自尊心を刺激してやれば、簡単に話にのってきそうな気もする


「兄さん! 部外者の前で何やってんのさっ!」


 また新たな登場人物だ。

 入り口で怒鳴っていた巨体、ギリオンを押しのけるように入ってきたのは、赤毛をワイルドに跳ねさせた女性騎士だった。装備している鎧はギリアンや参謀のそれよりもシンプルなので、地位は高くないのかも知れない。

 ……いやまて。いま『兄さん』って言ったか?


「セダム、クローラ。見苦しいところを見せたな」

「……構いませんわ」

「リオ、丁度いい。話を聞いてくれ。暗鬼が出現した。おそらく大きな巣が存在する」

「なにっ!?」

「本当かっ!?」


 セダムの端的な説明に、リオと呼ばれた女性騎士はともかく、ギリオンまで激しく反応を示した。


「暗鬼、暗鬼かっ! それも、巣があるだと!? よっし! よっし! それは何処にある!? カルバネラ騎士団が! 俺様が叩き潰してやるぜっ!」

「セダム、その話は本当なのか? それなら我々が何とかしなければ……」

「ギリオン殿、リオリア殿、それが全く現実味のない話なのですよ。お信じなさるな」



「……」


 三者三様の反応の騎士団関係者を前にセダムとクローラは途方にくれていた。ギリオンとリオリアは話を聞いてくれそうだが、彼らの騎士団内での立場が分からない。その場の責任者がはっきりしていない会議ほど不毛なものはないしな。



 仕方がない。

 会社員としてはこういうやり方は好きではないが、『大魔法使い』でいくとしよう。


「初めまして、ギリオン殿。リオリア殿」


 私はゆっくり立ち上がり、余裕ありそうに見えることを祈りながら片手を胸にあてて一礼する。


「何だお前? セダムのところの新人か?」

「魔術師殿とお見受けするが……」

「いや。私は魔術師ではない。『大魔法使い』ジオ・マルギルス」


 私の口上に、ギリオンとリオリアは顔を見合わせた。……兄妹だとしたら、案外仲は悪くないのかも知れない。


「ああ。彼の魔法で山賊とその首領だった魔術師を倒せたし、暗鬼の軍団も事前に殲滅できた」

「……なんじゃそりゃ」

「確かに、俄には信じられない話だな」

「私の能力について、議論する必要はない。……何故ならば、それは自明のことだから」


 私は大仰にローブの袖を翻して腕を伸ばし、会議室の床の一点を指差した。

「この呪文により、我が所有物である石像を召還する。【物品召還(アポーツ】」


 私が指差した床上に空間の歪みが生じ、そこから滲み出すように出現したのは、恐怖の表情を浮かべたままの魔術師ジャーグルの石像だった。


「なああっっ!?」

「んが……」

「きゃぁっ!?」


 参謀、ギリオン、リオリアの三人は目を剥いて驚く。魔術には攻撃用のものしかないと聞いていたので、まずはこうした呪文でデモを行うつもりだったのだ。


「彼は、レリス市の商人イルド氏の隊商を襲い、娘を誘拐した山賊の首領だ。引渡すので、法に従って処分したまえ」


 実際騎士団にそういう権限があるのかどうかは知らないが、ノリで言ってしまった。


「石像のままでは取り調べもできないし、罪を購うこともできないからな。戻しておこう。この呪文により半径3m以内の魔力を虚無へ戻す。【魔力解除(ディスペルマジック)】」


 続けて、彼にかけた【石 化(ストーンド)】の効果を解除するための呪文を使う。石像が一瞬光り輝き、光が消えた時そこに転がっていたのは精根尽き果てて虚脱した哀れな男だった。


「あ……ぅぁ……」


 石像を転移させたよりも、その石像が生身の人間になったことの方が衝撃は大きかったようだ。

 立ち上がるどころか、まともにしゃべることもできないジャーグルを見て騎士三人は目だけでなく口もあんぐり開けて惚けていた。


「せ、石像が、人間に……」

「あわわわ……あわわ……」

「す、凄い……」


 呆然とする三人の前を、ゆっくり歩いてジャーグルに近づく。慌てるな、慌てるな。


 廃人と化したように何も映していないジャーグルの目を見て少々良心が痛んだが、それは無視して彼の手から私の杖、ウィザードリィスタッフを取り返した。


「これは、私の私物なのでね」

「あ、あんた……一体何もんだ?」


 巨体の騎士は、額にびっしりと脂汗を浮かべながら聞いた。……良く見ると、赤毛の女性騎士を庇うように一歩前に出ている。私は何となく、彼のことが好きになった。


「重ねて言うが、私は大魔法使いジオ・マルギルス。その名において、誇り高きカルバネラ騎士団に要求したい。騎士団長もしくは、騎士団を代表する人々の前で、暗鬼の脅威について説明をさせてほしい。そのために時間が必要だというならば、それまでここに滞在させてもらいたい」


 なるべく威厳が出せるように重々しくゆっくりしゃべる。とどめに、ウィザードリィスタッフの石突で、『ドン』と床を叩いた。


「司令部の許可とやらは、とってもらえると信じているよ」

 騎士たちはがくがくと高速で顔を縦に振った。


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