サプライズ
主塔、司令室での会議はおおむねまとまった。
イルドが羊皮紙に書き留めた内容を読み上げていく。
「では、兵士たちは三つの中隊に再編成し、それぞれに中隊長を置くと。軍全体の司令官はサンダール卿ということですね」
我が城の兵力は、一般兵、シュルズ族、戦族から成る。
このうち、最も数の多い一般兵を第一・第二中隊に分け、シュルズ族の戦士は第三中隊とした。
戦族との同盟は非公式ということもあるので、レードはじめ戦族戦士たちは引き続き客人扱いだ。
そして、サンダール卿には司令官に就任してもらう。
彼は元々数千人規模の軍隊の指揮もしていたというから適役だろう。むしろ役の方が不足で申し訳ないくらいだ。
賊徒襲撃事件で知力も武力も申し分ないことは示したし、これまで誠実に兵士の訓練などに尽力している。
ジルクはじめ、初期から城の軍事に関わってきたメンバーも快く承認してくれた。
ちなみに、第一・二中隊は街道と城内。第三中隊は城周辺の森(村を含む)の警備・巡回を担当する。
同じ失敗をしないよう、森の中には駐屯地を建設予定だ。また狼煙による通信施設と要員も配置することになっている。
「大役、謹んでお受け致す。我が君のため、暗鬼から人々を護るため残りの命を捧げましょうぞ」
「うむ……よろしく頼む。……あまり気負わないでくれよ」
これが戦記モノのキャンペーンなら、絶対に中盤から終盤で味方を活かすために城を枕に討ち死にする台詞だ。
その気持を有難く思いながらもまぁまぁと宥めておく。
「クローラさんには引き続き魔術顧問を……そしてセダムさんには、改めて探索顧問をお願いいたします」
「……承知しましたわ」
「了解だ」
クローラは相変わらず魔術顧問件魔術師ギルドからの研修生という立場だ。城の要人として押しも押されもしない立場のはずだが、彼女の表情が少し暗いのが気になった。
一方、セダムは楽しそうだ。
彼はこれまで、お抱え冒険者というやや曖昧な立場だった。
それが、冒険者ギルドを脱退し正式な城の役につくことを選んでくれたのである。家族もレリス市から移住してきたことがきっかけなのは言うまでもない。
探索顧問、というのは二人で頭をひねって考えだした役職だ。
暗鬼や世界の謎に関する情報収集の責任者……要するに私の冒険に同行する仕事である。まあ、やることは今までと変わららない。
「給料も上げてもらったしな。その分の仕事はさせてもらうさ」
「君の場合は、仕事に趣味も兼ねてるからな……」
「ははっ。セダムさんはずっと前からそうっすから」
私のぼやきにテッドが同意し、みんながくすくす笑った。
「……各部署の人員配置は以上になりますね」
イルドがまとめた編成表を確認する。
ジーテイアス城人員配置
家令 イルド
外交官 エリザベル
書記官 ノクス
会計官 リード(元エリザベルの部下)
護衛官(非公式) レード以下戦族
魔術顧問 クローラ
探索顧問 セダム
司令官(兼第一中隊長) サンダール
第二中隊長 ジルク
第三中隊長 ディアーヌ
メイド長 モーラ
密偵頭 レイハ
密偵補佐 フィジカ
密偵(兼メイド) ダークエルフ四姉妹
城付神官 トーラッド
医務官 サリア
城付鍛冶師 ギャレド(戦斧郷からの派遣)
宿屋経営 ロイス(セダムの妻)
「エリザベル様の元部下の方々が、高い事務能力を持っておられたことが幸運でしたね」
「そうだな」
「まぁ、光栄です」
会計官に任命したリードを筆頭に、エリザベルについて城にきてくれた者たちはみな有能な文官だった。
彼らには徴税や伝令、物品管理など城内・領内の様々な事務を担当してもらうことになっている。
……もと事務方の会社員としては、彼らの待遇には気をつけたいものだ。
まちがってもブラック城主(悪役ぽいな)などとは言われたくない。
「うーん、こうして見ると中々大したものじゃないか?」
編成表にびっしり書き込まれた人々の名前と顔を思い出しながら私は呟いた。
自分でも呆れることに、数日前に城にやってきたばかりの兵士たちのデータも、ほとんど抜け落ちずに記憶できている。
時々、こういうことで私の能力、INT18の凄さを実感する。
といってもその恩恵は、記憶力や集中力などハード的な領域に限定されるのだが。
その記憶に照らし合わせて、誰をとっても十分な能力とやる気をもった人材だ。
彼らに対する責任の重さを感じるとともに、その有能な人材が私の部下であるという事実に嬉しさもこみ上げる。
つい、『むふふ』と顔がにやけそうになったので慌てて顔を伏せる。
「……感慨にふけっておられるところ、申し訳ないのですが」
「ん?」
イルドに声をかけられて顔をあげると、皆がかしこまってこちらを見つめていた。
「どうした? 何か言いたいことがありそうだが……」
まさかここにきて待遇改善の要求だろうか?
かつてない緊張感に、背中に冷や汗が浮かんだ。
「我が君! 我らは……」
「いや、これはイルドがいうべきことだろ?」
勢い込んで何かをいいかけたサンダールをセダムが制する。
残念そうに引っ込んだ老騎士の横で、イルドがやはり神妙な態度で一礼した。
「マルギルス様。ご覧のように、ジーテイアス城の体制は確立し、我々は一つの勢力として申し分ない質・量を備えつつあります」
「う、うむ。そうだな」
「しかるに、未だマルギルス様は一個人として土地を領有しているというお立場でしかありません。私達も今のところ、マルギルス様個人に雇用されている身です」
「……どういうことだ?」
何となく嫌な予感がして、生唾を飲み込む。
礼儀正しくそれを待ってから、イルドは厳かに言った。
「僭越ながら……一同を代表してお願いいたします。マルギルス様。我らの王となり、この地に国を興していただきますよう」