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素敵な商売を終えてから

 ジーテイアス城の『下の中庭』の一角。

 ほったて小屋、もとい臨時の捕虜収容所の前だ。


 「みなさん。海と山、どっちがお好きですか?」

 「…………」


 ショート丈の可憐なドレスも眩しい美少女の質問だというのに、聴衆はにこりともしなかった。

 それもそのはずだ。

 エリザベルの前に跪かされているのは、奴隷として売られることになった捕虜たちなのだから。


 その数は三十名。


 選別のために費やした数日間については、あまり思い出したくない。

 サンダールの厳しい追求に必死で弁明したり命乞いをする荒くれ者たちの心を、読心テレパシーで覗き続けたのだ。

 はっきりいって拷問である。


 もっとも、彼らが犯してきた非道を直接確認できたお陰で、選別から漏れた者たちを処刑したときもほとんど良心は痛まなかった。

 処刑した捕虜は四十二名。


 つまり、残りの十三名はまし・・な人材として城で雇用することになったわけだ。


 それにしても、村人や城の人間が総出で処刑場に集まってお祭り騒ぎになったのには流石にドン引きした。

 こういう嫌なところは現実の中世に似なくてもいいと思うのだが。……結局人間はどこでも同じということだろうか。




 「お嬢ちゃん、そいつぁどういう意味だぁ? ……ですか?」


 前列にいた捕虜が当然の質問をした。

 途中で言葉遣いを訂正したのは、エリザベルの隣に立つディアーヌが睨みつけたからである。


 ちなみに、捕虜たちの周囲はシュルズ族の戦士と、エリザベルの部下である元騎士たちが囲んでいた。


 「山がお好きな方には鉱山、海がお好きな方にはガレー船を新しい職場にご紹介しようと思いまして」

 「おいふざけるなよぶっ」


 激高した捕虜の一人は台詞を言い終えるまえに、元騎士の槍の柄で殴り倒されていた。

 ……別段、エリザベルは嫌がらせでああいう言い方をしているわけではないのだが。


 捕虜たちを売り払う奴隷商人としては、先日、アグベイルと一緒に隊商を率いていた商人が候補に上がっている。

 エリザベルの記憶では、彼が扱う奴隷というのが鉱夫とガレー船の漕ぎ手の二種類らしい。

 そこで、奴隷として売られる先の希望くらいは聞いてやろうと、私が言い出したのが悪い……のかも知れない。


 「……じゃあ、海で」

 「俺、山がいいっす……」


 捕虜たちは(渋々)希望を言い始めた。

 それをエリザベルは真面目な顔でメモしている。

 彼女の頭の中では、彼らを商人に売り渡すことで得られる利益――単純な金銭だけではなく、商人との繋がりや宣伝効果なども含む――が計算されているのだろう。


 環境の過酷さという点では鉱山もガレー船もさして変わらないそうだ。

 ただガレー船は嵐や海賊によって命を落とす可能性が高く、鉱山は長期の労働で肺を病んだり衰弱死する可能性が高いらしい。

 ……どっちも死ぬんですが。


 「あら、そうですわね。……でも、悪事を働いたのなら仕方がないのではないでしょうか?」


 私の指摘に、エリザベルは小首を傾げて当然のように言ったものである。




 「まだまだぁっ! 汗と涙と血と鼻水で、今までの悪い心を身体から吐き出すのであるっ!!」

 「……は、はぃぃっ……」


 城外に用意した練兵場。……という名の空き地。

 そこでは運良く(?)、選別に引っかかった十三名の元捕虜たちがサンダールにシゴカれていた。


 尋問と読心の結果、彼らは自分の意志で悪事を働いたことがないことは確認できている。

 ほとんど、上官や仲間に逆らえず、また一人で部隊から逃げ出す度胸もなかったという連中だ。

 しかも輸送部隊の御者だったり将官の従僕だったりと、兵士ではあっても戦士とは言えないものが多い。


 そこまでいくと、わざわざ雇用しても役に立たないじゃないかと心配になったのだが。

 だがサンダールは『なあに、人間基本的な力はそう変わりませぬ。大事なのはどう鍛えるかですぞ』と、気にしないようだった。


 まあ実際こうしてサンダールの訓練を見学すると、彼の言うとおりかなとも思う。

 基本的には、ぱんぱんに膨らんだ背嚢ザックを背負ったままひたすら走らせるだけだ。


 それを一日に十時間以上続けている。

 鉱山やガレー船で奴隷をやる方がマシではないか、と思うほどの過酷さだ。


 元来体育会系のノリは肌に合わない私だけでなく、ジルク以下の兵士たちすら顔色を悪くしていた。

 モーラなどは涙ながらに『許してあげてくださいっ』と訴えてきたが、私は首を振った。


 これまで悪党の集団にいた人間を兵士として使おうというのだ、荒療治も止むを得ない。

 そしてサンダールも、元捕虜たちが城の人間に受け入れられるよう、あえて限界以上の訓練を課しているのだろう。




 それから十日ほどして、アグベイル君と例の商人が城へやってくる。

 両名ともレリス市での貿易や外交が大成功したようで、上機嫌だった。


 エリザベルが彼らに奴隷を買い取るよう交渉すると、さらに大喜びして大変良いお値段で購入してくれた。

 エリザベルとディアーヌに迫られたアグベイルが青い顔をして、奴隷をフィルサンドまで輸送する費用を負担してくれたのは嬉しい誤算である。


 アグベイル一行が再度落としていってくれた通行税以上に、捕虜がいなくなったことでだいぶ気が楽になった。




 それから二日もしないうちに、新たな兵士や宿屋のスタッフの募集へレリス市へ出かけたイルドとセダムも帰還する。

 もちろん、新たにジーテイアス城で働いてくれる多くの人々も連れて、だ。


 宿屋や兵士の住居、来客用の館など城内の設備もほぼ整っている。


 倍増した兵士や使用人、そしてサンダールという人材を得たこと。

 今回の襲撃事件で、いろいろな課題もはっきりしてきた。


 ジーテイアス城の体制を整理する時期だろう。


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