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城主の選択 騎士の選択

 『奥の村』を襲った賊徒どもは壊滅した。


 村に最初に火矢が放たれてから、実質一時間程度の出来事である。

 だが、スピード解決でめでたし、というわけにはいかないのがこの世の中だ。


 気絶した八十五名の捕縛と監視をサンダールや防戦していた村の男達に任せ、私は村の広場へ向かった。


 この後、ジーテイアス城へ状況を伝えたり、捕縛した賊どもを尋問したり移送したり、何より村を復興させたりとやることは山積みだ。


 「りょ、領主様っ! ありがとうございましたっ」

 「マルギルス様に創造神リメイダーの恩寵をっ」

 「魔法使い様っ」


 火矢で半ば焼失した住居を片付ける者、ぶちまけられた食料を集める者、泣き叫ぶ子供をあやす者。

 その誰もが私を見かけると這いつくばり、感謝の言葉を絞り出す。


 その表情には安堵や感謝はもちろんあったが、怯えの色も濃い。

 以前、ユウレ村で味わった雰囲気と同じだな。

 ……まぁ、巨大怪獣に変身してボーボー火を吐く男を前にしたら、私だって怯えるだろう。




 やや暗い気分で広場に到着すると。


 「お父ちゃんっお父ちゃんっ」

 「ぐぅっううっ……」

 「い、痛ぇよぉ……」

 「矢を抜くぞっ歯を食いしばれっ」


 そこには血まみれ、傷だらけの村人が多数横たわり、呻いていた。

 ただし、そこは猟師の村。元気な者が手慣れた様子で応急処置を施している。


 「……」


 遺体は十数体。布で巻かれて並べられていた。

 死者を囲む村人たちの悲痛な表情。

 先程から強烈に存在をアピールしている罪悪感が胸を締め付ける。


 「りょ、領主様っ」


 村長が駆け寄ってきて平伏した。

 彼も全身泥や煤にまみれ、額に巻いた包帯は真っ赤だった。


 「ありがとうございましたっ」

 「もうダメかと思いましたっ」


 救護活動をしていた者や、怪我人たちも村長に続き地に伏せていく。

 私は村長たちの感謝の言葉を、なるべく優しい声でさえぎった。


 「救援が遅くなってすまない、村長。できる限りの補償はさせてもらう。……だが今は怪我人の手当てが先だろう」

 「そそんな、補償なんてっ……あ、はいっ! おいみんな、手を休めるなよ!」

 「わかりましたっ」


 村長はがくがくと頷いて村人に指示を飛ばす。


 「村長、私も手伝おう」




 重傷者のほとんどは、手持ちのヒーリングポーションで癒すことができた。

 所詮、ベーシックレベルのアイテムなので全快とはいかないが、傷を塞ぎ出血を止めることはできる。

 後で城の医療官サリアを派遣してしっかり治療してもらおう。


 ポーションサーバーは空になったが、まあ補充できないわけではない。



 「………ぅぅ……」

 「息子や……」

 「痛いかい? かわいそうに……」


 いま、私の足元で呻いているのは特に酷い傷を負った青年だ。それも二人。

 横には、それぞれの家族らしい男女がへたりこんでいる。

 その絶望も当然だった。

 若者の一人の腹には深々と槍の穂先が突き刺さったままで、もう一人は前頭部が裂けている。


 「村長、重傷者はこの二人で最後か?」

 「そうですが……。残念ですが彼らは手遅れです……」


 村長は悔しそうに告げた。

 だが私はこの時、心の底から安堵していた。


 若者たちはすでに焦点のあっていない瞳をぼんやり私に向けていたが、それでも死んではいない。

 私はさっそく『内界』の自分をイメージし、魔道門を潜らせる。


 先日の朝、この呪文を二回分準備チャージしておいた自分を褒めてやりたい。


 「この呪文により、我が領民たる青年の傷を全て癒やし完全なる健康を取り戻させる。【完全治療コンプリートディカバリー】」


 「しっかりしろ、息子よっ……あれ?」

 「親父?」


 混沌のエネルギーが呪文によって現実を書き換え、青年の損傷した肉体は復元した。

 昼寝からぱっちり目覚めたかのように上体を起こし、首を振っている。

 腹に刺さっていた槍もいつのまにか床に転がっていた。

 失血はどうしたとか、感染症はどうだとか言ってはいけない。これは魔法なのだ。


 「な、領主様……貴方は……」


 驚愕する村長は放置して、残った重傷者にも【完全治療コンプリートディカバリー】の呪文をかけた。





 怪我人にヒーリングポーションを配ったり、瀕死の若者二人を救ったことで村人たちからの視線はやや柔らかくなっていた。


 とはいえ私の気は晴れない。

 意図して人を殺したという経験にショックを受け……るかと思ったが、実はそれ以上に私を悩ませる問題があったからだ。


 「城主殿。一つお伺いしたい。もしも、今回それがしがさきほどの若者と同じように致命傷を負っていたら……城主殿は誰を救うのですかな?」


 一旦城へ戻ろうとしたところで、サンダール卿が質問してきた。

 それこそがまさに、今回の事件で私が感じた最も大きな問題だった。


 完全治療コンプリートディカバリーが二回しか使えない状況で、瀕死の人間が三人いた場合どうするか?

 この場合人数にはあまり意味はない。

 要するに、助けを求める人数が助けられる人数よりも多かった時に、誰を切り捨てるのかという問いだ。


 サンダールにはまだ呪文の仕組みなどは説明していないが、ある程度の制限があることは理解しているのだろう。

 どこか試すような目でこちらを見つめている。


 何か、耳触りの良いことをぺらぺらと並べて煙に巻いても良いのかも知れない。

 だが私はしばらく空を見上げてから、本音を口にしていた。


 「まず、貴方を救うだろうな。あと一人、どちらを助けるかは成り行きかな」

 「ほう?」


 厳つい顔の老騎士は片方の眉を軽く上げた。良いとも悪いとも言わない。


 「良い領主だったら、民を救わねばならないのかも知れないがね」


 現代日本の人間としての倫理観もそう言っている。

 騎士は民を護る側の人間であり、その生命は護られる側のものよりも軽い。

 法と秩序、平和と安定を尊ぶのであれば当然の区別だ。

 だが。


 「しかし私はそこまでできた・・・人間じゃあない。親しい人間と、名前も知らない人間なら、親しい方を救いたい」

 「統治者としてそれで良いとお考えか?」


 良くはないだろう。

 だが、サンダール卿はまあともかく・・・・、例えばセダムやクローラと、知らない誰かのどちらかを選ばねばならないような場面になったら。


 私は間違いなく前者を選ぶはずだ。

 そうなることは分かりきっているのだから、この場限りで格好をつけても無駄だろう。


 「感情的な理由だけで言っているのではない。私に従って戦うものを見捨てたら、城から兵士はいなくなってしまうだろう。そうなったら誰が民を護る?」


 最悪、民が裏切っても兵で抑えられる。だが兵が裏切ったら民など役には立たない。

 極論だが、そう考えれば統治者の心構えとしてそう間違っていないのではないか。


 いやもちろん、そんな風にすっぱり割り切れやしないということは今現在感じている罪悪感が証明しているのだが。


 「……」

 「騎士であるサンダール卿には納得行かない回答だったかな?」


 初めてみる冷徹な表情で黙りこんだ老騎士に声をかける。

 正直、今回の件でサンダール卿の株は急上昇していた。

 背後の大貴族云々はさておき、彼には是非とも正式に仲間になってほしい。


 「はっはっはっ!」


 突如老騎士は哄笑した。

 重い空気を吹き飛ばすような豪快で爽やかな笑いだった。


 「功と能ある臣下を優遇するは、王としては当然ですな。しかし……それを、貴殿ほど恥ずかしそうに仰る方は初めて目にしましたぞ?」


 確かに、子供みたいなことを言っているという自覚はある。今の理屈も本当に正しいのかどうかなんて、分からない。


 しかしどうやら、彼の好感を得ることはできたようだ。


 「それがしはこれまで、『統治者』や『国』に仕え戦っておりました。しかし最後は、貴殿のような『人間』の下で我が武を振るいたいと存じまする!」


 今回の選択は正解だったようだ。

 重厚な鎧姿の騎士は片膝をつき、両手で斧槍を持ちあげ私に向ける。


 恐らく、彼は騎士として私に仕えるという意思表示をしている。のだろうが。

 私は彼に重々しく告げた。


 「エルメル・ルク・サンダール。貴殿の忠誠、ありがたく受け取ろう」

 「ははぁっ!」


 私の言葉に屈強な老騎士はさらにこうべを垂れ、斧槍を高く差し上げる。


 「……」

 「……」


 村の外でのやり取りで、側には幻馬しかない。

 無言の私達の間を、風が通り抜ける。


 「……」

 「……城主殿?」


 サンダール卿が不審そうに私を見上げた。

 私は厳しい顔をつくって、言葉を続ける。


 「誠にすまないが、それ・・。後でよろしいか? やり方を聞いておくから」


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