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城主の戦い その4

 奥の村を取り囲む賊徒ども百数十名。

 こいつらを一網打尽にするプランは実はすでにできている。


 要は、【幻影地形イリュージョンテレイン】の呪文だ。

 しかしそのためには、もう一つ二つ、仕込み・・・が必要となる。



 「さっさと降りてこい! たった二人で我々に勝てると思っているのか!?」


 恐竜もどきにまたがった男が再び怒鳴り声をあげた。

 それも無視して、空中に留まったまま村の内外の様子を確認する。


 「……」


 村のあちこちで、赤瞳狼ルビーウルフに牙を突き立てられる賊の姿が見えた。

 同時に、けが人や死体が村内に倒れているのもわかってしまい、暗い気分になる。


 賊共もよく見ればみすぼらしく、飢えと乾きに苦しんできたようだ。

 恐らく、南の軍神国ラン・バルトの内乱から逃れてきた敗残兵といったところだろう。


 【魔力の盾マナシールド】、【敵意看破ディテクトエネミー】、【見えざる悪魔インヴィジブルデーモン】、【矢止め(プロテクションフロムミサイル)】。

 村までの移動中に自分にかけた呪文の再確認してから、さらなる呪文を唱える。


 「……この呪文により……の幻を映し出し人の目と心を欺く。【幻影イリュージョン】」


 仕込み・・・の一つとして、誰にも気付かれぬ場所にある幻影を生み出しておく。

 それから私はゆっくり降下しはじめた。




 防柵の縁に立つ。


 「領主さま……」

 「こ、これで助かるっ……」


 背中越しに、村人たちの安堵しきった声が届く。

 降り立ったのは、柵にあけられた穴のすぐ横だ。穴の前にはサンダールがどっしりと仁王立ちしていた。

 その他の気配からして、侵入してきた賊どもはほぼ制圧できているらしい。


 「変わった術を使うじゃあないか。このあたりの魔術師はみんな空を飛べるのか?」


 恐竜もどきにまたがった鎧の男――多分指揮官だろう――が、砕けた態度で声をかけてきた。

 その横に立つ弓兵たちはもちろん、油断なく火矢をこちらへ向けている。


 火矢は矢止め(プロテクションフロムミサイル)の呪文が防いでくれる。

 他に気をつけることといえば、連中の中に魔術師がいるかどうかだ。そして、恐竜もどきがブレスとか毒針を飛ばすとか、遠距離攻撃手段を持っている可能性もある。


 今使っている防御呪文と双方の位置関係ならば、魔術でも飛び道具でも対処できるはずだ。


 「……私は魔法使いマルギルス。この村の領主だ。今すぐ投降して裁きを受けるなら、慈悲を与えることも考えよう」


 指揮官の問いを無視し、こちらの要求を伝える。

 腹にたまった怒気が自然とそうさせたのだろう。中々出せなかった、良く響く冷たい声が出た。


 「こいつは有難い申し出だな! だが、領主だと? ……おい……」

 「はっ。……ええ、……ですなっ……」


 指揮官は馬鹿にしたような顔をしてから、首を傾げる。

 隣に立つ副官らしき男と、小声で何か話し始めた。

 副官も指揮官のものより一回り小型の恐竜もどきにまたがっている。


 「ははっ! ならあんたは運がいいな! これからは、俺達がこの村を守ってやろう。俺達は南の軍神国ラン・バルトでも有名な……傭兵団だからなっ」


 副官との話を終えた指揮官は、恩着せがましい提案をしてきた。

 傭兵団だか敗残兵だか知らないが、地元を追い出された集団なのは疑いようもない。

 つまり連中は、私とこの村に寄生するつもりなのだ。


 「この呪文により、厚さ1cm、高さ2m、幅240mの炎の壁を創り出し敵の行く手を阻む。【炎の壁ウォールオブファイヤ】」


 私と指揮官の会話はどこまでも噛み合わない。

 再び、彼の提案を無視した私は新たな呪文を使う。


 「うわあぁぁーっ」

 「ひ、火だぁっ」


 私から見て右手。

 さきほど上空から確認した、柵を破壊し村へ侵入しようとしていた賊達の悲鳴が聞こえてきた。

 連中と村との間に、私が呪文で創造した巨大な炎の壁が立ちはだかっているのは見なくても分かる。


 「た、隊長っ! どうしましょうっ!?」

 「中に入った連中も出てきませんっ」


 横から走ってきた賊の一団が指揮官に聞く。

 炎に阻まれた連中だけでなく、村を囲んでいた賊徒どもの多くが集合してきていた。

 好都合だな。


 「っ……とんでもない魔力だな。領主殿? だが手下がいなきゃ何かと不便だろう……? 俺達が手足になって働いてやるって! 何、報酬は安くても構わんよ!」


 浅黒い顔に汗を浮かべた指揮官は、それでもまだ自分たちを売り込もうとしていた。

 よほど戦力差に自信があるのだろうか。それともこちらを舐めているだけか?


 普通に考えれば領主自ら兵士も連れず、前線に立つなどということはない。

 つまり、私はよほどの貧乏領主に見えるのだろう。でなければ、ただの自信過剰のあほ魔術師かな。


 そしてあの、こちらを窺うような、狡猾さと卑屈さが混じった目は。


 「もう一度だけ言う。投降しろ。領主として公正に裁くことを約束しよう」

 「ふーむ、そうだなぁ……ホゥッ!」


 指揮官と副官が口を尖らせ、爆音のような声を発した。それが合図なのだろう。

 二頭の恐竜もどきが赤い口を広げた。


 「ゴボァッッ!」「ゴボッ!」


 瞬間、目の前が暗い緑色に染まる。

 恐竜もどきの喉から粘液が噴射されたのだ。


 「はっ! 誰が投降なんぞするかっ! 調子にのりやがっ……え?」


 自信満々だった指揮官の顔が強張る。

 恐竜もどきが吐き出した粘液は私の目の前数メートルで、見えない何かに遮られていた。

 恐らく強酸性なのだろう、粘液が地面に滴ると白い煙と異臭が立ちのぼる。


 私にも見えないが、お馴染みの見えない悪魔が良い仕事をしてくれたようだ。


 「くそ! 射て! 射て! 突撃しろっ! そいつを殺せっ!」


 「し、死ねっ!」

 「うわぁぁ! うわぁ!」


 顔を青ざめさせた指揮官が怒鳴ると、弓兵たちが一斉に火矢を放った。

 さらに、後方に控えていた賊共が武器を構え突撃してくる。


 もしかしたら・・・・・・、生きるために仕方なく略奪者になったのかも知れない。

 もしかしたら・・・・・・、時間をかけて話せば改心して罪を償ってくれるかも知れない。


 だが、だめだな。

 彼らも私も、もう生き方を選んでしまったのだ。

 その責任は、自分自身で負わねばならない。お互いに、だ。


 「機会は与えたぞ」


 火矢は呪文で防御できるが、再び村内にこいつらが侵入してきたらやっかいだ。

 私は、別の呪文の用意を始める。


 「……この呪文により……」


 『内界』の私が久しぶりに使う3レベル呪文の書物に触れた。

 そこに内包された混沌のエネルギーを解放すれば、間違いなく賊達を倒すことができる。


 「……幅2m、長さ30mの雷を天から招来せしめる。【稲妻(ライトニング】」


 《ドオン!》


 極短く重い衝撃と轟音。

 こちらへ向かってくる賊達の頭上に、青白い稲妻が降り注いだ。


 「ぎっっ!?」

 「あっっ!」


 あえて、ではなくに稲妻を使っている。

 なので直接稲妻が命中した賊は数名だ。もっともその数名は痛みに絶叫する間もなく、黒焦げの死体に変わっているが。

 つまり私は人を殺していた。


 即死しなかった連中も腰を抜かしたり頭を抱えて蹲ったりと、突撃の第一陣は完全に崩壊している。


 この連中だけではない。

 私の狙いは、天から狙ってくる稲妻を賊たち全員によく見せてやることだった。


 「な、何だよあれ、竜人なみの魔力があるのかよ!?」

 「北の方の魔術師は雑魚っていってたじゃねーかっ」


 案の定、数の優位に任せてニヤついていた賊共の表情が引きつっていく。

 仕掛けは完成に近づいているな。


 「馬鹿野郎! これ以上、虫や草を食う生活がしたいのか!? この村を奪えば……その魔術師を殺せば旨いものを腹いっぱい食えるんだぞっ!」

 「……そ、そうだ……もうあんなのはたくさんだっ」

 「食い物……食い物だっ」


 落雷に動揺する恐竜もどきを手綱さばきで制御しながら、指揮官はつばを飛ばして怒鳴った。

 南の軍神国ラン・バルトから逃亡してきたとしたら、森の中を最低一ヶ月は彷徨っているはずである。

 その苦しさを思い出したのか、やせ細った賊達はまだ逃げ出そうとはしていない。

 むしろ、後のない者特有のギラついた目を私に向けている。


 「ホウッ!」

 「射て射て! 投げ槍ももってこい!」


 指揮官と副官は恐竜もどきを酷使して、続けざまに強酸液を発射させる。

 賊達は弓だけでなく、手にした槍や短剣、さらに石まで投げつけてきた。


 魔力を消費して防壁をつくる魔術師相手なら消耗戦は効果があっただろう。

 だが、状況に応じた呪文で身を守る私には無意味だ。


 「お前たちは大魔法使いの怒りに触れた! その報いを受けよ!」


 この声が、うっかり・・・・私に敵対してしまいそうな悪党全員に届けば良い。そうすれば、同じことをせずに済む。


 虚しく願いながら、私は要の呪文。【幻影地形イリュージョンテレイン】を唱えた。




 「は?」

 「おい、どうした?」

 「い、いや……あっち……いやそっちもだっ……!」

 「何だよこれ! 何だよこれ!」


 最初、賊達は何が起きたか気付いていなかった。

 だが一人が呆然と呟けば、彼が見たものに皆次々視線を向け……硬直する。


 村を――つまり賊達を――取り囲むように深い地割れが走っていることに気付いたのだ。

 地割れの幅は十メートル以上。底が闇で隠れるほどの深さ。


 ……【幻影地形イリュージョンテレイン】の呪文に抵抗できない連中には、そう見えている。


 「何でこんなものがある!? いや、できてる!?」

 「さっきまでただの森だったろうがっ!?」


 驚き、疑うのは当然だろう。

 実際、幻影地形イリュージョンテレインは効果範囲は広いものの、さほど高度な呪文ではない。

 冷静に観察されたら見破られる可能性が高い。


 だから、最後の仕掛けを使う。

 飛行の呪文の力場を感じながら宙へ浮かび、連中のど真ん中へ。


 「い、良いから殺せっ! そいつを殺せばなんとかなるっ!」

 「うわあっ! うわああっ!」


 蒼白となりながらも、指揮官は案外的確な指示を出した。

 だが実現可能な指示ではなかったな。


 「……この呪文により我と我が身を鋼の鱗と翼持つ獣の王。爆炎の巨大赤竜ヒュージレッドドラゴンへと変じる。【変身シェイプチェンジ】」


 この世界セディアで使うのは初めての呪文だ。

 圧倒的な混沌のエネルギーが私の身体を覆い、細胞や原子よりも深いレベルで歪ませ造り替えていくのを感じる。

 呪文書庫内でイメージした、真紅の身体に四肢、長い首と尾、翼を持つ看板モンスター、レッドドラゴンの姿へと。


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