城主の戦い その3
『奥の村』の人口は約百五十人。
男性の多くは優れた猟師で、弓の扱いに長けている。
その猟師たちが柵越しに必死に矢を放っているため、賊達も手こずっていたらしい。
……とはいえ、賊はざっと見ただけで百人以上はいる。
森の中にもっと潜んでいるかも知れない。
全員で総攻撃すれば、ただの村を攻略することなど簡単だろう。
「どうも彼奴らの動きが奇妙ですな」
「うむ……」
不自然なことに攻撃に参加しているのは賊の一部だけだった。三十人というところか?
多くの賊は遠巻きに見ているだけのようだった。
何を考えているのか良くわからない。
だが、その一部の賊の攻撃でいまや柵は破られていた。そこから、二人、三人と賊どもは村内へ突入していく。
村内では、即席の武器を構えた村人たちが防衛にあたっている。だが、次々に飛び込んでくる賊たちを止めることはできていない。
すでに数名ずつの賊が村内のあちこちで暴れまわっている。
「とにかく急ぐぞ!」
「御意!」
女子供は建物の中に避難しているのだろう、姿は見えないが。もう猶予はない。
呪文で飛行する私と、幻馬を操る老騎士は最高速度で村への急降下を始めた。
破壊された柵の内側。
「くるな! くるなっ!」
「食い物だぁぁっ食い物よこしやがれぇぇっ!」
全身泥まみれ、痩せこけた賊が村人に剣を振り下ろそうとしていた。
そこへ。
「はいやっ!」
「ぶげっ!?」
老騎士操る黒馬が落下し、蹄で賊を押しつぶす。
賊の首も手足も、枯れ枝のようにへし折れた。
老騎士は即座に馬から飛び降り、斧槍を構えて賊共に立ちはだかった。
私もそのすぐ横に着地する。
「……この村の領主、大魔法使いマルギルスだ! 今すぐ攻撃を止めろ!」
できる限りの大声を目の前の賊共に叩きつける。
連中がそれで怯むとは思っていない。むしろ。
「魔法使い様っ!」
「領主様だっ!」
「領主様がきてくださった!」
周囲の村人達へ、私が到着したことを知らせるための大声だ。
「……っ!」
「食い物を出せっ!」
案の定、目玉をギョロリと光らせた賊共はまったくお構いなしに襲い掛かってきた。
「ふぬっ」
「ぎゃっ」
「っ!?」
やせ細った賊など、遍歴騎士サンダールの敵ではない。
彼は斧槍を一度振るっただけで、先頭の二名の足元を薙ぎ払った。
両足首と片脚を切断された賊達は絶叫を上げてのたうちまわる。
その側に、村人の死体が転がっていては同情する気も起きないが。
今のところ、柵の破れ目から突入しようとする賊達はサンダールが押しとどめている。
私は私の役目を果たさねば。
「ここは私達が守る。柵の防衛を」
「む、村の中にもやつらがっ」
「それも私が……始末する」
震えながらも僅かに希望を取り戻した村人たちに私は命令と、宣言をした。
すでに村に侵入した賊たちが暴れる声、村人が助けを求める声が耳に届いている。
到着するまでにサンダールと予想していたパターンの一つで、この場合に使う呪文はもう決めてあった。
「……この呪文により赤瞳狼九頭を創造し三十分の間使役する。【全種怪物創造】」
賊達は仲間の有様も気にせず次々と突っ込んでくる。それをサンダールがモグラたたきよろしく叩き潰す間に、呪文の詠唱が終わった。
「オオォーーーン!」
私の周囲に9つの空間の揺らぎが発生し、そこから次々に黒い影が飛び出す。
影は2mほどの狼の姿をしていた。
赤瞳狼。
名のとおり、真紅の瞳を持つ魔獣だ。高い知能と機動性を持ち一つの呪文で多数創造できるという――いま私がもっとも必要とする要素を備えたモンスターである。
「……村の中にいる賊を始末しろ」
「オオンッ!」
緊張でからからになった喉から、意外とスムーズに命令の声が出た。
別に声に出す必要はないのだが、私なりのささやかなけじめというところか。
忠実な狼達は一瞬で村内へ散らばる。
彼らのレベルは4だが、目の前で老騎士にあしらわれている連中を見る限り心配なさそうだ。村人と賊を間違えることもないだろう。
村人たちは驚くだろうがやむを得ない。
今日、一度しか使えない【全種怪物創造】。
巨大なドラゴンでも作って全ての賊を追い払うという手段も考えたのだが、サンダールの助言を受けてその案は却下していた。
百名以上の賊がこの森の中に散らばった場合、他の村や領民を護ることが難しくなるからだ。兵士たちに領民の保護を命じてはあるが、それが完璧にできている保証はないからな。
「あわわ……」
「まだこれからだぞ! 村長に私がきたと伝えてろ! 村内の女子供を守れと!」
理解が追いついていないような村人の肩をどやしつけ、私は再度宙に飛び上がった。
上空から村の内外の状況を確認する。
赤瞳狼たちの活躍は素晴らしく、さっそく数人の賊がその爪と牙に引き裂かれていた。侵入していたらしい小屋から追い立てられる賊の姿もあった。
一方、村を取り囲んだ賊といえば。
「何なんだあいつらは!?」
「良いから殺せ殺せ!」
私やサンダールの出現にそれなりに動揺しているようだ。
散発的に矢も飛んでくるが、事前にかけておいた【矢止め】によって明後日の方向へ逸れていく。
一方、私に気づかず別方向から柵を破壊しようとしている部隊もある。
まずは、あれを排除するか?
残り少ない呪文を吟味していると。
「おおい、そこの魔術師! 話を聞け!」
しゃがれた大声が響いた。
見下ろせば、村を囲む森の中に隠れていたらしい数十名の賊が姿を表している。
先に村を攻撃していた連中と比較するとまだ身ぎれいで、装備も整っているようだ。
中でも異彩を放っていたのは、首領らしき男がまたがっている獣(?)だ。
現代の知識でいえば、二足歩行の小型肉食恐竜が一番近い。……奇妙な角や棘などもあるが、全体的にはそのものである。
とにかくそんな恐竜もどきが、集団の中に二頭居た。
「無駄な抵抗をするな! 村ごと焼き払われたくなければ大人しく投降しろ!」
恐竜もどきの上から、一人だけ綺麗な鎧姿の男が怒鳴る。
その言葉にあわせて、背後の賊が一斉に弓を構えた。どういう原理なのか矢の先には炎が灯っていた。