城主の戦い その2
いつかこういう日がくるかも知れない、と思っていた。
「むう……」
城内各部署の責任者に緊急招集をかけた私は、広間の椅子で考え込んでいた。
災害や襲撃に備えてのシミュレーションは何度もしてきている。
ただ、森の奥からいきなり襲撃というのは少し予想外だった。
耳目兵は城を囲む森を巡回中、『奥の村』から黒煙が上がるのを見たという。
慌てて主塔の屋上から『遠見のレンズ』で確認したが、確かにうっすらと煙が立ち上っていた。
普通の炊事の煙とは明らかに違う。
通常、二人組みで行動する耳目兵は一人が奥の村へ偵察へ向かい、一人がこうして報告に戻ったのだ。
奥の村へは、直線距離で7・80kmくらいだろうか。森の中の道を通るので普通に徒歩で移動すれば2日はかかる。
すぐさまあそこへ行くには、私が呪文を使うしかない。
何よりもまず、私が現場にいくことが最優先で間違いないはずだ。
だがそれだけで良いのだろうか?
何か見落としや、やり残しがないか……。
村を襲撃しているものの正体も数も不明なのだ。もしかしたら、もう森の中に大軍が潜んでいるかも知れない。
軽率に行動して被害を拡大することだけは避けねば。
現在のジーテイアス城の戦力はだいたい以下のようになる。
魔術師クローラ(大魔法使いの杖装備)
戦士レード
神官戦士トーラッド
密偵フィジカ
戦士ジルク
戦士テッド
戦士ディアーヌ(神剣装備)
騎士サンダール
兵士28/33名(5名は街道巡回中)
戦族戦士10/10名
戦族耳目兵7/10名(1名は奥の村へ。他2名は城周辺巡回中)
シュルズ族戦士20/50名(20名は街道巡回中。10名はシュルズ村警備中)
森の巨人27体(持続時間一日)
言うまでもなく(私を除く)最優戦力は21レベル戦士のレードと、大魔法使いの杖を預けてあるクローラだ。
労働力として毎日呪文で創り出している森の巨人も、戦力としては申し分ない。
城を守るだけであれば、何の不安もないのだが。
この戦力をどう配置するのがベストだろう?
くそ、迷っている時間が惜しい。
私の集中力の凄さにいまほど感謝したことはない。
最初の報告を受けてから、十分と経っていないだろう。
何とか対策案がまとまってきたところで、凛とした声が響いた。
「マルギルス。全員、揃いましたわ」
目を開けると、クローラはじめ皆が揃っている。
今回は、身内だけでなく建築の家のヴァルボや遍歴騎士サンダール卿も呼んでいた。
伝令から状況は伝わっているのだろう。皆一様に緊張した様子だ。
「私としては、奥の村の安全を最優先としたい。まずは私の考えを言うので、何か意見があったら言ってくれ」
自分自身の考えを整理しつつ皆に説明した行動は以下の通りだ。
クローラは城の全体指揮。
フィジカに幻馬を預け、奥の村以外の村や街道上にいる旅人、カルバネラ騎士団へ伝令とする。村人や旅人は城へ避難させる。
ジルクは兵士と森の巨人を指揮して城の防衛。
ディアーヌがシュルズ族の戦士を率いて淵の村と薬の村の住民の保護と避難の誘導を行う。
レードは私とともに幻馬で奥の村へ急行。
耳目兵は城周辺の警戒網を拡大しておく。
サンダールやトーラッド、戦族の戦士たちは城に待機し、予備戦力とする。
「以上だが、何か意見はあるか?」
「確かに。一刻も早く『奥の村』へ救援に向かうことが重要ですわね。……貴方が」
最後の一言を、クローラは悔しそうに言った。
城主である私が真っ先に最前線へ、というのは確かにあまり外聞は良くないがな。
「城主殿。一つ……いや二つよろしいか?」
「ん? ああ、頼む」
板金鎧を着込んだ屈強な老人騎士が発言する。
「まず、巨人たちを個別に動かせるなら、半分は城の外に出して奥の村へ向かわせた方がよろしいですな」
「ふむ?」
巨人の戦力は凄まじいが、森の中を行軍させるのはかなり難しい。木々をなぎ倒しながら進んでも、奥の村に到着するのは数日後だろう。
「ああ……敵の目を引くということかな?」
「左様。相手が何者か分かりませぬが、どんな賊だろうが巨人が向かってくるとなれば驚くでしょうからな」
「なるほど。ではそれはトーラッドとテッドに頼もう」
「あと一つですが。レード殿ではなく、某をお連れくだされ」
「んん?」
確かにサンダール卿のレベルは12で、この世界では屈指の戦士といえる。
だがレードに比べれば劣るのは分かっているはずだが……。
「いや、戦いのことだけを考えるならば問題ないですがな。しかし、敵の正体も分からぬ中、村人も救援するとなれば某のような経験豊富な戦術家が必要ではありませんかな?」
サンダール卿が戦術家というのは初めて聞いたが。確かに北方の王国で将軍をやっていたというし。
先程のアイディアも見事なものだった。
「彼が適任だ」
レードが真面目な顔で頷いたので、私は遍歴騎士の意見を受け入れることにした。
「この呪文により、混沌より魔の馬を創り出し従属させる。【幻馬】」
「おおっ。これは素晴らしい名馬ですなっ!」
「旦那さまぁ、気をつけてくださいよ?」
中庭で私が創り出した、黒い炎のようなオーラに包まれた馬を見てサンダール卿は感嘆した。
彼の従者である青年と娘は逆に心細そうだ。
「心配いらんっ。お前たちはモーラお嬢さんの手伝いでもしておれっ」
「モーラ、これから城にはたくさんの人が避難してくる。皆が安心して滞在できるように気を配ってくれ」
「はいっ! 行ってらっしゃい!」
モーラは唇をぎゅっと噛み締め、それでも笑顔を浮かべてくれた。
彼女の栗色の頭を撫でてやってから、飛行の呪文を唱える。
「後を頼む」
「心配ご無用ですわ」
呪文による透明な力場に包まれた私はゆっくり上昇を始める。
クローラと一言だけ交わすと、幻馬にまたがった遍歴騎士とともに南に向けて飛び立った。
「……」
幻馬と飛行の速度なら、小一時間で『奥の村』へ到着する。
報告を受けてから、正味十五分ほどで出発できたのだが……この十五分が致命的にならないことを祈るしか無い。
「奥の森の配置からして、襲撃してきているものはただの山賊ではありませんな!」
隣で幻馬の手綱を握るサンダール卿が大声で言った。
「暗鬼という可能性もあるが?」
「暗鬼であれば、焼き討ちなどという文明的な手は使いませんぞ!」
サンダール卿は、普通の山賊や食い詰め傭兵などであれば、街道に近い村や隊商を襲うのが当然だという。
「では一体何者が襲ってきているのだろう!?」
「……もしかすると、西の王国か南の軍神国から流れてきた敗残兵かも知れませぬな!」
大国の将軍だったサンダール卿であれば、私達の知らない各国の事情も知っているのだろう。
その彼が言うのだから、実際そうかも知れない。
「やっかいだな」
私は小さく呟いた。
今日、準備している呪文のリストを頭に並べてみる。
1レベル
【見えざる運び手】2/2 (残り回数/準備数)
【魔力の矢】2/2
【防護】1/1
【魔力の盾】1/1
【眠り】3/3
2レベル
【永続する明かり】1/1
【敵意看破】2/2
【読心】2/2
【物品発見】1/1
【幻影】1/1
【魔力の鍵】1/1
【秘術の葉書】1/1
3レベル
【魔力解除】2/2
【火球】1/1
【飛行】1/1
【稲妻】1/1
【矢止め】1/1
【幻馬】0/2
【秘術の縄】1/1
4レベル
【上位護法陣】1/1
【混乱】1/1
【空間跳躍】1/1
【幻影地形】1/1
【隠蔽】1/1
【強制変身】1/1
【炎の壁】1/1
【祓い】1/1
【魔力の目】1/1
5レベル
【石の壁】0/9
6レベル
【鉄の壁】0/7
【見えざる悪魔】1/1
【気象操作】1/1
7レベル
【怪物創造】0/9
8レベル
【永続化】0/9
9レベル
【亜空間移動】1/1
【全種怪物創造】1/1
【完全治療】3/3
【無敵】1/1
【隕石】1/1
【変身】1/1
【時間停止】1/1
5レベル~8レベルの呪文はほぼ使い切っていた。
工事のために、かなり極端な準備の仕方をしているのが痛いな……。
「城主殿!」
だいぶ頼りない呪文リストに頭を悩ませている間に、目的地へ到達したようだった。
遍歴騎士が指差す方を見れば、森を切り開いた小さな村が見えた。
30軒ほどの簡素な住宅とそれを囲む心細い柵。
それを、ぐるりと武装した男たちが取り囲んでいた。
浮浪者みたいにボロボロだが、確かにどこかの兵士のように槍や鎧で武装している。
悪いことに、すでに柵の一部は破られていた。
村人は必死に防戦しているようだが、賊は次々に村内へ乗り込んでいく。
このままでは、後数分で抵抗の気力も尽き、村は蹂躙されるだろう。
村内に入り込んで暴れる賊と、周囲の賊。
村人を護りながら彼らを……人間を倒さねばならない。
くそ。いつかこうなる気はしていたんだが。
『次はどうする?』
久々に、脳裏にGMの声が響いた。