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城主の戦い その1

 大体、夜明けから一時間ほどでモーラに起こしてもらう。

 彼女が淹れてくれたシル茶を飲んでから呪文書を睨み、呪文を『準備チャージ』するのが一日の最初の仕事だ。


 朝食後は、主要メンバーと一日の動きの打ち合わせ(彼らがいうところの『謁見』だ)。

 この時、希望者がいれば面会して話を聞く。大抵は城に宿泊している隊商の代表などだ。


 昼食までは、エリザベルやノクス青年といった事務方からの報告を受けたり指示を出す。相変わらず出費は多いが、街道が整備されるにつれて少しずつ収入も増えている。

 またこの間に、城内各所や街道工事のために呪文を使い、巨人(労働力)や石壁(資材)を提供する。


 午後は錬金工房に篭って作業だ。

 午前中に生徒達が抽出した素材を使い、ゴーレムの製造を続けている。

 今のペースだと、ぎりぎりリュウス大会議の前には完成しそうだ。


 夕食は大抵、クローラかエリザベル、たまにディアーヌが同席してくる。

 傍目には、美女や美少女をはべらせて豪華な晩餐を楽しんでいるように見えるだろう。


 実際、楽しくないと言えば嘘にはなるが。

 クローラから作法についてお説教されたり、エリザベルとディアーヌがテーブルの下で蹴りの応酬を始めるのを宥めるのは中々に骨が折れる。


 夕食が終われば、主塔の屋上に設置した風呂を浴びて寝る。

 平穏ながら忙しい日々が、ここ十日ほど続いていた。




 そんなある日の午後。


 ファンタジックな素材をひたすら混ぜ混ぜする作業に飽き果てた私は、内門を出て『下の中庭』を散歩することにした。

 建設中の外壁が、ちょっとした運動公園に匹敵するほどの敷地を囲んでいるのが『下の中庭』だ。

 宿屋や倉庫、馬屋などが続々と完成しつつある。


 天気はとても良い。

 ドワーフや労働者が働く威勢の良い声が響く。

 森の巨人フォレストジャイアントたちが石材を積み重ねていく姿も、すっかり見慣れた。

 仮設住居のまわりで荷馬車の整備などをしているのは、城を通過してレリス市か戦斧郷へ向かう商人だろう。


 巡回の兵士や作業中の使用人などは、私とすれ違うと恭しくお辞儀をしていく。

 出会う人、見かける人の顔がみな微笑んでいることもあり、かなり気分がリフレッシュされた。




 ところがだ。



 「うるさいぞ、蛮族め!」

 「何だと!?」


 人の少ない資材置場の陰から怒鳴り声が聞こえてきたのだ。

 見れば、シュルズ族の戦士数名が見知らぬ男たちと揉めている。

 隊商の護衛をしている傭兵だろう。


 「むう……」


 城内での争いは見逃せない。

 気はすすまないが、私が仲裁せざるを得ない。


 積み上げられた石材や木材のせいで、彼らは私に気付いていないようだ。


 「立ち小便をするな! 生ゴミは指定の場所に捨てろ! 田舎者め!」

 「蛮族なんぞが偉そうに指図するな!」


 ……恐ろしいことに、どうも彼らは初歩的なマナーの問題で争っているらしい。

 シュルズ族が傭兵たちを叱責している内容は、我が城ではすでに定着しているルールだ。

 あまりの下らなさにため息をつき……少し思い直す。


 傭兵たちの出身は知らないが、大都市であるレリス市ですら衛生観念はおそまつなものだった(私が想像していた『中世ヨーロッパの都市』よりはマシだったのは確かだが)。


 大体、現代の日本だって田舎にいけば立ち小便している男なんて山ほどいる。

 生ゴミや汚物を放置しないとか、消毒するとかいう概念があるシュルズ族の方がこの世界セディアでは珍しいのだ。というか、異常といっても良い。


 彼らに向かって歩き出した時……。


 「やめてくださーいっ!」


 気持ちよく天に突き抜けるような少女の声が、怒鳴り合う声を切り裂いた。


 「なんだ? メイドか?」」

 「モ、モーラ殿」


 シンプルなメイド服にエプロン姿の少女、モーラが登場していた。

 反対側から近づいてきたのか、やはりこちらに気づいてはいない。


 「お城の決まりごとは守ってくださいっ。それに喧嘩もダメです!」


 モーラは両手に腰をあて、兵士たちと戦士たちを睨みつける。

 その迫力はなかなかのものだ。


 心配はあったが、一旦資材の陰に隠れて様子を見ることにした。


 私まで気圧されたから、ではない。

 傭兵だの商人だの、我が城を訪れるのがどんな人々なのか知っておきたいと思ったのだ。それにモーラがこの状況をどう裁くのか、見守ってみたくもある。

 もちろん、モーラが危険なら即座に割って入る準備は忘れない。


 「メイドには関係ねーよっ」

 「引っ込んでいてもらおうか。こいつらの振る舞いには我慢できん」


 彼女の迫力にも、戦士と傭兵は引かなかった。それどころかさらに険悪になっていく。

 しかしモーラも負けていない。


 「ここはジ……マルギルス様のお城ですよっ! マルギルス様に恥をかかすつもりですかっ!?」

 「ううっ」

 「そ、それは……」


 何となく言うことや雰囲気がクローラに似てきたな……。


 「だ、だいたいこいつらがいきなり怒鳴りつけてくるのが悪ぃんだよっ」

 「細かいこと? 田舎者に礼儀を教えてやっただけだ」


 シュルズ族はもちろん、モーラが城の家事全般を牛耳る重鎮だと知っている。

 傭兵たちにしても私の噂くらいは聞いているのだろう。

 そのため、モーラをただのメイドと邪険にするわけにもいかなくなったようだ。

 怒鳴り合っていたのが、お互いに相手が悪いとモーラに訴えはじめる。


 もちろん、城内には原始的だがちゃんとしたトイレやゴミ集積場を設置している。理屈でいえば傭兵たちが悪いのは明らかだ。

 しかしモーラは(話題が話題だけにやや顔を赤くしながら)考え込む。


 「あのですね、傭兵さんはおしっこをかけられたら嫌でしょう?」

 「当たり前だろうっ」

 「じゃあ腐った食べ物が近くにあるのは?」

 「それだって嫌に決まってんだろっ」

 「そうですよね。私たちも、大好きなお城がそうなったら嫌なんです」

 「……」


 モーラは柔らかい言葉で語りかけた。

 武装した屈強な男たちをメイド姿の少女が諭す様子は、異様といえば異様である。

 傭兵たちも何とも言えない表情だ。


 「ですから、ちゃんと決められた場所に……」

 「あー、分かった分かった! 負けたよ!」


 リーダーらしき傭兵が音を上げた。

 ぶんぶん頭を振って背を向ける。


 「おら、もう荷造りの手伝いの時間だぞっ」

 「へいへい……」


 他の傭兵たちもリーダーに従い立ち去ろうとする。

 どちらかといえば、『魔法使いのお気に入りと関わらずに済む』という安堵の表情だ。


 「悪かったな、お嬢さん」

 「今度から気を付けるよ」


 ただし、数人の傭兵はこっそりとモーラに謝罪の言葉をかけていった。

 彼女の奮闘は無駄ではなかったのだ。


 「……」

 「……あ! お、おいっ」

 「めっ! ですっ」


 シュルズ族の戦士たちは途中から空気になっていた。

 追いかけようと踏み出すが、モーラに一喝されて硬直する。


 「シュルズの人たちの考え方は清潔で凄いと思いますっ。でも、田舎者なんて怒鳴りつけたら相手は怒るだけですよ?」

 「……奴らも我々を侮辱したっ。それに、不正義を正すためには力を示して……」

 「それじゃダメなんですってばっ」


 ……モーラとシュルズ族の議論はなかなか終わらなそうだ。

 私はそれを聞きながら考え込んでしまう。


 シュルズ族はもともと、奪われた故郷を取り戻すためにゲリラ戦をしかけるような人々だ。

 その誇り高さと勇気は立派だが、何事も力づくというのはよろしくない。

 いや、いきなり傭兵に斬りかかったりしなかっただけ、丸くなってきているのだろうか?


 私はこの先、シュルズ族以外にも様々な集団や種族と付き合っていかねばならない。

 気質や習慣、価値観の違いによる衝突も、これからこの城で増えるだろう。

 『放浪者を守護する導星』の看板を挙げたばかりだが、さっそく自信がなくなってきたな……。


 「……この城にいる人はみんな仲良くしないといけないんですっ。暗鬼に負けないためにっ」

 「う、うむ……」

 「シュルズ族の人たちが優しいのは私も知ってますっ。だから、余所の人たちにも優しくしてあげてくださいっ」

 「わ、分かった……」


 などと、悩んでいる間になんとモーラは彼らを頷かせてしまった。

 シュルズ族の戦士たちの表情を見る限り、完全に納得したようではない。だが、笑みを浮かべる者も居る。


 もちろん、これだけで全てが好転するわけではないだろうが。

 これはモーラの小さな勝利といって間違いない。




 モーラと戦士たちは解散した。

 結局、最後まで身を隠したままだったな……。


 「うむ。まあしかし、良いものを見させてもらった」

 「何が良いものだ、覗き野郎」

 「うおっ」


 娘を見守る父の心境で頷いていると、肩に凄い衝撃が走った。

 振り返ると巨大な影が覆いかぶさり、私の肩を掴んでいた。……レードだよ。


 「何でいるんだ?」

 「教える筋合いはないな。何で出ていかなかった? 傭兵がモーラを襲ったかも知れんぞ」


 レードがこんなに喋るのを初めて聞いたかも知れない。


 「私が出ていったら、彼らは恐れ入って言うことを聞いたろうさ。だが、納得はしないだろう。だから彼女に任せてみたんだ」

 「……相変わらず口だけは達者だな」

 「それにできれば、モーラにはもっと成長してほしいからな」


 憎まれ口は達者なレードも、私の説明に舌打ちして肩から手を離す。

 この最強戦士、頭の回転も実は早い。


 これからジーテイアス城はさらに大きくなり、人も増える。

 そんな城を任せていくには、モーラにはもっと経験値を積んでもらいたいと思っている。

 彼女の能力を過小評価しているのではない。むしろ才能を惜しんでいるのだ。


 今回の出来事でも、最初の一言以外、私の名前をまったく出さなかったことは賞賛できる。

 『マルギルス様に言いつける』とでも言えば、シュルズ族も傭兵も平伏して謝っただろうに、彼女はそうしなかった。


 私と同様に、彼らを納得させるために権威に頼っていてはだめだと、分かっていたのだろう。

 それを青い、不器用だと言うのは簡単だが、モーラが健全な精神の持ち主なのは間違いない。


 「当然、時期を見てシュルズ族たちにも話はする。この城にいる以上、他人と価値観が合いませんじゃあ困るからな」

 「ふん……」


 『話はする』対象に入っていることを理解したのだろう。戦族の戦士長はそっぽを向いた。


 「それより、何でここにいたんだ。さっきは上の中庭で訓練してなかったか?」

 「教える筋合いはない。非公式の同盟は組んだが、手下になったわけじゃない」


 ふうむ。

 まあ、別段そういうことにしておいても良いのだが。


 「そうか、そういうことなら私にも考えがある」

 「何だ?」

 「かんなぎ殿に言いつけるぞ」

 「なっ!?」


 不健全で汚い大人である私の一言に、レードは顔を青くした。




 結局、戦士長は隠密である『耳目兵じもくへい』をモーラにつけていたと白状した。

 ダークエルフ姉妹が不在の間の護衛のつもりだったそうだ。


 「それは有難いが、一応報告はしておいてもらわないとな」

 「……」


 またもそっぽを向いたレード。

 面白くなってきた私がさらに声をかけようとしたところで。


 「戦士長っ!」


 またも、誰もいないと思っていたところに新たな人物が出現した。

 戦族特有の赤い軽装鎧に、眼球と耳を強調した不気味な面覆めんおおい。話題の耳目兵じもくへいだった。


 「南の森で火の手がっ。『奥の村』が襲撃を受けている模様ですっ」

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